谷 好通コラム

2014年06月24日(火曜日)

6.24.競技会、文化祭、勘違い?の体育祭、

この週末、富士スピードウェーで、
「インタープロトスポーツ」シリーズの第2戦が行われました。

 

土曜日と日曜日の二つのアマチュアのレースには、
アイ・タック技研㈱の常務取締役畠中修「レース名:H.オサム」が出場です。

 

1戦目は7台中4位からスタートして、
前の1台が故障でリタイアしたので3位に入賞。表彰台でした。
2戦目は3位からスタートして、
1周目に前の車2台を抜いて、ちゃんと速さで2台を抜いて、
ほとんど2周以上、トップでレースを引っ張りました。
その後、なんでもない遅いコーナーで不覚のコースアウトをして4位に後退、
みんなに「そりゃそうだろ。」と言われながら、
前の3台を追い上げることもなく4位でゴール。
でも、
たった2周ではありましたが、
前の2台を抜いて上がったトップでの経験は、
たぶん、いや、間違いなく、H.オサムに勘違いをもたらしました。

 

 

スーパーGTのKeePer TOM‘S LEXUS RC-Fと同じカラーの
この#37、インタープロトは、
TOM’Sの関谷さんから
本当は私が乗るために購入した本格的なレースカーです。
4.300cc、340馬力、980kg、フォーミュラと同じ足回り。

 

 

私は、約10年間、
50歳を過ぎてからレーシングカートでレースを始め
レビンAE111、一回だけインテグラ、
そして長い期間フォルクスワーゲン・ゴルフGTIでレースを走ってきました。

 

元々運動神経の鈍い私ですから、華やかな結果はありませんが、
レースは私の唯一の遊びであり、私の楽しみでした。
レース結果のそのほとんどは悔しい結果でしたが、
レースで走ることが大好きでした。
サーキットを走ることが大好きであり、
他の車と競争して、レースをして、たまに前の車を抜くと
殆どエクスタシーでした。
でもレース中に前の車を抜くことは、
何十回となくレースに出て、たぶんほんの数回だけ。
それも5位スタートから前の車を抜いて4位に上がるなんて程度のこと。
身内の人間だけが気がついて喜んでくれて、
でも少ない観衆の誰も気がつかないようなプチドラマです。
それでも私は十分に興奮して、幸せでした。
その数少ないシーンを、ほとんど憶えています。
思い出すと、ジンと来て、涙が出そうになります。

 

それでも2位でゴールしたことは何度かあります。
でも、優勝は一度もありません。

 

私の唯一の趣味はレースに出て走ること。
レースを見ることにはほとんど興味なく、
有名なドライバーもほとんど知らない。チームのことも知らない。
私はレースを見るファンではなく、
走りたいレースファン、それも出来るならとにかく前の車を抜きたい。

 

そんなレースファンも60歳を迎えて、
体の反応が鈍くなってきているのを実感してきて、
レースをやめようかどうか迷っていた時、
関谷さんが魅力的な車を作り、
「乗って走りましょうよ。レースしましょう。」と積極的に誘ってくれました。
それで、迷いに迷って
「最後に速い車を」と思い、
この本格的な速い車を購入し、富士スピードウェーで練習を始めました。

 

でも、何回かの練習をしたあとの昨年末、
たまたま「椎間板ヘルニア」を患ってしまい、
レースカーに乗れるような状態ではなくなりました。

 

しかし、せっかくのインタープロト。
世の中にまだ8台しかないこの車を、
2014年のシリーズ、
ガレージに寝かしたままでは、あまりにも勿体ないと思い、
ピンチヒッターという意味で畠中君に乗ってもらうことにしたのです。
というよりも、「乗りたい」がムンムンの畠中君を乗せる事にしたのです。

 

それで、今年のインタープロトの#37は、
アマチュアのジェントルマンクラスにH.オサム、
プロドライバーを元F3チャンピオンの中山雄一君にお願いをしました。

 

畠中君は、昔からN1仕様のレースカーに乗っていたので、
そこそこ速いのですが、所詮はアマチュア、
プロとは比べようのないレベル・・・と思っていたのですが、
今回のレースの前に練習で、プロでもトップクラスの速さの中山君に、
2秒落ち、あるいは0.8秒落ち位の僅差のタイムを出していたのです。
週間の報告書に、嬉しそうにその事を書いていました。
文字にはしていませんが、文字間に
「オレって、想像以上に速いんじゃない? プロ?」って感じです。

 

アマチュアクラスと言っても、
過去にスーパーGTのレースに出た経験がある人や、
レースで生活をしていないだけで、
プロ並みと思えるようなドライバーも出ています。
その中で、畠中君のような本当の意味でのアマチュアドライバーが、
一瞬であったとしても、
トップに躍り出て、2周、周ったのですから、大したものです。

 

アマチュアクラスのトップ4台のあとには、
グンと離れて、この4台にスピードで着いていけない3台が、
それぞれがかなり離れて走っています。
前後に車がいないので、単独で走っている練習と同じ状態です。
私が走っていれば、間違いなくここです。

 

中山雄一選手や、平川亮選手たちが出たプロクラスのレースは、
もう本当に本格的です。
アマチュアのクラスより1周4秒も速くレースが進みます。
練習中はそれほど真剣に走りこんでいないのか、
予選・レースになるとものすごくスピードの差がつくようです。
畠中君たちはどんなにアマチュアの中で速くても、
プロの速さは別格です。

 

プロの中でも一歩抜きん出ている中山君と平川君の闘いは、
外から見ていると壮絶であり、
ちょっとでも隙があったり、
コーナリングのラインが膨らんだりすると、すかさず差して、
トップを奪ってきます。
みんな大興奮ですが、
横に座っていた中山雄一君のお父さんが、
「あー、あいつたち、もちろん真剣だけど、楽しんでる、遊んでるね、あれは。」
プロはやはり別の人種です。

 

すべてのレースが終わって、
私と同じ62歳の渡辺さんが私達のテーブルにいらっしゃいました。
渡辺さんはアマチュアクラスで、
トップ3の何十mか後ろを走り
その後ろの車は数百m離して走っていました。
何処かの大きな会社の社長を引退されて、
レース三昧であるのか、ものすごく練習熱心です。

 

その渡辺さんが、
おっしゃっていました。
「イヤ~~楽しかった。
私らは前も後ろもいないので、
いつもの練習と同じように走っていればいい、
それに観衆がいっぱいいて、
プロは、”競技会”だけど、
私らは”文化祭”なんだ。それでいいんですよ。
だから、谷さんも早く腰を直して、一緒に走ろうよ。」

 

ああ、文化祭とは面白い発想ですね。
レースが単なる”競技会”ならば、
どこまでいってもプロの連中が最高であって、
だからレースは、ずっと自動車メーカーの宣伝の場でしかなく
私達のように遅い者は、むしろ邪魔者のような気がしていましたが、
レースが文化祭とは、面白い発想です。
見ている方も、走っている方も、走っているだけで楽しい。
速い車に乗って、楽しい。

 

プロが競技会で、
私達が文化祭ならば、
あくまでも競技会の意識で走る速いアマチュアの人たちにとっては、
それが勘違いだとしても、
競技を楽しむ「体育祭」と言えるのかもしれません。

 

そう思ったら、また、本当に走りたくなってきました。
心底走りたくなってきて、
朝、連れ合いにそのことを話したら、
せつなくなって涙があふれてきました。

 

左からレースを競技会として走る中山雄一君のお父さん。
「あいつたち、もちろん真剣だけど、楽しんでる、遊んでるね、あれは。」
隣が美しいお母さんと、プロレーサー中山雄一君。
そして「体育祭組」のH,オサム

 

 

文化祭組のトップ、大好きな渡辺さんと、同じ歳なのに動けない谷 好通・・

 

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    代表取締役会長兼CEO

    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
    読めば読むほど元気になること間違いなし。・・・の、はず。

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