谷 好通コラム

2008年02月20日(水曜日)

1850.広大な土地に、好きなように建てる

たとえば、
見渡す限りの草原の、どの場所に、好きなだけ土地を使っても、
考え得る限りの大きな家を、好きなように建ててもいい。
なんていう幸運がたまたま転がり込んできたら、みなさんどうしますか。
まず「すっげー」となるだろう。
土地代も要らない。
建設費も要らない。
住んだ以後の生活の心配もない。誰とでも好きに幸せに住めばいい。
その上、好きな時に、世界中の好きなところに遊びに行ける。
何も心配は要らない。
たとえば、そんな夢のような話があったらどうするだろうか。
もちろん最高であろう。

 

しかし、いざ、現実に設計段階となると、はたと考え込んでしまうのでないだろうか。
だだっ広い土地の好きな所に好きな建物を建てていい。と言われても、
では、どこに建てればいいのか、何の条件も制約もないとすると、
一体どこへ建てればいいのか、見当もつかず、
どんな家を建てればいいのかイメージも湧いてこないだろう。
そして建てた後、どんな生活をすればいいのかも想像もつかない。
と、なるのではないだろうか。

 

誰かが今、アパートに住んでいれば、
もっと広いマンションか、
ちっぽけでもいいから土地付きの家に住みたいと思うだろうし、
通勤にものすごく時間のかかる所に住んでいれば、
15分で会社に行けるような家に住みたいと思うかもしれない。
そんな夢が叶って、
通勤時間15分以内で20坪の土地に建った小さな家を買うことが出来たとしたら、
最初は、その幸せを噛み締めるのだろう。
支払いローンが20年あったとしても、それは頑張ればいいことだ。
しかし、
20坪の土地では広い庭を作ることも出来ないだろうし、
満足な日当りも得られていないかもしれない。
10年も経って子供が大きくなってくると一つずつの部屋を占領し、
とたんに家が狭くなっていって、
直に、もっと広い土地にもっと大きな家が欲しいと思い始める。
そこでもっと頑張り、
努力の甲斐あって、また10年後かに夢を叶えたとする。
100坪以上の土地に2階建て計100坪の大きな家だ。
子供たちの部屋もあり、自分も妻もそれぞれ専用の部屋もあって、
十分な広さの庭もある。もちろんガレージ付きだ。
ここまで来ると、そのお父さんも社会的にも立派な立場になっているはずだ。
そうでなければ、そんな立派な家を持つだけの収入は得られないのだから。

 

しかし、その頃になると、
子供も大きくなって社会人となり、次々と家を離れていく。
せっかく作った子供たちのための部屋は空き部屋となり、
人に貸すわけにも行かず、たまに帰って来る子供のためにそのまま空き部屋としておく。
家にはいつも間にか妻と二人だけである。淡々とした生活。

 

「ああ、昔のあの狭い家で、
子供たちとひしめき合って暮らしていた生活の方が楽しかったかな。」と、つぶやく。

 

10,000坪の土地に大豪邸を建てたとしても、同じようなことを思うかもしれない。

 

それがもっとスケールが大きくなって、
「見渡す限りの草原の、どの場所に、好きなだけ土地を使って、
考え得る限りの大きな家を、好きなように建ててもいい。
土地代も要らない。
住んだ以後の生活の心配もない。誰とでも好きに幸せに住めばいい。
その上、好きな時に、世界中の好きなところに遊びに行ける。
何も心配は要らない。」
なんて事になっても、・・そんなに変わらないかもしれない。

 

世界中にはそんな生活をできる人は、たぶん、5,000人ぐらいはいるのかも知れない。
世界の人口50億人(?)のうち、たとえば5,000人がそうであったとしたら、
5,000人/5,000,000,000人で、5/5,000,000となり、
人口100万人に1人の割合だとしたら、そんな大富豪もいそうな感じもする。

 

しかし、その人たちは満足しているか。幸せか。
決してそうではないだろう。
そんな人の周りには欲望だけで擦り寄ってくる人があふれていて、
本当にその人のことを思ってくれる人は、かえって少ないのではないか。
そんな人は警戒心と猜疑心の固まりの中で暮らしているのかもしれない。
そんな人ほど、かえって愛情に飢えているような気もする。

 

小さな家で、あるいは狭いアパートで、
家族みんながくっつき合って暮らしている人と比べて、
どちらが幸せなのか。

 

幸せとは、実は、
その生活の中でいかに愛情を得られ、与えることが出来るかによるものなのだろう。

 

 

狭いアパートよりも、
小さいながらも持ち家を持った方が幸せなのか、
それよりも大きな家を持った方が幸せなのか、
豪邸に住んだ方が幸せなのか、
好きなものを好きなだけ手に入れることの方が幸せなのか。
幸せの尺度は、その人によって分からないが、
少なくともそこに愛情があるかどうかで、幸せは決まってくるのだろう。

 

しかし、より大きな、より住みやすい住家を持とうと頑張って、
それを手に入れた時は、少なくとも幸せになれる瞬間だ。
案外、人はみな、その瞬間を求めて頑張っているのかもしれない。

 

大きな草原の、どこにでもいいから、好きなようにでっかい家を建てて幸せになるのは、
実はとても難しいことなのだ。

 

狭い敷地に、限られた予算に中で、みんなの幸せを考えながら、夢を見ながら、
みんなで工夫して、みんなの幸せを実現しようと考える方が、
ずっと幸せで簡単なのだ、きっと。
お互いが、お互いの幸せを考えることは、そのこと自体が幸せなのだから。

 

 

快洗隊新店舗の建築計画が数店舗同時進行で進んでいる。
その中で、今まであり得なかったような広い敷地の中に、
「好きなように自由に快洗隊を作って。」と言われ、
今までのように、狭い敷地を何とか工夫してうまく使おうと頭をひねってきた私たちが、
「自由に・・・」と言われると、
とたんに、何をどうしたらいいのか解らなくなっている。
そんな自分が何だか可笑しく思えて、
きっと
「大きな草原の、どこにでもいいから、好きなように家を建てていい。」
と言われたら、やっぱり同じように困るのだろうなと思って、
色々と想像しているうちに
こんな話になったわけだ。

 

 

昨日深夜に羽田空港に到着してそのまま空港内のホテルに泊まった。
そして午前中、都内で仕事をしたあと新幹線に乗って名古屋に向かうが、
私は、富士山が見えると何をおいても、どうしても写真が撮りたくなる。
茶畑が一緒に入った今日の富士山。

 

 

快洗隊の新しいユニフォームの製作がいよいよ最終段階に入っている。
機能の面と全体のデザインが何度もの試作と、実際の快洗隊での試着によって決まり、
どのように快洗隊マークを入れていくかの段階に入った。
色々とロゴを組み立てて印刷し、
最終試作のユニフォームに貼ってみて検討した。
どれがいいか今日は残念ながら決まらなかったが、
もっと色々なパターンを造って決定にまで持っていき、暑くなる前までには完成させたい。

 

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    代表取締役会長兼CEO

    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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