谷 好通コラム

2006年02月12日(日曜日)

1345.無駄・無理の奨め

ボーイング737のエンジンカウルは、おにぎりのような形をしている。

 

この飛行機の原型は、多分40年くらい前に設計されたもので、
その基本設計が優れていて、頑丈であり、コストが安く、
いまだに製造が続いている世界一のベストセラージェット旅客機である。

 

ローカル線に使われることを前提としており、小型で、
ボーディングブリッジが無いようなローカル空港でも使いやすいように、
昇降タラップを機内に内蔵している。
そのために、機体が低い位置にあることが必要であり、
前脚も主脚もかなり短い。つまり、足が短い。
それは同時期に同じコンセプトで設計されたダグラスDC9も同じことで、
機体の下面に充分手が届くほどだ。

 

一方ジェットエンジンの姿は、昔から比べると大きく変わった。
その直径が大幅に太くなったのだ。

 

そのジェットエンジンの形式は「ターボファンジェット」。
エンジン前方のタービンで圧縮された空気で、
ジェット燃料(基本的に灯油と同じ)を燃やし、
燃焼によって劇的に膨張した燃焼ガスを高速で後ろに噴き出す。
と同時に、後方のタービンが燃焼ガスで回転を与えられ、
前方のタービンを回す力となる。
ここまでならば単なる「ターボジェット」であるが、
このターボジェット部分の周囲にもっと大径のファンが同軸に取り付けられ、
そのファンが前方から吸い込まれた空気を直接後方に噴き出す。
これを「ターボ“ファン”ジェット」という。

 

ターボジェットに入った空気の量と、
ファンの部分に入りターボジェットを通過せずに直接後方に排出される空気の量、
つまりバイパスされる空気の量との比率を、
ターボファンジェットの「バイパス比」という。

 

昔のターボファンジェットは、
このバイパス比が1:1とかせいぜい1:2であって、
ターボジェットから排出される高速の燃焼ガスが、
ジェットエンジンの力=推力の大部分を占めていた。
しかし近来の空港の騒音問題と、
オイルショック以後の燃料の高騰で、
エンジンの低騒音化と、燃費の改善が社会的要求となり、
ターボファンジェットのバイパス比がどんどん大きくなってきた。
現代では、その値は1:8とか1:10と非常に大きい。

 

ターボジェットの少ない空気を燃焼による爆発的な高速ガスは、
爆裂音が響き、騒音が大きくなるが、
ファンによってスピードを上げられた比較的スピードの遅い大量の空気は、
爆裂音か無く、騒音を低く出来る。
また、
燃焼による爆発的な力を、そのまま後方に噴き出して推力に使うよりも、
その力で後方のタービンを通じてより大きなファンを回す力に向けた方が、
燃費が俄然良くなる。

 

つまり、ターボジェットに入れる空気の量に比べて、
ファンに入れる空気の量を大きくした方が、
つまり、バイパス比の大きなジェットエンジンの方が低騒音、低燃費となる。
社会的要請によって、
ターボジェットエンジンはどんどん高バイパス比となり、
大きな直径を持ったファンを持つ事になって
ジェットエンジの直径はどんどん大きくなっていった。

 

ボーイング737は、ローカル線が活躍の場所であるために、背が低い。
必然的に“主翼”も低い位置にある。
その主翼に2基のターボファンジェットエンジンを取り付けていた。
ボーイング737が設計製造された頃は、
ターボファンジェットもバイパス比が低く、
細身のターボファンジェットエンジンが主翼に取り付けられていたが、
社会の欲求によって、
高バイパス比の太いターファンジェットエンジンを取り付ける必要が出てきた。

 

しかし、低い位置にある主翼に、
直径の太いターボファンジェットエンジンをそのまま装着することが出来ない。
主翼に食い込むように精一杯高い位置に取り付けても、
エンジンの下面と地面の隙間、つまりグランドクリアランスが、
どうしても法規で定められた規定の数値をクリアできないのだ。

 

同じく背の低いライバルのダグラスDC9は、
(マグダネル社と合併してマグラネルダグラスとなりMD80シリーズになっている。)
やはり高バイパス・ターボファンジェットを取り付ける必要があったが、
この飛行機は、ジェットエンジンをボディの最後方に取り付けており、
元々高い位置にあったので、
直径の太い高バイパス比のターボファンジェットエンジンを容易に装着出来た。

 

また、後発で開発されたエアバス社のA-320、A-321、A-319は、
ボーイング737と同じようなコンセプトで造られたが、
後発であるために、
その頃のジェットエンジンが、すでに太い高バイパスのものが主流になっていたため、
最初から長い脚を持った、
たっぷりとグランドクリアランスを取れる機体として設計された。

 

困ったのはボーイング737。
このまま太いエンジンを着けられなくては、機体そのものが存続できない。
新しい機体を設計すれば問題ないのだが、
かといって、ローカル線を主力にする機体は、その価格が低いことが重要である。
新しい機体を設計すれば、その開発費、
また、製造のための新しいライン、治具の製作など大きなコストが発生して、
価格競争に勝てない。

 

そこで考えたのが、
おにぎり型の空気取り入れ口とエンジンカウル。

 

細身のエンジンを取り付けることを前提に作られた機体に、
太いエンジンを付けるために、
グラウンドクリアランスを少し拡げる必要があって、
空気取り入れ口とエンジンカバーの下の部分をひん曲げて、少し平らにした。
つまり「おにぎり型」にしてしまったのだ。

 

※細身のエンジンを付けていた頃の、昔のB-737。

 

 

エンジンの底の部分を少し平らにして、
無理やり太いエンジンを取り付けた今のB-737。

 

 

ジェットエンジンはタービンが回転するものであり、
その縦断面は真円形であるのが当たり前であり、自然である。
それを計算づくではあろうが、
おにぎり型にしてしまったのは論理的には無理がある。
無理はあるが、優秀な安いボディをそのまま使うことによって、
エンジンの無理をコストの安さでカバーしてしまった。
だから、このB-737は世界一売れるジェット旅客機として見事に成功した。

 

常識的にだけ考えているよりも、
無理を通してしまった方が、かえって理にかなった結果を出すこともある。

 

常識的なことは誰でも考える。
無理なことは、一見そこにまったく理が無いように見えても、
かえって合理な結果を生むこともあれば、
多くの場合、独自性を持つことが出来ることもある。

 

自分の持っている発想を常識的な領域に縛り付けてはいけない。
独自性を持った物を生み出す発想とは、常識外のところにかえって有るものだ。

 

といっても、
新しい機体を最初から設計したエアバスA-320ファミリーは、
基本設計が新しいので、量産が進むに従ってコストが下がり、
あるいは、絶対的な効率が良く、
最近では、B-737の生産台数を大幅に上回ってくるようになっているそうだ。

 

どちらが良かったのか、
それは、想定するシミュレーションの設定時間の長さによって決まってくる。

 

難しいものである。

 

ところで、新しいボーイング737のエンジンが“おにぎり型”である理由を、
私のように知っていても、
何の役にも立たない全く無駄な知識と言っていい。

 

しかし、そんな無駄なところから自由な発想が出てくるものならば、
何かの役に立つこともあって、
100%無駄であるとは限らない。

 

無理、無駄は徹底的に排除されるべきは当然なのだが、
無理とか、無駄も、
人の発想の中で、無理であるだけでもない、無駄であるだけでもない、
そんなこともあるものだと言える。

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    代表取締役会長兼CEO

    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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