谷 好通コラム

2004年03月22日(月曜日)

916話 29歳の誕生日

※今日からスーパー耐久参戦記を書き始めました。
まずは初戦“もてぎ”
ぜひ読んでやってください。

 

 

916話 29歳の誕生日

 

ある若者が29歳の誕生日を迎えた。
彼(以後、彼とはこの若者のことを指す)は、コンピューター関係の仕事をしている。

 

約20年前、彼の父親Aは、
独立して経営者になった。
彼はまだ9歳。

 

ちっぽけな会社ではあったが、
彼の父親は意欲満々で仕事をし、その店は繁盛店であった。
そしてAは、会社を立ち上げた当初から
当たり前のように、彼がこの商売の後継者だと思っていた。
Aの次でなくても、そのまた次であったとしてもだ。

 

だから、彼には厳しい金銭感覚を持って欲しいと思い、
中学校に上がった時から、お小遣いを与えるのをやめた。
と同時に、彼は新聞配達をやり、その給料を自分の小遣いするようになった。
Aには、その姿がうれしかったものだ。

 

高校に入り、コンピューターの専門学校に通うようになった彼には、
Aの会社の店でアルバイトをさせた。
そしてAは、帝王学のようなつもりで、
彼のアルバイトの時給を他の誰よりも安くし、かつ厳しくした。

 

そして
「お前が俺の息子だからと言って、黙って会社を継げると思ったら大間違いだ。
会社の人が、お前こそ会社の次の、あるいはそのまた次の社長として
適任であると認めて、はじめて会社を継ぐことが出来るものだ。
その力を持たなければ、会社を継ぐことは出来ないのだ。」と、
繰り返し言った。
それが、会社を継ぐかもしれない人間に対して、言うべき当然のことだと信じていた。

 

しかし、
彼は、それがいやでいやで仕方なかったようだ。
専門学校を卒業してから、すぐに、
広島のコンピューターソフトの会社に就職する。
Aは、それをいい修行だと思って賛成した。
しかし2年後、そのころ超有名であった広島のそのソフト会社は、
バブルの崩壊と共に、あえなく倒産し、たちまち彼は職を失ってしまった。

 

彼は一度はAの会社に入ると言ったが
途中で気が変わって、友達と東京に行き、その友達と会社を興す話に乗った。
しかしその後、色々ないきさつがあって、
会社を変わり
とうとう、今ではAの会社には縁のない存在になりつつある。
しかも、Aのビジネス感覚からすると、
内職感覚しかないとも思える矮小な経営者のもとで、
Aと縁が離れつつあることは、
Aにとって断腸の思いであった。

 

Aは、それが残念であり、悔しくて仕方ない。

 

A自身は世襲というものに、あまり賛成ではない。
会社を継ぐ人間とは
その人が会社のためになる人間であり、
社員のためになる人間であり、
ひいては、お客様のため、社会のためになる人間であるべきであり
必ずしも、それが自分の血縁の人間である必要はまったくないと考えている。

 

しかしAには、その候補に自分の息子が加わっていないのが
実に寂しく、残念なことなのだった。
これは、理屈抜きの感情的なものなのかもしれない。

 

Aが彼のアパートに初めて訪れた。
彼の住まいを訪れたのは、広島の時以来だ。

 

仕事の内容からすれば、不釣合いなほどの安月給の中から、
うまく探したもので、家賃たった5万円のアパードに住んでいる。
これは1ルームであるとしても、関東圏ではかなり安い方だと思う。

 

Aはそれがボロボロのポンコツアパートであるに違いないと、
思い込んでいて、
近寄るのが怖かった。
惨めであるだろう自分の子供の生活を見るのが怖かったからだ。

 

それに、Aは彼と会うたびに喧嘩をしてしまう。
会う前は、普通に喋ろうと強く決心しているのだが、顔を見て、話をすると
その言葉に無性に腹が立って、つい喧嘩になってしまうのだ。
自分の子供と喧嘩をして楽しい訳がない。

 

別にドオッてことない会話なのだが、
彼は、Aの言葉に反射的に反抗的になるし、Aも、それを許せない。
このままでは、どんどん縁が薄くなってしまうことも分かっていながら、
そんな感じの関係から脱出する事が出来ないのだ。

 

しかし、Aも歳をとってきたのであろう。
経営する会社も大きくなってきて、
社員の給料も、彼の給料の何倍もあるような者も、だんだんと出てきている。
彼以下の給料の人など女性も含めて誰一人いない。
それを見るに付け
「何とかしなくっちゃ」と真剣に思い始めたのだった。
社員には彼の何倍かの給料を出しているのに、自分の本当の子供をほっておくのが
チョッとつらいと思ったか、
感じる必要などない罪悪感みたいなものを持ったりもしたのか、
とりあえず、彼のアパートを見たいと思った。

 

彼のアパートは、意外にも鉄筋コンクリートのマンションのような建物であった。
陽もたくさんは差さないが、明るい部屋であった。

 

部屋はもちろん狭い。
しかし、その空間を実にうまく使って
彼は活き活きと暮らしているようだった。
愛用の約10年ものの「ロードスター」をこよなく愛して、
大好きなコンピューターとにらめっこして、
インターネットのオークションで安く買ったロードスターの部品に取り囲まれて、
狭いことを何の苦にもせずに、
活き活きと暮らしているようだった。

 

雑然としているようだが、なかなかよく片付けられている。

 

心から安心した。

 

 

人の生き方とは、その人その人によって千種万別であって、
どんな生き方が尊いものであり、あるいは劣っているものか、
その人の価値観の問題であって、
客観的に優劣を付けられるものではない。

 

Aは、「こういう生き方もあるもんだよなぁ」と思った。
自分の価値観を押し付けることも出来なければ、最上であるとすることもない。
自分から見て馬鹿馬鹿しいようなものであっても、
それが決して劣っているわけではない。

 

彼ももう29歳。
心からハッピバースデーと言いたい。
そして、いつか、戻ってきて、その十分な力で助けれくれたら
どんなに幸せだろうと思った。

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    代表取締役会長兼CEO

    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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