谷 好通コラム

2001年07月29日(日曜日)

第177話 でかいだけの箱

構造改革を謳い上げている小泉内閣が
今、国民の圧倒的多数から支持されている

 

その中でも特に、公共事業の無駄を無くそう
という部分には、ほとんどの人が共感しているようだ
公共の建物は概して豪華であり
贅沢すぎるように感じる

 

最近思った公共の建物に対する疑問を少し

 

古い建物を壊して
新しい建物になる時は、必ずバカデカクなる
元々の建物で色々な機能を増やしていくうちに
建物が狭くなったから立て直す訳だから
でかくなるのは、当然だが
それにしても半端なデカサではない
容積でいえば5.6倍になるのが当たり前のようだ

 

新しく出来た役場、駅、飛行場、公会堂などなど
必ずたっぷりとした空間、「吹き抜け」が必ずある
そして、広い、広~い“フロア”
余裕あふれるフロア
私はこの広いフロアに、どうしても納得の行かないことがある

 

将来、活用するかもしれない面積を取っておく意味なら分かるが
多くの場合
利用者のためのフロアが、異様に多く取ってある
利用者のための空間が不必要に広く取ってあるように思える
そして、今はバリアフリーの時代だから必ず各所にスロープが作ってある

 

「いいではないか、利用者のための面積が広くて、しかもバリアフリーならば」
と、言われるかもしれないが
バリアフリーと言うと
スロープをつければいいように、思われるかもしれないが
私はそうではないと思う

 

スロープは、車椅子に乗った人のために必要だ
そのこと自体は全くそうなのだが
実は
「車椅子に乗っている人」よりも
「歩くのが少し苦痛な人」の方が圧倒的に多いのだ

 

“歩けるけれども、少し不自由であまりたくさんは歩けない”
お年寄りのほとんどがそうであるように
数としては、そんな人の方が圧倒的に多いのだ

 

そんな人達には
広すぎるフロアーは、ひどく苦痛なのだ
歩けない人のための事は、考えられているが
“歩けるけれど、歩くことが苦痛”
そんな人にとっては、建物が新しくなるたびに苦痛が増えている
それが現実です

 

私は、左足が少し不自由である
本人は全く気にしていないし
誰も気に止める人もいないぐらい正常だから
普段は全く困る事はないのだが
たくさん歩くと、いささか参る
だから、美術館とか、大きな公園などにいった時は
痛いのを我慢していると、楽しめないので
思いっきり居直って、車椅子に乗っかってしまう事にしている
私は、マイ車椅子を持っている(インターネットで買った)
しかし
多少不自由でも歩ける事は確かなので、車椅子を使う事は大変抵抗がある
だからよっぽどの事がない限り我慢して歩いてしまう

 

私は物理的に判別できる種類の障害だから、身障指定されているが
お年寄りの場合は
身体的能力自体が低下して、歩くのが不自由になってきている
だから身障指定されている場合は少ない
そんな人が一番気の毒なのだ

 

※名古屋空港の国際線ビル
近い将来、中部国際空港が出来るのに
何で今更あんなものを作ったか、訳がわからないが
いずれにしても、ガラガラのあの空間を延々と歩かされるのは
歩行が少し不自由な人には大変苦痛になった

 

※素晴らしく立派になった大府市役所
駐車場から窓口までの距離は3倍以上になった
ただ、ここの場合は、建物が立派になってから、何らかの教育があったのか
接客対応が、素晴らしくなった

 

 

※福岡空港は、第3ビルまで出来たが
端から端までの距離は半端ではなくなった(感覚的には1km以上)
動く歩道は無い
飛行機の乗り継ぎなどの場合は、ひたすら歩くしかない

 

※四国の高松駅、前の駅舎が思い出せないぐらい超立派になった

 

 

やはり空間がたっぷり取ってある
先日行った時に気がついたのだが、しゃれた階段を降りてくると
大理石の床につくのだが
4.5歩あるいた所に、大きな段がもう一つある
私も危うく、踏み外しそうになった
床が大理石なので模様があり、段差が大きくある事が大変見えにくい
あれでは、お年寄りが踏み外しやすいのでは、と心配になった
もう一つ
駅前の広場の路面に、光のモニュメントが作ってあった
あれは雨などで水に濡れると、すごく滑りやすいだろう

 

 

いろいろあるが
空間を大きく、広く取ると何かいい事あるのだろうか
“立派に見える”為なのではないだろうか
そのために今までより、随分たくさん歩かなくてはいけなくなった
足の弱い人には、結構つらい

 

それに、飛行場とか駅の場合が多いのだが
広い割には「椅子」が本当に少ない
時間待ちの時に立って待つのは、お年寄りには応えるだろう
せっかく広くしたのだから
待つ人のために
いっぱい椅子を置けばいいのにと思う
仙台空港は、搭乗待合室以外には、ほとんど椅子がない
名古屋空港も、羽田も、どこも似たようなもの
駅にも椅子が本当に無い(北海道は結構置いてある)

 

椅子をたくさん置くと
せっかくの空間が広く見えない、というのが理由ならば
本末転倒も甚だしい
人間のための施設なのだから
その人間の苦痛と引き換えに、空間の美しさを出しているとしたら
建築デザイナーと、施策者のエゴである

 

イスが全くないから
待ちくたびれた人は床に座り込む
この方がよっぽど美観が悪い

 

椅子をいっぱい置いて
「シルバーチェアー」とでも大書しておいたらどうだろうか
さすがに、若者が占領するような事は無いのではないだろうか

 

 

“半そで”のへな?の後ろには、座り込む人が何人かいる
しかし
座っているのは、ほとんど若者
年取った、本当は“つらい”はずの人は、“恥ずかしい”ので床には座らない
椅子になら座れる

 

あまり“つらくない”はずの若い子でも、一部の“恥じ”を知らない子は
床にでも平気で“座り込む”
ヘンなものである。

 

お年寄りのために
身重の人のために
体が不自由な人のために
“椅子をいっぱい”置いて上げると、いいのになぁ~と思うのでした

 

新しくした建物も、人の事を考えてなくては
特に、弱い人の事を考えてなくては
ただのでかい箱でしかない
そんな事も思ったのでした

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    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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