谷 好通コラム

2005年09月01日(木曜日)

1240.ちょっとスローに

このコラム、1200話を越した頃からなかなかカウントが進まなくなった。
スランプと言えばそうだが、ただそれだけではない。
“しない”ことの安楽を、
自分が自分に許すようになったのだろう。

 

私は“しない安楽”を軽蔑していた。
やればいいことをしない人を馬鹿にしていた。

 

やればやれるのだから、
あるいはやればやれるようになるのだから、
やらない理由など、やらない事による楽ちんがあるだけなのに、
やらない人は、怠け者であるし、人生の無駄遣いをする人だと思っていた。
あるいは今でも思っている。

 

しかし逆に、
やれるだけを事をすべてやってしまいたくなる事は、
欲張りであって、
かえって、やれない事を生み出してしまう事もあるのだと気が付いた。
過ぎたるは及ばざるが如し。

 

少しスローにしないと、何処かでつまづいてしまいそうだ。

 

一昨日から神経を集中させて新三カ年計画を練っていた。
まず一つの視点から目標を定めて、
今度は色々な角度で分解し、
整理しながら組み立て上げていく事によって、
それが実現するプロセスを作り上げていく。
そうすると、
最初は実現が難しそうな数字でも、
一つの一つのプロセスの実現のよって、達成して当たり前の数字になってくるのだ。

 

3000mの高さの山に、
いっぺんに駆け上がって登ろうと思っても、
超人でもない限り、とても出来るものではないが、
階段を作ってしまえば、
一段一段を登る事によって、
普通の人が、誰でも、確実にそこにたどり着けることが出来る。

 

経営者の仕事とは、
実はその階段を作る事にあるのかもしれない。

 

実際の三カ年計画とは、
羅列にしか見えない膨大な数字が並んでいる10数枚の紙切れでしかないが、
その数字の中に、隅々に気を配った階段を張り巡らせているのである。
集中して、集中して一つ一つの数字を並べていくと、
ほんの少しだけ未来の現実が見えてくるのだ。

 

やたらに大きな声で「いくぞ~っ、やるぞ~っ」と掛け声をかけるものでもない。
キチンとゆったりとした階段を作って、
ゆっくりとみんなと一緒に登っていくことだ。

 

そんな風に思うようになったのは、
登っていくはずの山がだんだん高くなってきて、
最初の頃は駆け足で上り、目の前に崖があっても強引に登っていても、
息切れなどしなかったものが、
高度が上がるにつれて、急ぎ過ぎると息が切れて、
酸欠状態にまでなって、不本意にも脱落するものまで出てくるようになり、
体力と気力任せの強引さが通じなくなっていることを痛感しているからだろう。

 

キチンとステップを踏んで、
淡々と登って行く為の“階段づくり”の必要性を強く感じている。

 

そのためには、自分自身が少しスローな視点を持てるようにならなくてはいけない。
スローに。
しかし、のんびり行こうとは思っていない。
ダラダラしたいと思っているわけでもない。
あくまでもスローに、
しかし、おびただしいまでの多くの用件を同時進行で、やって行くべきだということ。

 

一昨日は、一日自分の机にかじりついて階段作り、
つまり、三カ年計画作りに没頭した。

 

昨日は、午前中、富士スピードウェーに行き、
これからのレース活動を富士に移すことを検討してきた。
それも、午後からの横浜での用件がキャンセルとなってしまったので、
少しだけのんびりした時間となった。

 

レース階の老舗「東名スポーツ」の社長に紹介してもらい、
富士スピードウェーの事務所に行き、色々と教えてもらったのだが、
その担当者のスタッフの方が、私と畠中君の名刺を見て驚いた。
「えっ、快洗隊?」
「えっ、キーパー?」
スタッフの方が驚いているのを見て、私たちも驚いた。
「えっ、なんか悪いことしたっけ?」

 

その方は、なんと三島の快洗隊FC店で以前働いていた人であったのだ。
高橋さんという方。
「三島の快洗隊でずっとキーパーをやっていて、すごく気に入っているので、
快洗隊を辞めて富士スピードウェーに勤めてからも、
快洗隊の先輩に頼んでキーパーのボトルを売ってもらって、
自分の車には、自分でずっとキーパー掛けてるんですよ。」
と、うれしいことを言ってくれた。

 

しかし、
世間は狭い。
悪いことはしてはいけないと言うことである。

 

トヨタに買収されて、大改装を受けた富士スピードウェーは、
その昔の姿をほとんど残さないまでに新しい近代的な姿になっていた。
しかし、その大昔、
富士スピードウェーが出来たころに存在した
富士の名物であり、かつ、もっとも危険な「30゜バンク」という、
今では考えられないコースが、
遺跡のように残されていた。
この斜面を、ストレートのあと、300km以上のスピートで突っ込んでいったのだ。

 

 

今日は、また新三カ年計画に没頭する。
しかし、食事に行くついでに建設中の岡崎店を見に行こうと言うことになって、
酒部部長と大野君と一緒に事務所を出た。
その道すがら、FC店の吉良オイル・快洗隊上和田店におじゃました。
事務所に一番近い上和田店さんには、
私は初めての訪問であった。
大変申し訳ないことだが、マネージャーには色々な機会でお会いするので、
かえって、近すぎることもあって、お邪魔することがなかったのだ。
恥ずかしい限りである。

 

この上和田店さんの近くには、?快洗隊・安城店が有る。
先にあった上和田店は最初、近くに安城店が出来ると、
お客様がそちらに流れるのではないかと、心配であったそうだが、
逆に、安城店との相乗効果が出て、いっぺんに実績が上がったと言う。
だから、もっと近くに出来る
やはり直営店の快洗隊・岡崎店が出来るのを
今から楽しみにしていらっしゃるのだそうだ。
そう言っていただけると、
ホッとするだけでなく、本当に嬉しい。

 

長坂マネージャーとスタッフの方。

 

 

工事が始まってから初めて岡崎店を見た。
今までは設計図だけで見ていたのだが、
実物を見て、その大きさにびっくりした。
「えらいデカイの作っちゃたなぁ」が、最初の感想。
図面の上と実際ではずいぶん違うということは知っていたつもりだが、
本当にびっくりした。
思っていたものより立派な店が出来るに間違いない。

 

 

現場監督は、東海建設の山中さん。
この人は鳴海店を作ってくれた人で、その仕上がり良さは随一である。
快洗隊の新しいコンセプトは高品質が一つの条件になっている。
この人が監督をしてくれているのなら安心である。

 

 

事務所に帰ってきてから、
今日中に三カ年計画を仕上げてしまおうと、再び集中したが、
夜になって、最後の「資金計画」を作成中に、
突然、なぜかデータがすべて飛んでしまった。
こういう手の込んだ計算物を作るときには、
「再保存」をこまめに掛けなくてはならないことは百も承知だったのに、
計算に夢中で、つい、「再保存」をかけないままデータが飛んでしまった。

 

こんなにガッカリしたことはない。
さすがに、もう一度集中して作り直す気力が失せて、
経理の鈴木功君と税理士事務所の松井さんに作り方を説明して、
任せる事にしてしまった。

 

二人は、さすがに専門職である。
すぐに理解してくれて、喜んで?作り始めてくれた。
本当に嬉しかった。

 

やっぱり、一人でがむしゃらにやってイカンのだなぁ、
任せられることは出来るだけみんなに任せていこうと思ってはいるのだが、
つい、自分一人で夢中になってしまっていたようだ。

 

スローに行かなくては。

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    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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