谷 好通コラム

2005年12月24日(土曜日)

1312.2006年の事その1

スーパー耐久レースと関わり始めてからもう丸3年になる。
来年は4年目だ。

 

今年の後半は、
インテグラを駆って、一時的にしろ、クラストップを走るまでになった。
やっと戦える先頭力を手に入れたのだ。
私たちのクラスは、クラス5という、
昨年まではNプラスクラスと呼ばれていたクラスで、
2000ccまでのノンターボエンジンで、
エンジン、ミッション、ボディなどへの改造範囲がかなり広い特殊なクラスであった。

 

ところが来年からこのクラスが廃止になってしまうそうなのだ。
色々な理由があるが、いずれにしても今年のインテグラで走れるクラスがない。
そこで、一体どうすればいいのか、私なりに考えた。
もちろんビジネスとしてである。

 

色々考えた挙句、
思い切って“クラス1”への挑戦を目指す事にした。
クラス1は、ポルシェGT-3ばかりのクラスで、
スーパー耐久レースの中でも最も速いトップカテゴリーである。

 

つまり、クラス1に挑戦するということは、
私たちがポルシェGT-3でスーパー耐久に挑戦するということになる。

 

総合優勝は、どのレースでもこのクラス1のポルシェが勝ち取っている。
ドライバーも日本のトップレーサー揃いである。
地味な玄人好みのクラス5と違い、
レースの華とも言えるクラスである。

 

※これは去年の十勝24時間スタートの写真。
先頭を行くのがクラス1のポルシェ達。

 

 

しかも、このポルシェGT-3は頑丈な車であり、
エンジンも毎レースごとのオーバーホールは必要としないし、
改造の余地も少ない。
タイヤとドライバーが良ければ勝てる車である。
車自体は決して安くはないが、リセールバリューを考えると、
意外とコストは低い。
何しろトップを狙える車なので、
コストパフォーマンスを考えると、これはやるべきであると判断した。

 

この車の横腹と前と後ろにでっかく「KeePre」と「快洗隊」を大書し、
全国のサーキットを転戦して、
レースのトップグループを走ってくれるはず。
テレビに写る時間も格段に多くなるはずであるし、
雑誌などへの登場もうんと増えるであろう。

全国のKeePre施工店における
KeePreコーティングの販売に大きな宣伝効果を発揮してくれるはずである。

 

レースでの宣伝効果は、意外なほどあるもので、
特に人気レースのトップグループを走る車での宣伝は、
ユーザーにメジャー感を与え、そのロゴに対する信頼感を高めてくれる。
それにファンを掴む事によって、
幅広いシンパシーを得ることも特徴の一つだ。

 

現在、「KeePre」と「快洗隊」は、
カー雑誌「ベストカー」の一番後ろの見開きページで、毎月一回の広告を載せている。
ベストカーはカー雑誌の中では日本で一番たくさんの発行部数を誇り、
内容的にも幅が広い。
この雑誌に載せ続けることが最も効果的な広告になると判断して掲載し続けている。
昨年6月からの1年契約である。
はっきりとは言えないが、この広告代決して少なくはない金額である。

 

広告のビジュアル自体はいい出来だと思うが、
ここに、もう一つファンを惹き付けるような要素が欲しい。
ベストカーはメジャーな雑誌である。
そこでシナジー効果を出すような要素としてレースカーは魅力的であるが、
そのレースカーがマイナーな存在では魅力にイマイチ欠ける。
そこで、思い切って、
スーパー耐久レース最高峰のクラス1、ポルシェを出す事にしたのだ。
その効果を期待したい。

 

ドライバーは今年インテグラでシリーズを走った田中篤選手と、松永まさひろ選手。
それに加えて、長島正興選手も走る事になるかもしれない。

 

まだなにも決定していないので、あくまでも希望という段階であるが。
長島正興選手はミスター巨人の長嶋茂雄の御子息だ。
ポルシェはそのスピートが圧倒的である分燃費は悪いので、
ピットインを2回して、燃料補給をする事になる。
だから、実際に走るドライバーが3人いてもおかしくないのだ。
彼が加われば一層華やかなピットになるに違いない、実現すると嬉しいのだけれど。

 

※今年の岡山TIでスタート前の松永選手と、たまたま話しかけてきた背筋ピンの長島選手

 

 

そして、Aドライバーの田中選手。
たまたま現場監督のような格好をしているが、たまたまである。

 

 

昨日は午後4時まで事務所で仕事をしてから、
小牧空港から長崎に飛んだ。
長崎空港から高速を走って佐世保に入る。
佐世保で田中選手達と小さな忘年会をやった。
忘年会と字のごとく、今年のことはすっかり忘れて、
来年のクラス1、ポルシェでのスーパー耐久参戦にすっかり盛り上がった。
(今回カメラを会社に忘れてきてしまった。だから写真が一枚もない。)

 

深夜まで飲んで、騒いで、佐世保市内のホテルに泊まった。
同行の畠中君は、朝早く私がまだ寝ている時間に一人でホテルを出て、長崎空港から小牧空港に飛んで帰った。
この大繁忙期に仕事に穴を開けるわけには行かない。

 

 

私は朝ゆっくり起きて福岡に行き、あいさつ回りの最終盤。
今、福岡から中部空港への夕方の飛行機の中でこれを書いている。

 

気分は晴れ晴れ、富士山のようである。

 

※これは今年の秋、最高の富士山を飛行機の上から見たときの写真。

 

 

これで、今年の出張はいよいよ打ち止めかと思っていたのだが、
一昨日、海外事業部の部長も兼務している酒部君から連絡が入り、
急遽、北京に27.28日と行く事になった。
マイナス10゜Cだという。
ひぇ~~~である。

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    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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