谷 好通コラム

2008年08月12日(火曜日)

1991.うなぎ屋の秘伝のたれ

当社の監査役をやってもらっている銀行出身の山口さんから面白いことを聞いた。
「私が銀行時代の頃の経験ですが、
すし屋さん、居酒屋さんの類はいくらでも潰れたが、
“うなぎ屋さん”は一軒も潰れなかった。
うなぎ屋はどの店でも“秘伝のたれ”というものを持っていて、
代々受け継がれ、減ったら足して、昔からの味を保っている。
そのたれの味でうなぎの味も決まり、
そのたれは、後継者かあるいは暖簾(のれん)分けをされた者にしか分けられない。

 

だから先代あるいは本家から、職人としての腕と、
経営者としての才覚を持っていると認められ許しを得た者だけが
秘伝のたれを分けてもらい、
うなぎ屋を営業しているわけで、そうなかなか潰れる事はない。
銀行は、本店が持っている信用度とほぼ同じように暖簾分けされた店を信用します。
それに対して、
すし屋とか居酒屋はそれなりに腕を持てば誰でも自由に独立でき、
店は借り物で、材料もどこからでも仕入れることが出来る。
となると、独立したばかりの職人にどこまで経営者としての才覚があるか。
銀行としてはどこまで信用していいのか疑問です。」

 

ちょっと考えさせられた話だ。

 

私は昔から若い人が独立するのを、いろいろな職種で
何人も手助けしたことがあったが、残念ながら残っている会社はゼロに近い。
みんなそれなりに力を持っていたし、よく働く人たちであったが、
無念にもみんな事業の継続に失敗している。
会社が無くなるまでの過程は色々だが、
共通して言えることは、商売をして入ってくるお金のペースを考えずに、
お金を使ってしまったことである。
つまり、収支のバランスを取ることができなかったということだが、
まるでサラ金の宣伝そのままであるが、そうではない。

 

ただ単にお金の使い方が乱暴であったとか、
雑であったという問題ではなく。
事業が誰のためにあるという根幹的な問題に起因している。

 

お金を使うことは簡単である。実に簡単である。
お金さえ払えば、誰でも、何でも売ってくれるし作ってくれる。
自分の意のままだ。
しかしお金を稼ぐことは実に難しい。
お客様に付加価値を与え、お客様がそれを認めてくれて、買い続けてくれて、
やっと収入を得ることが出来る。
こちらの都合も、こちらの希望も意志もまったく関係ない。
お客様がお金を払って買ってくれるかどうかは、
お客様の意のままである。

 

自分の意、お客様の意、
そのどちらを基準にして商売を組み立てるかとなれば、
お客様の意に決まっている。
商売として当たり前なことだ。
ところが、独立して、お金を使うことに対する自由を得ると、
その“自由”を使いたくなるのが人情で、
自分が持っている価値観でお金の使い道を決定するが、
その中に「お客様の意」が見えなくなってしまうことが多い。

 

お客様のための店である前に、
自分のための店作り、自分の都合で商売してしまうことが多いのだ。

 

商売はお客様のためになることをするからこそ、
お客様はお金を払って買い、私たちは収入を得ることになる。
その収入によって商売は成り立つのだから、
きれい事ではなく、
商売が成り立つには、その商売がお客様のためになるかどうかなのだ。
それ以外の要因で成り立つ商売はない。
しかし、独立したての人は、自分のために独立したので、
自分のための店を造ってしまいがちであって、自分のための商売をしたがる傾向がある。
ここで商売の原則とのズレが生じて、立ち行かなくなる。

 

簡単なことで、
商売とは、
お客様のためにあってこそ、成り立つものなのに、
独立したての人は、自分のために独立したのだから、
自分のための商売をしがちで、
目的がまったく正反対のところにある商売の仕方は、原理的に成り立たない。

 

実に簡単なことなのだが、
そこに気が付く人は少ない。
だから自分の意志で、自分の価値観で、
自分が欲しいと思ったところへ投資をしてしまう。
しかし得られる収入は、お客様の意思で決まるので、
投資した要素には反応せずに「買わない」という行為で応える。
すると自分の求める収入とは大きなズレを生じ、当然、収支のバランスは崩れる。

 

独立した人が陥る簡単な落とし穴であり、
その落とし穴が自分で掘ったものであることに気付く人はほとんどいない。

 

うなぎ屋の”秘伝のたれ”は、商売の元である。
うなぎ屋は「腹裂き三年、焼き八年、味は一生」と言って、
うなぎのさばき、焼きにもそれなりに熟練の技術を要するが、
「味=秘伝のたれ」は、一生物であって、
ここにお客様のため=満足=美味さが凝縮している。
暖簾分けを受けた者が、一生をかけて大切にしていくものだ。
うなぎ屋に味においての創作はないのである。
しかし逆に言えば、それは乱れも生じにくいと言える。
“秘伝のたれ”
商売としてもっとも大切な根源とも言える顧客満足がそこに保証されている。

 

すし屋さん、居酒屋さんは、
その人の個性で自由自在に味を変えることが出来、創作の余地もあり、
逆を言えば、乱れを生じることもある。
自分の自由な意志を入れれば入れるほど、創作としての幅も出来るが、
乱れに通じることもある。
そこにはその人の創作による更なる顧客満足があるかもしれないが、
単に自己満足であるだけかもしれない。
味の保証されているわけではないのだ。
その人の姿勢とセンスによって、不安定要素が発生するわけだ。

 

フランチャイズの外食産業は、
うなぎ屋の「秘伝のたれ」の代わりに、
料理そのものと味はすべて「セントラルキッチン」で造って、
店舗ではそれを暖めるとか、焼くとか、切るとか、盛り合わせるとかの
調理後の作業だけを行わせるようにしている。
料理の調理と味付けは「調理工場」で行い、店舗がそれを販売するという仕組み。
店舗での暖め方にも、焼き方にも、切り方にも、盛り合わせ方にも、
きっちりとしたマニュアルがあって、一切の創作は許されない。
その代わりにお客様は満足=味をそれなりには保証される。

 

しかも、うなぎ屋の「腹裂き三年、焼き八年、味は一生」でいうところの
「腹裂き三年、焼き八年」の修行にあたる部分が、
セントラルキッチンによる外食フランチャイズには無い。
だから、急速な多店舗展開を出来ることにもなる。

 

 

対して、快洗隊に”秘伝のたれ”はあるのか。
キーパープロショップには”秘伝のたれ”があるのか。

 

私は「ある」と思っている。
それが何なのか、簡単に言うわけには行かないが、
それに気付いている人もいるし、気付く可能性がない人もいる。
もったいぶった言い方をするものではないが、簡単には説明出来ないので、
こんな言い方になってしまう。

 

今日は、朝早く起きて、
朝から関東の上溝店、相模原店、建設中の板橋店、五香店、松戸店に行ってきた。
お盆前でどこを走ってもひどいラッシュの関東をこれだけ回ると、
さすがに日帰りとも行かず、松戸店の近くでスパゲティ(イタリアンでない)を食べ、
今は錦糸町のホテルの中。

 

 

写真は、昨日撮りもらした大府店の上谷君から始まって、
夜、焼肉を食べた時の写真と、
今日は、上溝店のみんなの写真家に始まって、
相模原店のみんな。
新しい板橋店の工事現場の写真。
そしてやっとたどり着いた五香店の二人。
午後8時の閉店間際に付いた松戸店では写真を撮り忘れてしまった。

 

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