谷好通コラム

2010年08月08日(日曜日)

2572.キーパーエピソード(1)清隆君の涙

約20年前、1軒のガソリンスタンドを経営していた私は、
2軒目のスタンドが欲しくなってその用地を買った。
ずいぶん無理して買った。
しかし、当時はガソリンスタンド数の総量規制が行われていて、
スタンドの設備を自分で造っても、
全国のどこかの店舗を潰してその空き枠を手に入れなければ
ガソリンスタンドとして認可されず、仕入れも出来なかった。

それでも、総量規制があと1年半で撤廃されることは分かっていたので、
何とかなると思い、
ガソリンスタンドの建物と設備を造ってしまった。
そして規制撤廃までの1年半の間はガソリンなどを販売せずに、
まず洗車とコーティングのビジネスだけを始めた。

しかし、普通の洗車やコーティングを、
普通に売っても、
あまりいい立地ではないその場所に
お客様が、わざわざ来て買いに来るわけがない。
そこで特別な研修に通って、
最高の洗車とコーティングをお客様に提供しよう考えた。

その研修で習ったのはいわゆる「磨き」と呼ばれる技術で、
スポンジバフが高速で回転するポリッシャーと、コンパウンド(研磨剤)を使って、
塗装の表面を磨き、塗装の表面についている微細なヘアライン傷や艶ボケを取る。
それは結構大変な作業だった。
まず車を洗って泥を落とし、次にWAXカスなどを丁寧に取り除く。
それから「荒目の研磨剤」で薄く塗装の表面を削り取って傷やボケを取るが、
荒目の研磨剤で擦ったことによる一様なボケが残る。
次に「中目又は細目の研磨剤」でその一様なボケを均すように磨く。
最後に「極細の研磨剤」で塗装表面を、
極めて均一で平滑な状態、ツルツルに磨き上げる。
その仕上がりは、新車の塗装以上に平らで艶があり、
鏡のような表面になるので「鏡面加工」と呼んでいた。
車好きのマニアにとってはたまらない艶だ。
最後に、鏡のようにした塗装表面にポリマーコーティングを塗って終了。

一台仕上げるのに5～10時間もかかる作業で
肉体的にも大変な作業だった。
しかし値段も5万円から8万円もいただけるので、儲かる商品ではある。
しかし反面、そういうマニアックな商品を買う人は一握りの人であり、
マニアックな人を集めるのには、宣伝広告にかなりお金を使わなくてはならず、
経営的には決して楽ではなかった。

清隆君の涙の跡

そんな大変な作業の商品をメインにした2軒目、クリーンベースウィズには、
私の弟、清隆を店長にして運営たが、彼もずいぶん苦労をしたようだった。

ある日曜日、一軒目の店であるガソリンスタンドもずいぶん忙しく、
そこで働いていた私は夜9時過ぎに店を閉めてから、
何か事務仕事をしていたら、つい深夜2時くらいにまでなってしまった。
二軒目の店もとっくに閉まっているはずだったが、
何か予感がして電話をしてみたら、弟が出たのです。
「こんな時間まで何やってんの」
「いや、ちょっとボケが取れなくて、・・・」
「ふーん、こっちは終わったから、今から行くよ。」

二軒目の店舗は車で10分くらい、店に行ったら、
弟が作業場に座り込んでいて、
こっちを見て笑ったのですが、
目の端っこにうっすらと筋がある。涙の跡です。

昔の研磨剤はまだ性能が低かったのかもしれないが、
あのころの「磨き」には不思議な現象があったのだ。
ポリッシャーで荒目から細目の研磨剤で順番にボケを取っていって、
最後に極細の研磨剤を使って仕上げの艶を出す工程で、
突然うっすらとモヤがかかったようにボケが出てしまうことがある。
そうなると超微粒子の研磨剤でどんなに丁寧に磨いても、
逆にもっとボケたりして、何をどうしたらいいのか分からなくなってしまう。

弟・清隆はそんなドツボにはまり、
くたくたに疲れた肉体的なつらさも手伝って、
つい、涙がポロっと出てしまったのだろう。
他のスタッフは先に帰していたので、
一人でやっていた彼は、
そんな涙を拭き忘れて、涙の跡になっていたのかもしれない。

いずれにしても大変な一年半だった。(私がではなく弟が?)

やがて一年半経ち、ガソリンスタンド数の総量規制が撤廃され、
地下に埋めてあったタンクにもガソリンや軽油が入れられ、
洗車とコーティングだけであった店から
ガソリンスタンドとしての商売も始まった。

すると、それまでは一日に10台も来れば多いほうであったのに、
ガソリンを入れに何十人ものお客様が来るようになったのです。
ガソリンスタンドの集客力は本当にすごいものだ。
以前のように大きな宣伝広告費を使わなくても
お客様がたくさん来てくれて、経営は楽になった。

二軒目の店舗「クリーンベースウィズ」