谷 好通コラム

2022年12月16日(金曜日)

12.16.ガソリンスタンドは昔からサービスステーション(SS)だった。

 

私が33年前に独立して起業したのは「共同石油高津波給油所」だった。

 

 

しかし誰もがいつも、

高津波サービスステーションと呼んでいて、

自分達の店舗をガソリンスタンド(GS)とは言わなかった。

そして、

そのガソリンや軽油などの燃料(以降”燃料”と称す)は、

あくまでも「販売数量」の多さがステータスでした。

つまり、

燃料の販売価格はその地域の相場で決まってしまうので、

販売価格-仕入れ価格=利益@は、

販売者の主体的な意志、あるいは努力に関わらず、

その地域のその時の相場決まってしまう傾向があり、

残念ながら「利益」は、その地域、その時に他力的に変動するものなので、

あくまでも努力目標はどれだけの”数量”を売っているかであり、

それが店舗としてのステータスでもあったのです。

 

元来、燃料はどこの製油所で製造されたものであっても、

しっかりとした画一の規格に従って造られているので、

どこのマークの燃料でも、

どの地方で販売された燃料であっても、

寸分たがわぬ同じ性能と、同じ価値を内包しています。

だからドライバーは、どこで、どのガソリンスタンドで給油しても、

いつも同じ量の付加価値を得ることが出来ます。

だから、みんな、どこで給油しても安心して走ることが出来るのでした。

 

しかし売る方としては、

商品そのもので差別化することは出来ないという事なので

給油所を出来るだけ便利な、目立って、入りやすい場所に造り、

入りたくなるような立派でかっこいい建物を競って造る店舗もありました。

またある時には、

「ガソリン満タンでBOXティッシュ5箱プレゼント!」なんて

販促キャンペーンを競って行った時代もありました。

私も昔、「ピーナッツ」や「バナナ」を配った事があります。

 

しかし、

いずれにしても

燃料は商品そのものの価値は同じなので、

その商品が”いくら”で買えるのかが競争の一番のポイントとなってきます。

つまり値段が販売競争の決め手になるので、

販売者は必然的に「安売り競争」「安値看板の競争」に走る事になります。

それが、お互いの首を絞め合うと分かっていても、

つい、安売りが一番手っ取り早く効くので、

近隣のGSと競争していると、それがつい安値看板競争になったりもする。

 

私が1985年8月に「株式会社タニ」を法人登記して

その年10月にガソリンスタンドとして起業した「共同石油高津波給油所」も、

上に載せたその当時の写真をよく見ると、

「10月4日~10日 オープンセール “激安”」と書いてある。

周辺の競争相手のガソリンの値段を調べて、

それより2円/ℓくらい安く売っていた。

起業して、店舗オープン早々、私も「安売り競争」をしていたのです。

そら加えて「ピーナッツプレゼントキャンペーン」などもやって、

この店はひと月あたりの平均、ガソリンを150kl(150,000㍑)販売して、

当時としてはなんとか売り勝っていた。

(現代ではその数量は増え、その3倍は必要でしょう。)

 

ガソリンはその販売数量が第一で、

価格競争で1㍑当たりの粗利(口銭)が落ちても、

ガソリンの数量を売り勝とうとしていた。

そして、

たくさん集まったお客様の車に対して

「油外収益三品」をせっせと売った。

油外収益三品とは、

1.「オイル(オイル交換)」。

2.タイヤ、バッテリー、アクセサリーなど略して「T.B.A.」。

3.そしてパンク修理、洗車、ワックスがけなどの「作業」。

お客様の自動車が、

安全・快適に走り続ける為のサービス全般を、油外収益」と言っていたのです。

 

この三品からの粗利益が、

燃料油(ガソリン、軽油、灯油)から得られる利益よりも大きければ、

その店舗は採算的にも良好であり、

優秀な店舗で、優秀な店長とされた。

 

ガソリンなどの燃料は「安く売って」数量を多く販売し、

それが集客となって、

たくさん集まったお客様のお車に、

油外収益三品をたくさん売って利益を上げるのが勝ちパターン

 

1985年オープンの「共同石油高津波給油所」は、

ガソリンを月平均約150,00ℓ売って、

軽油・灯油などを月平均30,000ℓ売っているので、

燃料油としてはひと月に180,000㍑なので、

180,000㍑✖口銭約10円/ℓ=1,800千円/月

しかし、

売り勝つために何らかの割引や還元をしていたので、

実際はその70%程度の粗利益になって、燃料油利益は1,250千円程度。

しかし、

油外収益三品は、お客様の車の安全安心運転を支えるサービスなので、

これを値引きして販売する事はなく、

優秀な店の目安であった10円/ガソリン1㍑を目標としていた。

だから、「共同石油高津波給油所」は、

月平均燃料油で1,250千円と、

油外収益三品が1,500千円で、合計2,750千円の粗利益を得て、

 

地代、店舗リース料     約500千円、

減価償却費・宣伝広告費等  約200千円、

水道光熱費・その他雑費    約250千円、

役員報酬・人件費・福利厚生 約1,600千円

———————————————————————————-

販管費計 ・・・・・・・・約2,550千円

営業利益 ・・・・・・・  約200千円

 

当時のステータスと言える数量の燃料を安売りをしてでも売って、

売り勝ち、集客したお客様の車に、

優秀な店の目安であった10円/ガソリン1㍑の油外収益三品を販売して、

何とか黒字になったのが良い方で、

なにかがあれば余計な経費が掛かったり、

近所のガソリンスタンドが無茶な値引き販売を始めれば、

負けずと値引き競争に加わったりして、

僅かな黒字もなかなか続けることが難しかった。

 

時には資金繰りがうまく行かなかったりして、

金が足らず、かといって社員の給与を止める訳には絶対にいかず、

自分達の役員報酬を取らない時期が続いた。

 

連れ合いは、あの頃を思い出して、

「お金が無くて、つらかった。」と言い、

「でも、今は、何かお金を使う分はいつもあって、

高い物を買わないよう気を付けなくても良くなっただけで、本当に幸せ。」

と、昼ご飯のそばを一緒に食べながら、笑って言う。

裸一貫で起業したガソリンスタンドは、

名刺が代表取締役になっただけで、ゆとりとは程遠い生活だった。

 

あの頃、私たちの高津波給油所は、

ガソリンを集客の手段として集めたお客様に、

自動車の安全と安心の為に、安全点検をして、

オイル交換やタイヤの空気を入れたり、

洗車をしたり、バッテリーを交換するサービスを提供して、

燃料からの収益より大きなその報酬で、やっと生活していた。

 

私達は、自らを石油販売業としてよりも、

むしろお客様の自動車に色々なサービスを提供して

食べていた「サービスステーション」だった。

 

高津波給油所とは、公式な名前だけであって、

日常、誰もが高津波SS(サービスステーション)と呼んでいたのは、

実質的に、この店でのビジネスは、

「給油所」と言うよりも実態は「サービスステーション」だった。

 

我々は、元々、名実ともにサービスステーションであって

ガソリンスタンド的な面は、集客の一手段でしかなかったのかもしれない。

 

だとするならば、

サービスステーションはカーボンニュートラルで滅びる必要はまったくない。

エネルギーが化石燃料から電気に変わっても、そこからの収益が激減したとしても、

我々は元々、サービスステーションだったのだから、

お客様に提供するサービスの種類が変わったとしても、

お客様から求められるサービスがあれば、

我々はそれを提供するサービスステーションであり続ければいい。

そうおもうのです。

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    代表取締役会長兼CEO

    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
    読めば読むほど元気になること間違いなし。・・・の、はず。

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