谷 好通コラム

2004年08月03日(火曜日)

999話? とうとう来た

いよいよ十勝に向かって出発した。
今、千歳行きの飛行機の中だ。

 

今日の朝、起きてから色々と準備を確認しなければならなかったのだが、
何か億劫で、ダラダラとタバコを吸っていた。
なぜか何もしたくなかったのだ。

 

今度の24時間レースは、私にとって無謀以外の何物でもない。
48歳からレースカーに乗り始めて
50歳ではじめて四輪レースに出て、
ローカルの草レースで畠中君とか吉田君の力があって、やっと2位に入ったのが最高であった。

 

そのレースの中でも、
私は他の同等の力を持った車に着いて行くのが精一杯で、
たいていは若い子たちには離される一方で、はっきりと力の差があった。
私は草レースでも置いていかれるほどの
ヘナチョコで、52歳にもなって未だ新米のおっさんドライバーなのだ。

 

そんな私が、
日本のトップドライバーが勢ぞろいするこんなビッグレースに、
縁あるチームの中に混じって出ようなんて
チームにとっても、
レースの他のドライバーにとっても邪魔なだけである。

 

何もこんな自虐的に書くことはないが
客観的に見れば多分そうなのだ。

 

しかし、
やってみなければ分からない。
コースに出て、日本のトップレーサーたちと一緒に走ってみて、
それから「出るべきではなかった」と思うのか、
「出て良かった」と思うのか、
やって見なければ分からない。

 

24時間レースは本当にお金がかかる。
予算も、最初計画した金額に比べたら倍以上に膨らんでおり、
途中で何度後悔したか分からない。

 

でも、今回は一度もやめようとは思わなかった。
とにかく“出る”という前提を一度も崩さなかった。

 

去年、このレースに出場する計画を立てて、途中で中止した事があって、
「やらなかった後悔」をたっぷりした。
「やって後悔するなら意味があるが、やらずにする後悔は何も残らない。」
常日頃、そう言って来た私にとって、
この時の“やらなかった後悔”は、じつに後味の悪い後悔であった。

 

今年は、
自分で言い出したのだから、
とにかく“やる”、“出る”を動かさない事として行動してきた。

 

そのために、いつも以上に仕事をやったつもりであるし、
ほんのわずかではあるが体重を絞ることも出来た。
出場の為の計画も何度も立てたし、みんなが主体となって準備も進めてくれた。
その結果、今、十勝に向かって飛行機に乗っているのだ。

 

とうとう、ここまで来てしまった。

 

やっと、ここまで来れた。

 

 

この日乗ったのは、今、日本で使われている旅客機の中で一番古い機体MD81。
この飛行機はリアエンジンで、後ろの席に行くと、こんな近くにエンジを見ることが出来る。

 

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    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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