谷 好通コラム

2010年08月29日(日曜日)

2597.実は今、富士スピードウェー

実は、おとといからゴルフGTIカップレースの第3戦で、
「富士スピードウェー」に来ている。

 

 

私は何を勘違いしたのか、第2戦の「つくばサーキット」で、
私もがんばればひょっとしたら1位になる可能性もあると思ってしまっていた。

 

だから、3週間前には私と畠中君は富士スピードウェーに「練習」までしているのだ。
普段はぶっつけ本番ばかりであったが、
今度は何か大きなチャンスがあるような気がして、
やったことのない「事前の練習」までして備えた。

 

畠中君はこれまでの2戦が終わってランキング2位。
富士のレース結果次第では、ゴルフカップレースのドイツでの招待参加がかかっている。
(ただでドイツに行けて、ただでドイツでのレースに出れるのだ)
だから気合が入っている。
私もゴルフ5クラスで2位。
私のクラスはドイツへの招待はないが、
年間ランキングで2位とか3位の可能性は初めてだ。

 

前回のつくば戦でのレースでは、かなり前でデッドヒートがやれたので、
予選しだいでは、初の優勝もあり得ると「勘違い」してしまったのだ。

 

つまり予選は昨日終わった。
そして、私はゴルフ5クラス6台中の4位。
しかもトップとは2秒差で、3位とも1秒の差があって、
とてもトップを争うようなタイムではない。

 

予選に悔いがなかったわけではない。
最高のタイムが出せるタイヤが新しいうちの2周目、3周目に、
パワーの違うゴルフ6に乗る畠中君に引っ張ってもらおうと思って、
逆に自分のペースを乱してしまったのだ。

 

ほんの1秒2秒のことだが、予選ではこれが決定的な要素になる。
一番タイヤのグリップが出る2周目、3周目を逃すと、
明らかに1秒以上はタイムが落ちる。
単独になって4周目にはすごくいい感じで走れたが、
失敗した2周目、3周目とほぼ同じタイムであった。
明らかに予選失敗である。

 

まったくのイコールコンディションで走るレースでは、
よほどのことがなければ前の車を抜くことは出来ない。
それが客観的な事実だ。

 

畠中君は総合で2位のポジション。
十分にドイツ行きの可能性が高まった。

 

もちろん、私もがんばる。
レースはちょっとしたミスで、すべてが変わる。
スタート直後から激しいデッドヒートがあるはずだ。
ミスをした者が負け。
デットヒート競り勝って、ミスをしないものだけに勝利がある。
まだあきらめたわけではない。

 

 

畠中君が乗る№25のゴルフ6に引っ張ってももらい、
後ろにぴったり付いて、
№25に隠れてしまいほとんど見えてないいている私の№26ゴルフ5。

 

 

№26がタイムアタックを終えて、
私が前に出て、単独でタイムアタックに入っているが・・。

 

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2010年08月29日(日曜日)

2596.ヒヨッコと笑い飛ばされる

私が日本国中をキーパーの営業に飛び回っていた頃、
つまり10年前くらい前のことか。
北海道は、札幌はもちろん、
苫小牧、釧路、帯広、十勝、稚内、女満別、網走、中標津、旭川、滝川、留萌、
石狩、小樽、余市、そして函館。
全国を歩き始めた最初が北海道だったので、
私たちは北海道の隅から隅まで回った。

 

だから北海道では数え切れないほどご飯も食べたし酒も飲んだ。
それでも、また行きたいと思うような店はそんなにはないのは不思議だ。
たぶん、どこへ行っても同じように観光客が喜びそうなものばかりで、
かえって印象に残るような店が少なかったのだろう。

 

その中でも、またぜひ行きたいと思っていた店、
「千歳」の定食屋「やす川」は、
昼に行ったが、
もう店がなくなっていたようだった。
働き者で無口のご亭主と、
品が良く、でもキップのよさそうな女将さんの二人で切り回していた定食屋さん。
てんぷら、フライの類がものすごく美味しく、
安くて、とんでもなく量の多い店であった。
しかし店の場所が余り良くなかった。
少なくとも観光客が来るような場所ではなかった。
あまりにぎわっているようではなかったので廃業されたのか、
あるいは、どちらかが体調を崩されたのか。
あるいは、私が場所を間違えて店を見落としただけなのか。ならばいいのだが。

 

 

あるいは、
函館の朝市のはずれに「道南食堂」という食堂があって、
そこの「ハラス」と「なすとピーマンの煮つけ」が最高に美味しかったが、
函館出身の結城君が函館に帰省した時、
そこの名物大将が亡くなって、道南食堂が閉まっていたと言っていた。

 

時が移り変わり、有ったものがどんどん無くなっていく。

 

函館にはもう一軒、
どうしてもまた行きたいと思っていた店があった。
函館駅前からそんなに遠くない「きみよし」という小料理屋さん。
お酒を飲む店でまた行きたいと思う店は私にとって珍しい。

 

北海道に行き始めて、ほとんど最初のころだ。
私が独立するのを助けてくれた恩人である藤本さんに、
約10年前に連れて行ってもらった店。
それからニ三回行って、
最後に行ったのは7年前か8年前で、その後長い間、函館自体に行かなくなった。
その頃から、私が出張に行く先は、東京、大阪、福岡、札幌など
大きな都市ばかりになってしまっていて、
地方都市に行くことが激減し、函館にもまったく行かなくなったからだ。

 

今回は札幌の用件を済まして少し南に行く仕事があったので、
ついでに一日だけ休暇のようにして、函館に行くことにした。
函館に到着した夕方、104で電話番号を聞き、やっていることを確認して行った。

 

「きみよし」は、
昔と同じように「女将さん」と「れいちゃん」の二人で切り回していた。
お料理は素朴だが、洗練されていて、とても美味しい。
本当に美味しい。
店は解かりにくい場所にあるので、
地元のお客様がほとんどなのだそうだ。
だから、地元の人も納得させるような食材と、
何度食べても飽きないお料理が必要で、こんな店にこそ地元の美味しいものがある。
しかし何と言っても、
この店のファンは女将さんとれいちゃんの人柄に惚れて通うのだろう。
心遣いにあふれたお話がなんとも楽しいのだ。
心が温まり、癒される。

 

たくさんの話をしてくれる。
その中で、私が、
「自分ももうすぐ60歳に届く、年を取った。」と言うと、
女将さんが
「なーに言ってんのさ、あなたなんかまだヒヨッコよ。まだまださ。」

 

私が小学校に入学した年に、女将さんは高校に入学している
私よりも・・・才も上で、
それでもなお現役バリバリで、なお美しい女将にとっては、
もうすぐ60歳になる私なんか、ただのヒヨッコでしかない。

 

 

女将さんは一つ一つのしぐさが実に美しいのだ。

 

 

女将さんと、何十年もの相棒れいちゃん。

 

 

れいちゃんはキップがよくってお料理上手、そして人がいい。

 

 

次の日の昼、
昼ごはんは「うどんのきみよし」で、うどんを食べた。
そう前の日に美味しい料理とお酒を飲んだあの「きみよし」が、
すぐ近くの店で「うどん屋さん」もやっているのだ。

 

昼のうどん屋さんには、変身した女将さんがいた。

 

 

これが昼のランチ。
これで・・・650円とは信じられない。

 

 

今はない道南食堂で一番好きだった「なすとピーマンの煮付け」が、
きみよしのランチに入っていた。
同じ味であった・・・・。

 

 

夜はお酒とお料理の店、昼はうどん屋さん。
女将さんは想像以上の超働き者であった。

 

「年取った」と愚痴るなんて何十年も早い
私なんかはただの「ヒヨッコ」であったのだ。

 

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    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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