2010年03月16日(火曜日)
2451.色々なことバラバラととりとめなく
四国・高松から観音寺、西条、松山を巡り、
快洗隊FC店を経営している四社の方と順番にお会いして一日が終わった。
先ほど松山空港から飛び立ったばかりだ。
飛行機はJALのボンバルディアCRJ-200、
小型ジェット機で私の大好きな機体の一つ。
しかし少し気が重い。
今日一日乗ったレンタカー・ビッツの中に、
また、カメラを置き忘れてきてしまったのだ。
ついこの間は、相模原に携帯電話を置き忘れてきて、
スタッフに送り返してもらう迷惑をかけたばかりなのに、
今日はまたカメラを忘れた。
いい加減うんざりしてくる。
いや、うんざりするのは私ではなく、面倒をかけられるスタッフの方だろう。
申し訳ない。
新ロゴを使った販促ツールカタログも今日の午後、無事に入稿できて、
デザイナー諸君もやっとホッとしているか。
あるいは皆さんからいただいたチラシや看板のご注文が山になって残っており、
早速、手を付け始めているのか。
企画の諸君は、しばらくの間、ずいぶん無理をお願いすることになりそうだ。
本当にご苦労様です。
快洗隊の名前が変わる。
まだ、FC店さん全部には説明が終わっていないので、
ここで発表してしまうわけには行かないが、
ずいぶん斬新な名前であることだけは予告させていただく。
快洗隊は約13年前、一号店の刈谷店を作っている時に決めた名前だ。
快洗隊のコンセプトは「洗車屋 快洗隊」で、
上質な手洗い洗車を提供することによってお客様の信頼を勝ち取り、
洗車よりももっとキレイになるキーパーコーティングを提供したいと思った。
ここで言うキーパーコーティングとは、
今の「ピュアキーパー」であり、
水垢取りを伴うキーパーを「ホワイトキーパー」と呼んでいた。
当時のコーティングはこの2種類だけ。
たくさんのお客様のお車をひたすら洗い、
RA300で水垢落としをして、ファイナル1でコーティングをしていた。
あとは室内清掃があったぐらいで、今のような豊富なメニューはまったくなかった。
ダイヤモンドキーパーも、クリスタルキーパーも、アクアキーパーもなく、
水垢がウソのように簡単に落ちる爆白もなかった。
まさに気合と根性の世界であったのだ。
正しい手洗い洗車とキーパーコーティングで「日本に新しい洗車文化を作りたい」と、
店舗の名前は、坂本竜馬が日本で初めて作った“会社”「海援隊」をもじって、
「快洗隊」とした。
自分が坂本竜馬気取りであったのは、
今の鳩山邦夫議員みたいでちょっと恥ずかしい。
「快洗隊」とは、
かなり思い込みが強く入った名前であったが、大きな欠点があった。
誰かと話をしていて、
こちらが「かいせんたい」と言っているのに、
資料にも「快洗隊」と書いてあるのに、
相手は「分かりやすくて、いい名前ですね“洗車隊”とは。」と平気でおっしゃる。
「快洗隊」を「かいせんたい」と呼ばず、
「せんしゃたい」と呼ぶ人の方が圧倒的に多い。
快洗隊の「洗」の一文字が強力に効いているのだろう。
このことにはずっと悩まされてきたが、
ならば、どんな名前にすればいいのか思いつかず、ずっとこのままで来た。
今回、キーパーを「KeePre」から「KeePer」へ思い切って変換するこの機会に、
快洗隊の名前も変える決心をしたのだ。
そろそろ乗っている飛行機が着陸態勢に入った。
パソコンを仕舞おう。