2005年10月08日(土曜日)
1263.ロスの禁煙居酒屋
「IN-N-OUT」で、美味いポテトを食ってから、
洗車場回りをする。
最初に行ったのはグラントさんの洗車場、
この日グラントさんはいないが、他の二人に見せておきたかったのだ。
相変わらず大量の車が押し寄せ、
大盛況であった。
しかし、
つい、私が店をやるんなら、
あれはああして、これはこうしてと、
つい、アメリカで自分で店をやるような気分で見てしまった。
しかし、それにしても、
来ている車がフェラーリF360モデナスパイダーとか、
べントレーのGTクーペとか、
近所をさりげなくマイバッハが走っているとか、
まったくすさまじいほどの場所である
私なら、この車達を相手に、どんな洗車をするのか。
こんな車に乗っている非日常的な金持ちを相手にどんな商売をするのか、
じっと見ていると、
ワクワクドキドキしてくるような風景であった。
次に行ったのが、
ちっぽけな洗車場。
と言っても、間口15m、奥行き35mで、525?、約160坪の広さだ。
安城店と同じくらいの広さ。
設備は小さな掘っ立て小屋が一つあるだけで、貧しい設備と機器である。
お客は洗車場の隅っこに並べたベンチに座って待つ。
そこでの洗車は、
品質レベルとしても非常に低い物で、ワックス掛けも何も、
それがどうかという物は何もない。
使っているケミカルだっていい加減な物であった。
しかし、しかしである。
次から次へと客が入ってくるのである。
すごく繁盛しているのだ。
もちろんそんなに高級車は来ない。
ごく普通の小型車から来ても中級車まで、
洗車は一番ベーシックな物で1台9.95ドル。
たしかに安いが、メチャクチャ安いわけでもない。
働いているのは、すべてメキシカン。
来ているお客もメキシコ系の人が多そうだ。また、そういう地域にこの店はあった。
グラントさんの店とか、
他の繁盛している大型店を見たときには、
私たちの洗車は米国で絶対に通用するし、
多くの人に支持されて、これらの大型店に勝てると思った。
しかし、この日、
このちっぽけなメキシカンの洗車場を見て、
しかも、次から次へと入ってくるお客の車を見て、
少なくともホッとした。
たとえば、私たちが快洗隊を米国で開いたとして、
私たちの洗車とコーティングは、
最初、米国でなかなか理解してもらえないかもしれないだろう。
しかし、一度店に来てもらって、
快洗隊の洗車とKeePreとかを体験していただければ、
絶対に負けないであろう。
問題は、
来て貰うことができるかということで、
この小さなメキシコ人の洗車場に続々と入ってくるお客の車の数をみて、
アメリカの洗車事情が需要過多であり、
そんな心配しなくてもいいかなと思ったのだった。
その足で、
ディテイリング屋さんが潰れた跡だとか、スタンドが閉店した所だとか、
快洗隊を造ることが出来るのかな?なんて感じの土地物件を見た。
ビバリーヒルズに近いところであり、
物件も広く、見ているだけで意欲が湧いてくるような物件であった。
ここに快洗隊を作ったら、
世界の有名人がいっぱい来て、
ロールスとか、ベントレーとか、ランボルギーニとか、フェラーリとか、
そんなベンツ、BMWも青くなるような超高級車が、
当たり前のように来る、そんな店になるのかもしれない。
面白いだろうなぁ、凄いだろうなぁ、
なんて考えていると、
マネージャーには、相模原店の柴田Mgなんか持って行ったら、
あのヒョウヒョウとした風貌で、ハリソンフォードだとか、デビィ・ムウアだとか、
世界のスーパースターたちにも、
「デビィさん毎度です。」なんて、平気でやっつけてしまうのかも知れんなぁ。
などと、
恐ろしい事に、人事のことまで考え始めてしまっているのだ。
しかし、
まだ、アメリカには快洗隊は作らない。
それは間違いない。
まだ、私たちはアメリカのことを知らなさ過ぎであって、
トニーに依頼した調査がどんな結果を出してくるのか解らないが、
いずれにしても、もっとじっくりと腰を落ち着けて、
まず調査を進めなければならない。
(でも、快洗隊ロス店、わりと早く出来てしまうかもしれない・・・)
興奮のビバリーに近い快洗隊用地で白日夢を見たあと、
それから、
「居酒屋」さんに行った。
トニーが馴染みにしていて、よく通っている店なのだそうだ。
美味かった。
「楽楽家」と書いて「ささや」と読むのだそうだ。
この店とトニーとの関わりは、石亭が・・、というところまでは覚えているのだが、
とにかくトニーの人脈は半端ではなく広いので、
そのいきさつなどは、いくら聞いてもなかなか憶えられないのである。
とにかく、ここの料理は美味しかった。
※これは裏口、ロスでは居酒屋さんでも禁煙であり、
タバコを吸いたくなったら、スタッフも客もみんなここへ来て、タバコを吸うのである。
とっても美味しかったし、感じも良かった。
お勘定はトニーが奢ってくれたので、値段はあまり憶えていないが、
一つ一つについていた値段は、決して高いものではなかった。
この店は、文句なく繁盛するであろう。
とにかく“美味い!”のだから、もう、80%以上勝負は決まったようなものだ。
ロス アンジェルス最後の日、
日本の居酒屋をそっくりロス アンジェルスに持ってきたような、
ひょっとしたら、日本の居酒屋よりも、
もっと居酒屋らしい「楽楽家・SASAYA」さんでした。
やっと日本に帰って来た。
今回の目的地
ディモインでの秋は。
今年最初の秋の訪れであった。