谷 好通コラム

2005年07月11日(月曜日)

1209.初心は忘れるもの

CUSTOMER SATISFACTION(略してCS)
日本語で顧客満足戦略。

 

その顧客満足戦略で全国的に有名なMKタクシーに乗った。
面白かった。
ビジネスを実践するものとして、非常に面白い経験であった。

 

 

タクシーと言えば、
日本のタクシーは世界レベルから見ると異常に料金が高い。
以前このコラムで書いたこともあるが、
例えば中国では100km走っても250元ぐらい、日本円で3,000円程度だ。
初乗りが10元(130円)で、1元ずつ上がっていく。
恐ろしく安い。
だから中国では、庶民が“足”として気軽に使っており、
アイ・タックの上海事務所でも営業にタクシーを使っている。
下手に車を買うより、タクシーを活用した方がはるかに安く済むのだ。
程度の差こそあれ、
シンガポールでも安いし、台湾でも、韓国でも、ドイツでも、アメリカ(?)でも、
10kmとか20kmとかの距離を、
タクシーで行っても何万円にもなるようなことはない。

 

少なくとも私の多くはない経験では、
日本のタクシーは、世界レベルで考えても異常に高い料金で走っている。
こんなに高くてはとても10km以上の距離をタクシーに乗る気にはならない。
みんな、電車などで近くの駅まで行って、
そこから1メーターそこそこだけをタクシーに乗るような、そんな使い方をしている。
タクシー側からすれば非常に効率の悪い稼動である。

 

稼働率が大変悪いので、稼ぎが少なく、
稼ぎが少ないので、「もっと料金を上げて欲しい。でないと、生活がやっていけない。」
と、料金の値上げを重ねてきた。

 

※料金が高い
⇒利用者はなるべく使わないようにする。
⇒稼働率が下がる。
⇒稼ぎが減る。
⇒料金を上げる。
⇒利用者はタクシーをもっと使わなくなる。
この悪循環が続いて、世界でも最高に高いタクシー料金が生まれた。

 

これは、うがって考えると、この悪循環は自動車メーカーの利益に一致する。
庶民は、高いタクシーに乗るより、自家用車を買ったほうが安く済む。
それに圧倒的に便利だ。
庶民はタクシーを足として使うことよりも自家用車を買うことを選んだ。
新車が飛ぶように売れ、
一人一台の時代が経済の発展と共に生まれた。
日本のタクシー料金が異常に高いのは、自動車メーカーの謀略である。
なんていうのは考え過ぎ、というか、馬鹿馬鹿しい“たわ言”かも知れないが、
まんざらでもないと思うのは、私が酒部君のアク影響を受けているセイである。

 

いずれにしても日本のタクシー料金は非常に高い。
そのことは間違いない。
客離れもひどい。
日本国中の繁華街と主要駅前に延々と並ぶ「空車」の客待ちタクシーの列は、
日本のタクシーの実車率(客を乗せて走る率)の低さを物語り、
稼働率の低さが、日本のタクシーの苦境を作り上げている。
タクシーの運転手さんの平均月給は25万円だと新聞に書いてあった。
日本のタクシー運転手さんの勤務時間の異常な長さを考えると、
悲惨な状態と言っても過言ではなかろう。

 

 

そんな日本のタクシーの現状を踏まえた上で、
今日、MKタクシーの運転手さんと交わした会話を再現してみる。

 


「MKタクシーさんは、厳しいんでしょ。有名ですよ。」

 

A運転手さん
(以降、略して“A”さんと呼ぶ。)
「ハイ、厳しいですよ。」

 


「何が厳しいんですか?教育が厳しいんですか?しょっちゅう教育があるんですか?」

 

Aさん
「教育もそうですが、ルールが厳しいんです。
最初入った時にルールを徹底的に叩き込まれるんですよ。」

 

私、
「まず、新人教育ですか。厳しいんでしょうね。」

 

Aさん
「ルールを守れるようになるための教育なんですね、
最初は結構きついです。
それまでやっていたタクシーの運転手としてやっていた事は、
ほとんど全部ダメ。
新しくMKタクシーのルールをゼロから徹底的に教えられます。
あ、私はMKに入る前も、他の会社でタクシーを運転していたんです。」

 

私、
「ルールを守るための教育ですか?」

 

Aさん
「そうです。
ルールは数は多いし、細かいので憶えるのは簡単ではありませんが、
それは憶えればイイだけです。
それよりも、
なぜルールを守らなくてはならないのか、
ルールを守ると、どうなるのか、どんなに良いことがあるのか、
守らないとどうなるのかを教えられて、
自分がルールを守る気になるんですよ。その教育で。」

 

私、
「なるほど、それで、その教育は最初だけなんですか?」

 

Aさん
「最初だけではなくて、定期的に繰り返し教育を受けます。
“初心は忘れるもの”ですから。」

 

私、
「なるほど、“初心忘れるべからず”ではなくて、
“初心は忘れるもの”だから、教育は繰り返されるわけですね。なるほど。
しかし、それだけ教育が厳しいと、辞める人も出るのではないですか?」

 

Aさん
「ついて来れないものは辞めていきます。」

 

私、
「でも、MKタクシーさんの“実車率”は、他のタクシーに比べたら高いんでしょ。」

 

Aさん
「それは、ぜんぜん違います。実車率は高いです。」

 

私、
「だから、そんな厳しい教育もガマンできるんですね。」

 

Aさん
「いや、そんなことはないですよ。教育は自分のためですから。」

 

MKタクシーの接客は素晴らしいの一言であった。
客がタクシーに乗り降りする時には必ず客席のドアの脇に立ち、
客が頭を打たぬようにドアの上に手をかざす。
一流ホテルのドアマンがそうするように。

 

乗ったら最初に丁寧に挨拶をし、自分の名を言って自己紹介をする。

 

制服はMKタクシー独自のものであり、森英恵のデザインであるという。
その制服はアイロンがキチンと掛けられ、全く乱れていない。

 

言葉遣いは丁寧であり、タメグチなど一切なく、
かと言って、わざとらしいバカッ丁寧さでもなく、
日本語を正しく喋っている。という感じ。
私は言葉にはかなりうるさいが、全くストレスを感じさせないスマートな日本語である。
下手なホテルマンよりずっと正しい。

 

それに増して、
運転が素晴らしい。
まったく無駄な“G”を感じさせないのだ。
発信、停止の時にも実にスムーズであるし、
カーブを曲がる時も余分なGをかけずにスムーズに、かつ速やかに回る。

 

これは私がレースをやっているのでよく解るのだが、
コーナーを早く回るためには、車体に余分なGをかけずに
タイヤと路面との摩擦を最大限に生かすこと。
このタクシーは、それを、ごく自然に実践しているのだ。
「MKタクシーではサーキットで運転の訓練をしているのですか?」
そう聞きたかったけど、
レースの話になるとつい長くなってしまうので、やめた。
とにかく運転はうまい。
スムーズで、客席に乗っていて全く不快感がないのだ。

 

観光案内をするための勉強をよくやっているようで、
名所旧跡に対する知識は、半端なものではなかった。
「Aさんは、歴史とかが好きみたいですね。」
そう聞いたら、
「いや、最初はそうでもなかったんですけど、
仕事のために勉強をしているうちに、たくさんのことを憶えてきて、
だんだん好きになってきたんですよ。
今では、本当に好きですね。好きになると、またよく憶えるんですよ。」
参った。

 

外は暑かった。
その暑さの中、長袖の制服をキチンと着ているのは大変そうで、聞いた。
「この暑さでも長袖じゃあ、いくらなんでも暑いでしょ。」
Aさん、
「そうなんですよ。暑いんですよね。
この制服、森英恵さんのデザインでかっこいいと思いますし、好きなんですけど、
スーツまで胸元が詰まっているので、見た感じよりももっと暑いんですよね。」
少し長い距離を歩いた時、
風が通る日陰の場所に灰皿が設置してあったので、
私が、
「ちょっと、ここで一服させてください。」と言うと、
Aさん
「私もちょっとだけ失礼します。」と、スーツの上着を脱いで腕にかけた。
私、
「あ~、どうぞどうぞ」と言って、
タバコを一本吸って、しばらくして歩き出したら、
Aさんはまた上着を着た。

 

そして、他のタクシーがいっぱい止まっている駐車場、
運転手の人たちがみんな背広を脱いでワイシャツ姿になっているところで、
Aさんは、制服をびしっと着て、
それまでより、より胸を張って、客席のドアを開けて客席の上に手をかざした。
ビシッと。
自分のその姿にプライドをいっぱい込めているAさんを、
私はものすごくカッコいいと思った。

 

彼の客に対する心遣い、気配りは、それは大したもので
たった数時間のことであるが、
ここに挙げていったら切がないほどである。

 

それでもやっぱり彼も人間であるので、時折、隙も見せるが、
すぐに立ち直る。
いや~~本当に大したものであった。

 

 

最後に新幹線の駅に送っていってもらった時、
ある事に気がついた。
駅のタクシー乗り場の溜まっている車の中に、MKタクシーが一台もいない。
たくさんの会社のタクシー、特に個人タクシーが何十台も並んでいるのに、
その中にMKタクシーは一台もいないのだ。

 

MKタクシーは、タクシー乗り場に入れない何か訳でもあるのかな。
そう思ってしばらく見ていたら、
タクシーが客を降ろす場所には、次から次へとMKタクシーが入ってくる。

 

そうか!

 

MKタクシーは、「MKタクシーを」という指名が多いので、
忙しくて、駅の構内で、客を乗せる順番をのんびりと待つ時間などないのだ。
無線でどんどん仕事が入ってくるので、
チンタラと、客待ちの順番を待っている必要がないのだ。
客を乗せて走る割合、実車率が他のタクシー会社に比べて、
「ぜんぜん違います。高いです。」とAさんが言っていたではないか。

 

 

日本のタクシー料金は高い。
安ければ、ただの足として使えばいいだけだから、
接客などあまり関係ないが、
(私は中国では大抵のひどいタクシーでも不満を感じない。あまりにも安いから。)
日本のタクシーは高い、
ならば、どうせ乗るなら、
感じよく、快適に時間を有意義に使ってくれるタクシーに乗りたい。

 

今、タクシー業界が苦境に立たされている時、
MKタクシーは、
CS戦略の実践とその継続によって、客からの圧倒的な支持を受け、
桁違いに高い実車率で、高い収益を得ていると聞く。

 

今回乗ったのはMKタクシーの地元である京都であって、
また、6時間の観光案内というオーダーだったので、
上のランクの運転手さんが来てくれたのかも知れない。
しかし、頼んだのは安い小型車であり、
Aさんもごく普通の人に見えた。

 

たった一度だけの経験ですべてを見たわけでもない。
しかし、少なくとも今回の経験においては、
MKタクシーさんが非常に高いレベルの顧客満足戦略を実現し、
他の同業者に対する明確な差別化を作り上げて、
事業の成功をなしていることを、自らの身で体験したことは事実である。

 

学ぶことの多い一日であった。

 

 

客待ちの車がずらっと並ぶ京都駅構内のタクシー乗り場の前を、
客を降ろしたあと、素通りするMKタクシー

 

 

久しぶり京都。
しかも観光なんて、何十年ぶりであろう。

 

Aさんに坂本竜馬にまつわる所に行きたいとお願いしたら、
「海援隊」の京都分所の建物が残っているとのことで、連れて行ってもらった。

 

 

坂本竜馬の大ファンで
「快洗隊」とは、「海援隊」になぞって付けた名前。
その海援隊にゆかりの建物を見て、胸がジンとした。
しかも、この建物には、
坂本竜馬が海援隊を作る以前の新撰組に追われていた頃に、
「酢屋」という貿易問屋のこの建物にかくまわれ、身を潜めていたことがある。
二階の左側の部屋である。
その場所に立った時には、頭から背中に電気が走った。

 

 

世界的に有名なお庭にあった、ひょっとしたら世界一有名な石の一つ。
一体何のことかわかりますか?

 

 

ある広大に庭の立木の一つに茸が生えていた。
庭もきれいであるが、自然の生き物は、作られた物の姿よりもやはりきれいである。

 

 

ちょうど、蓮のシーズンである。

 

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