谷 好通コラム

2003年05月31日(土曜日)

722話 give and take?

give and takeという言葉がよく使われる
直訳すれば
「与えることと、得ることが一対になっている様子」
とでもなるか

 

ここで肝心なのは
giveが先に来ていること

 

give and take
少し言い方を変えれば
「与えよ、さらば与えられん」
あるいは
「与えることによって、得られるのだ」か

 

自然界の中で言えば、一番解かりやすい関係が“共生”
よく知られている例で
「イソギンチャクとクマノミ」
イソギンチャクは、さんご礁などに群生していて
近寄ってきた小魚に毒棘を打ち込み、それを食べる
肉食だ
クマノミは、そのイソギンチャクの群生の中に住む
イソギンチャクは、クマノミをその群れの中に住まわせている
不思議なことにクマノミに対しては
イソギンチャクはその毒棘を発射しないのだ
クマノミには、毒棘を発射させないクマノミ独自の何かがあるのだろう
また、間違ってイソギンチャクから毒棘が発射されても
クマノミに何らかの免疫があって
それによって死ぬことはないそうだ
イソギンチャクとクマノミは、一緒に生きている

 

クマノミと一緒に住むイソギンチャクのメリットは
自らの群れの中に、小魚のクマノミがいることで
餌としている小魚が油断して、イソギンチャクの近くにおびき寄せられる
クマノミのおかげで、イソギンチャクは狩りがうまく行くのだ

 

ではクマノミのメリット
クマノミを食べるもっと大きな魚が
イソギンチャクの毒棘によって近寄ってこない
つまり、敵からわが身を守ってもらっているのだ
それに、イソギンチャクが捕らえた小魚のおこぼれを食べることが出来る

 

お互いが、お互いによるメリットがあって
一緒に住んでいる
これが“共生”
小学校の理科の教科書に出ていた

 

しかし、よく考えてみると
このイソギンチャクとクマノミのように
その一対が明確な相互扶助の関係を持って共生している場合だけでなく
自然そのものが、循環した共生関係を持っている

 

たとえば
植物があって
その植物が果実をつける
その“果実を小鳥が食べて”、“小鳥の栄養源”になる
果実は小鳥に食べられて
しかし、果実の中の種子は小鳥の体内で消化されず
どこか“離れた場所に糞と一緒に排出”される
排出された種子は、“糞が栄養の一部となって出芽”する
“動けない植物”にとっては“種の生存域の拡大”となる
これは、立派な共生関係ではないか

 

“食べる”という関係だけに絞って考えても
?植物性プランクトンが、動物性プランクトンに食べられる
?その両方のプランクトンは、イワシのような小魚、珊瑚、くらげ、イカ
などなど多くの動物に食べられる
?イワシは、もっと大きなマグロとか、シイラとか
中型以上の肉食魚のほとんどに食べられる
?しかし、その魚たちの卵の99%以上は小魚に食べられる
?あるいは、サメなどのもっと大きな魚、に捕食される
?しかし、プランクトンを食べる小魚も、それを食べる色々な動物も
死ねば、その体はプランクトンの餌になる

 

いわゆる食物連鎖は、それぞれが、それぞれを直接的・間接的に食べ
複雑にその循環した関係を作っている

 

昔のテレビ番組に、「野生の王国」というのがあって
その冒頭で、野生とは「食うか食われるか」の厳しい世界であると
ナレーションしていた
これは違う
正確には「必ず食うし、必ず食われる」であろう

 

その相互関係は
「食べる」だけでなく、繁殖とか、住環境だとか
色々な面で、きわめて複雑な関係を持って、すばらしい共存関係を持っている
それが
いわゆる「生態系」と呼ばれているもの

 

その関係は複雑かつ非常に微妙であって、デリケートなバランスで保たれている

 

生態系とは、自然の中のすべての要素が
複雑極まりない仕組みを持って
直接的・間接的に、give and takeを形成しているものらしい

 

しかし
そのgive and takeの関係を壊す存在がいる
それは人間

 

自然界の中では
動物たちは、みんなtake・得ること、食うことのみに専心しているように見えても
生態系の中という大きな枠組みの中で
何らかの形でgive・与えること、食われることによって
結果的に循環したgive and takeの生態系を構成しているが

 

人間だけは
give・与えることなく、一方的にtake・得ること
つまり、“奪うこと”が出来る存在と言える

 

身近なことでいえば
日本国中の池とか湖に
「釣り」という遊び目的で!
日本には存在しなかった「バス、ブルーギル」などの肉食魚が放流された
猛烈な食欲と繁殖力を持つこれらの外来種は
フナ・コイ・モツゴ・メダカなどの在来種を食べまくった
takeしまくった

 

しかし、元々バス、ブルーギルなどが住んでいたアフリカなどの環境のように
それらを食べる鳥とか、もっと大きな魚が日本には少ないか、いないので
つまり食べられるgiveことがないので
外来種の魚たちは、増えに増え
とうとう在来種の魚を食いつくすまでになった

 

日本全国の池とか湖から
コイ・メダカ・フナ・モロコなどがいなくなり,絶滅寸前の状態だ

 

人間は、自分たちの遊びのために

 

もっとも、そんな状況の中で
在来種がいなくなったということは
すなわち、バスたちが食べるべき餌がなくなったということでもあるので
今度はバスなどが急減し
フナとかモロコがぼちぼち復活してきたとも、新聞に書いてあった
自然とは、不思議なもので
その成り行き任せという、すばらしい選択肢によって
見事にバランスを取っていくものらしい
これがこれからどうなっていくのか興味が深い

 

自然の生態系の中に
“意志”を持った人間の手が入ると
つまり、この例で言えば
「ここでバス釣りをしたい」という意志で
自然ならば存在するわけがない“バス”を池に放つことによって
すべてが循環したgive and takeの関係、生態系が一挙に崩れ
全く違った生態系が出来てしまう
それが、その池だけで留まればいいが
その池そのものもその周辺の生態系の中に組み入れられている訳なので
「その池でバス釣りがしたい」という
人間のちっぽけな意志が、生態系を大きく崩すことになる

 

しかし、こんなことはほんの些細な例であって
人間は、地球そのものの大気を大きく変え
地球全体規模での生態系を
目茶苦茶にしようとしてしまっている
これは、本当に真剣に考えなければならないことだろう

 

 

そういう意味では、人間という存在は
地球上で唯一、生態系から大きくはみ出した存在である

 

しかし、面白いことに
人間は、自然の中ではgive and takeから、はみ出しているが
その人間の世界の内部の中では
違った意味で、give and takeの法則が成り立っている

 

その話は、次の話で

 

自然は美しい
すべてのものが与え、与えられる存在であって
その調和がその美しさを作り上げている
そんな気がする

 

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    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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