2025年07月26日(土曜日)
07.26. コソコソすればする程、ボロが出てくる。
とある犯人が、
犯行現場に証拠を残してしまったのではないかと不安になって、
犯行現場に確かめに来たところを、
被害者に見つかって捕らえられた。
あるいは、張り込んでいた警察官に捕らえられる。
そんな
「犯人は、かならず現場に戻ってくる。」とは、
何かに書いてあったことを前に読んだことがあります。
あるいは、
自分で悪い事をしたと自覚のある者は、
その悪い事をしたのは自分ではない。と、わざわざ言いたくなるのだそうだ。
あるいは「犯人は○○だ」と、
いなくなった人間を犯人に仕立て上げようとする。
そんなことをしなければバレなかったものを
わざわざするのでバレることになる。
いかにも、三流推理小説に出て来そうなストーリーだ。
しかし、困るのはその犯罪が愚行過ぎて、
その犯人をよく知っている者にしか信じられない事。
その犯人をよく知っている者ならば、
その犯人らしいバカバカしさであっての
いかにもその犯罪であると理解できるのだが
その犯人を知らない人には、
その犯罪が愚行過ぎて。
そんな事をする者がいること自体を信じられない。
しかし、その犯人が、
証拠を残していないか不安になって現場に現れたことで
全てのつじつまが合って、
犯人が彼であると判ったとしても、
それを実証する事とは別なので、
その後、
どう扱うべきか。
実証するために彼を追い詰めて問い質すのか。
更なる証拠集めを進めるのか、
あるいはすでにある証拠の精査を進めるのか。
はたまた、泳がして、さらに尻尾を出すのをじっくり待つか。
三流推理小説ならば、
ここから
人々が思いもよらぬ奇抜な新証拠が出てくるか、
あるいは、
まさかと思うような証人がヒョコっと出てくるか。
あるいは、あるいは真犯人が出てくるのか。
三流推理小説”作家”ならば、
ここから
人々が想像もしないような驚きの結末を、一生懸命考えるのだろう。
さて、現実はどうなるのだろうか。
「現実は小説より奇なり」とも言う。
面白いが、バカバカしい。