2026年03月09日(月曜日)
03.09. 今日は久しぶりに東京出張と、そのまま宿泊です。
今日は、午後から名古屋駅前で仕事があり、
そのまま名古屋駅から新幹線に乗って東京に向かっています。
夕方、東京営業所で地区担当会議をやって、そのまま東京駅前に泊まります。
明日の朝一番で一つ仕事を入れたので、久しぶりに東京で泊まるのです。
昔は一年の半分以上を出張で宿泊していましたが、
今は、年に数回程度で、余程のことが無ければ宿泊する事はありません。
特に東京は「南海トラフの地震」が怖いと思います。
大都会、特に東京での被災は、
抵抗力自体が低くなって、
ルーティンでやらなくてはならない事が多くなっている私には、
東京での被災には不安な要素が増えています。
もうすぐ74歳になります。
いつまでも「お若いですねー」のお世辞に、
いい気になっているのはバカなので、
今のうちにやるべき事をやっておく必要があります。
と、そんな事を言いながら、
朝、家を出る時にこちらを見て尻尾を振っていたリンダが心配になってきます。
そんな事を書いていると、
自分がほんとにジジイになって情けないことになってきた事も感じます。
と、妙にジジイぶった事を書いていますが、
今日の夜、2時間分の関東の地区担当会議は、
また、しっかり集中して担当者たちを追い詰めるのでしょう。たぶん。
楽しみになってきました。
残念ながら、今日も富士山は雲に隠れて見えませんでした。
だから、朝日の中のリンダ。
加えて、東京に着いてから東京営業所に走る途中で、
すでに、たそがれ時。
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2026年03月08日(日曜日)
03.08. 黄昏時・たそがれ時とは、瞬く間に過ぎて行くものか。
最近、
久しぶりの場所に行って、
ちょっと見ない間の、その街の変貌ぶりに、
口を揃えて「変わったね~」の声を上げて、驚きます。、
以前より、
たくさんの所へ出かける頻度が大幅に減っているので、
一つの場所に行く機会も減って、行く機会の幅が大きくなっています。
今日は、第一号店のLABO刈谷店と、二号店のLABO知立店に行きました。
両方とも、久しぶりではあるのですが、
もっと大幅に久しぶりなのが、
刈谷店から知立店に行く”途中の道”と、
知立店から帰宅する道から見る夕陽です。
最近は店舗が増えたので、
刈谷店→知立店のルートも無くなり、
最後が知立店になることもほとんどなくなりました。
しかし大昔、
店舗がまだ一桁しかなかった頃は、
三河地区のLABOの最後の店がいつも知立店でした。
そんな時期が、昔、長く続いたのですが、
だから、LABO知立店から帰るのは、
いつも日が暮れる頃で、いつもたいてい、こんな景色した。
LABO知立店が最後でなくなって、
この景色が見られなくなったのは10年前くらい前からでしょうか。
こんな黄昏(たそがれ)時は、
人生に例えるならば、私もそろそろ該当し始めているころです。
さらに、
ものすごく忙しくなっていて、
色々な現象のピッチが速くなっているような気がします。
日の出と、
日の入り時に太陽が地平線に近づくと、
青く、短い波長=短波長の光は大空に拡散して空を青く見せて、
反対に波長の長い光、、
つまり赤い光は、熱を届けると共に
空で拡散せずに地上の我々の目にも届いて、夕陽を赤く見せます。
この日一番最初に行ったのは新トレセン裏に住んでいる「ミミ」
横の土手には春の兆しの土筆(つくし)が、びっしりです。
先に行ったのはKeePer LABO刈谷店。
北村店長は、最後の一週間休みを取っていて不在でした。
次にKeePer LABO知立店
KeePer LABO知立店からの帰りに見た見事な黄昏と、
志学館大学横の二つ池沿いの早咲き河津桜。
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2026年03月08日(日曜日)
03.08. 再復刻、我が心の暗黒の部分の話。
これは、何か月か前に、このブログに書いた復刻版の再焼き直し版です。
もう三十数年前の話です。
起業してから5年余り経ってから建てた2軒目の店が、
法律的な問題があって、
オープン後1年間もガソリンを売れずに
洗車とコーティングで(タイヤ販売も少し)1年間を食いつないだ。
その後、ガソリンも売り始めたその店は、ガソリンスタンドであると同時に
コーティング(Qシステム)と洗車の販売が異常に大きな店舗として有名になり、
その後、
コーティング(Qシステム改めKeePer)剤の、他社への卸し販売が始まった。
その販売の為に、私と何人かの営業が全国を走り回り始めていた。
その頃、1軒目の店、「JOMO(旧共同石油)高津波給油所」は、
順調にガソリンなどの石油販売が進み、油外収益も順調だった。
しかし、目の前にあった「ブランテ」という大きな喫茶店が急に廃業して、
その跡地に、なんと商社系の大きなガソリンスタンドが出来ることを知った。
もともと、
私達の店は、たった150坪の小さな店だったが、
当時の標準的販売数量の約3倍ものガソリンを売っていて、
油外収益の販売もあり、利益が出ているガソリンスタンドだった。
だから、
たぶんコバンザメ商法的な意味で、
この繁盛して儲かっている店舗にくっついて
大きなガソリンスタンドを出す事にしたのだろう。
しかし、
商社系のガソリンスタンドと言っても、
実際の運営は、地元が本社の、普通の小規模石油販売会社でした。
しかし、私は許せなかった。
私の店舗を脅かす形で出てくるこの店舗を、明確に”敵”とした。
その敵の店は更地からの建設で
大商社所有の物件としてのSS建設だからなのか
建設地の表記の予定を見ると、ずいぶんゆっくりとした計画になっていた。
ならば、
こちらはすぐに今の店を壊して、
大急ぎでピカピカの新店を計画し、
設計して、申告して、超特急で建設してしまって、
(この店は元売関連会社からのリース。だから正しくは”建設してもらって”)
敵の店よりも一歩でも早くオープンして対抗しようと決めたのです。
滅茶苦茶で、
建設会社にも元売さんにもとんでもない無理をお願いした。
今だったら絶対出来ないでしょう。
それでも「絶対に負けない」の一心だった。
そんな無茶は、沢山の人にご迷惑をおかけしながら、
しかし沢山の人のおかげで、
奇跡的に、眼前の敵の店よりも”1週間早く”オープン出来ることになった。
ひとまず勝ったのです。
眼前の敵の店名は
「バナナステーション○○」と、工事の看板に書いてあった。
洒落た名前のつもりだろう。
しかし、ならば、敵店のオープンの景品は「バナナ」に決まっている。
だったら、一週間前にオープンする我が新店が、
先にオープンの景品を大量の「バナナ」として、
地元をバナナ漬けにしてしまおう。
しかし、これは、「いやがらせ」そのものだった。
これには敵店は何の対抗策も打てず、
こちらの思惑通り、バナナを景品でオープンした。
しかも、その店の燃料価格の看板は、
私達の店の看板よりも2円高かった。
というより私達は、敵店が出す値段より常に2円安く出したのだ。常に。
そんな、散々な目に合わされた敵店のオープンは静かなものになった。
また、とりあえず勝ったのだ。
敵店も、対抗して看板の値段を安くしてきたが、
敵店が下げた瞬間にこちらもー2円で看板を出して、
必ずこちらが2円安くなるようにした。
私達の仕入れ値よりも安く売る事になってでも絶対に譲らなかった。
眼前の敵店には1台たりともお客を行かさない気合で、
徹底的にやったのだ。
そして、その通り、
眼前の敵店はいつもガラガラだった。
気の毒なぐらいガラガラで、しかも看板値段は絶望的な赤字価格が続く。
それに対して私達「JOMO高津波給油所」は、
もちろん赤字価格だが、
以前よりも賑わい出荷量は増えて、赤字垂れ流しで大繁盛だった。
1年ぐらいの不毛の戦いの後、
やがて、
敵店の純朴な地元業者は、失意のうちに撤退して行った。
我々が勝ったのだ。
しかし、この戦い
赤字価格で販売しての”売り勝ち”なのだから、
当然、赤字の金額ははるかにこちらの方が大きい。
まるで、自らを刺して出血の多さを競う血みどろの自傷戦争みたいなものだ。
2軒目の店の利益とコーティング卸販売の利益が、この自傷戦争の中に消えた。
しかし、それでも勝ちは勝ち。
しかし、
入れ替わりに次の運営者が来て、
また同じように自傷戦争のような救われない戦争を半年ぐらいやって、
次の販売業者も負けて去って行った。
(今度の業者は諦めが早かった。)
また、出血の多さを競う血みどろの自傷戦争に勝ったのだ。
しかし、
さらに、次なる三番目の敵が来た。
それは、
その商社本体の直系石油販売会社だった。
その資本力は底知れず、
いつまで自傷戦争をやったらケリが着くのか分からない。
お客様が来れば来るだけ赤字垂れ流し、
血まみれの戦いがいつまで続くのか。
この時点でやっと私は戦意を喪失し、撤退を決心した。
こう書いてくると、私がその店頭で戦ったかのように聞こえるが、
実は、私は、営業と研修(KeePerの前身「Qシステム」)で、
全国を走り回っていて
この戦争に、現場ではほとんど関わっていない。
(現場には若い店長とスタッフ達、そして妻を置いていた。)
この戦争での出血を埋める為にも、私は外で稼がなければならなかったのだ。
逆に言えば、
外での稼ぎ(営業での稼ぎ)があったから、あの不毛の戦争を戦えたのだった。
一時期の私は、
全国を歩いてKeePerの優位性を説きながら、
自分の店は、眼前の敵と血みどろの安値戦争をやっていたのです。
眼前の二番目の敵に勝った後、
三番目の敵が大会社の直系会社と知って、
戦意喪失、撤退を決意した私は、
私達の店の持ち主である元売関連の会社に「撤退」を、告げに行った。
「店にいた妻が精神的な病になってしまった。これ以上続けられない。」
(もちろん妻は精神病などではなく嘘だった。)
私は、自分の意地だけで始めた戦争の為に、
その店の持ち主(大家さん)である元売直系の会社に、
超特急で新店を建て替えてもらい、(莫大な資金を投入してもらって)
自分で勝手に赤字安値戦争を続けて、
2回、敵を追い出したが、
3回目の敵には勝てそうにない。と、撤退を言い出した。
しかも、店舗にいた自分の妻の精神状態が悪化したと嘘を理由にした。
上の元売関連の会社は、断れないので、しぶしぶ撤退を受け入れ、
その元売関連会社が直接運営をする事になった。
となると、この戦争は、
元売直系の子会社と、商社直系の子会社との戦いの形になって、
こうなると、上の世界での話し合いになったようで、
この戦争は、数か月のち、両店ともほぼ同時に閉鎖という形で終わった。
新築で建てたばかりの眼前の店は、
わずか築2年で壊してしまったのです。
「くっそ~、絶対に負けないぞ。」から始まったこの戦い。
実際に私の会社が戦ったのは約1年半。
2軒分(敵店と、対抗した私の店)の店舗新築、
1年半の赤字安値戦争、
何億円のムダ金が散ったか分からない。
この戦争に関わった誰も得をせず、誰一人として幸せにならなかった。
「絶対負けないぞ」と頑張って、
戦いに二回勝った私の会社も、決して勝者ではなかった。
ただ不毛の戦いそのものに負けなかっただけで、決して勝者ではなかった。
後になって気が付いたのだが。
あの1年半の戦い、その前の数か月も含めて、
私は”敵”と、一度も、話をしなかった。
目の前にいても、たった一度もコミュニケーションを取らなかったのです。
ただ、ただ、負けない。
私に勝とうとする敵に対する憎しみだけで、
莫大なお金を無駄にして、
たくさんの人を巻き込んで、苦しめて、
戦って、勝って、勝って、疲れて、戦う気力を失って、逃げた。
この間、私は誰の幸せも願わなかったし、
勝つ事、負けない事しか考えなかった。
何よりも驚きなのは、
敵と一度も話そうともしなかったことだ。
私は、直接の戦いの相手が、
地元の純朴な石油販売業者さんであることを知っていたのに。
相手と話そうともせずに、
相手に勝つ事しか考えなかった。
戦争で、敵を殺す事しか考えないように。
我が心の暗黒の部分です。
不毛の戦いの後、両方共の店が閉め、
片方の店は壊してしまったが、
もう片方の、私達の店(だった)は、閉めたまま放置されていた。
その空いている店を、
図々しくも買い取って、
始めたのが「洗車屋 快洗隊 刈谷店」、
今のKeePer LABOの1号店です。
だから、
KeePer LABO刈谷店には
「安値赤字戦争の怨念」が詰まっているのです。
私はあの不毛の戦争に勝ったことで、
お互いに大赤字という血まみれになりながら
お互いに思いやる事も無く、
それどころか会話すらせず、
勝っても、私はまったく喜びも無く、
負けた相手に不幸を与えただけでした。
あの時の経験があって、懲りて、反省して
だから今は、敵との戦争とはまったく反対に、
KeePerで共にお客様の喜びを得る事を糧に
共に喜び合えるようなKeePer の仕事がこの上なく楽しいのでしょうか。
今のKeePer LABO刈谷店
三十年以上も前の、我が暗黒の時代の話でした。
しかし、そんなKeePerでも、
それも、素晴らしい技術とスタッフを持ちながら、
他よりも安く売っている事をもっぱら宣伝したがるような、
いまだに、”売り勝つ”という心の暗黒を引きづっている者がいます。
ひょっとしたら、
皆で築いた筈の今のKeePer が、
昔からある安売り合戦の暗黒に沈んでいく前兆と言えるのかもしれない。
本当の敵はそこにあるのかもしれない。
しかしこれは、KeePerが誕生の時からの原始の戦いでもあるようです。
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2026年03月07日(土曜日)
03.07. 鬼界カルデラと4km立方巨大鬼塊マグマ。世界最大級噴火?
ついこの間、能登震災。
何年か前に熊本の震災、
15年前に東日本大震災があって、
30年以上前には阪神淡路大震災にあって、
私が小学校二年生の時遭遇し被災した、1959年の伊勢湾台風。
一定の間隔を置いて、忘れた頃に必ず大きな災害がやってくる。
さきほどNHKテレビを見ていたら、
鹿児島県の南方の海に沈む「鬼界カルデラ」が、
約7300年前に起きた世界最大級を噴火の跡であるということ。
そして爆発の後、その下に、
400km立方の極超巨大なマグマだまり「鬼塊マグマ」が、
刻々と成長しつつあって、
あと100年~500年の間に
世界最大レベルの巨大爆発が確実にあるという。
あと100年~500年の間にという言い方は、
いかにも自分達が生きている時代にはその災害は無いと
保証されているような言い方だが、勿論そんな事は無い。
巨大地震の恐れは、今の今、起きても別に不思議ではない。だそうだ。
しかし、
私達の日常の生活を根底からぶち壊す大災害を、いちいち計算に入れていたら、
それこそ何も出来ない。
何の投資も約束も出来なければ、何の計画も立てられない。
だから、いつ来るかもわからない心配事は、
いちいち計画の中には入れないし、
それにより計画を委縮させることもしない。
災害を予見して、投資を委縮させることもしない。
しかし、
そのような災い事は、いつでもあり得る事として、
そんな災いがあったら、それで会社がたちまち行き詰ったり
皆が困ったりしないように準備もしておかなくてはいけない。
たとえば、
この会社では、少なくとも、
取引先に対する支払いはすべて翌月には現金で払った上で
社員の給与、一年分の金額の現金は、必ず保有するように決まっている。
災害は必ず来る。
だからと言って、
成長の為の行動を委縮させることはしないが、
災害が来ても、みんなが困ったりするような事のないように
前持った万全な準備もされていなければならない。
それとは別に、経営の危機につながるような行為・行動を決して見逃す事なく、
決して、自分勝手な行動、軽率な行為で、会社存続の危機を造り出したり、
あるいは事を隠蔽したり、放置するような愚かな行為をしてはならない。
これは「災害」について言えるだけでなく、
人の健康についても言える。
人は、他の動物と同じように必ずいなくなる(死ぬ)。
そして、それを予言することは出来ないし、予定立てることも出来ない。
更に、準備する間もなく突然来ることもあるし、不本意に来るものだ。
だから、準備は、いつも必ずされていなければならないし、
そういう体制にいつでも移れるような準備がされている事は必要だろう。
すくなくとも行き当たりばったりは、
この件については、禁物であることは、間違いない。
別の雑談。リンダがトリミングに行った。
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2026年03月06日(金曜日)
03.06. 必見. モビリティベース 進化型KeePer LABO。
昨年、2025年8月の「KeePer技研㈱ 40周年」で、
KeePer LABOからの発展形「モビリティベース」なる概念を提案しました。
カーボンニュートラルを前提とした未来に向けて、
あらゆるエネルギーを使った自動車・モバイルが、
「快適に」使われる為に、
KeePer LABOがある頻度で使われ、
その使用頻度がモビリティにとって、けっこう一番多くなったとしたら、
そのKeePer LABOに、
モビリティに必要な他の色々な要素も揃っていたら、
それがユーザーにとって一番便利なのではないか。
我々が日常生活の中で、頻繁にコンビニエンスストアを利用しているように。
そう考えて、たとえばという事で、
現状のKeePer LABO店舗の中でも、
最も古いKeePer LABO中川店を大改造して、
ガソリン、タイヤ、ペイントリペア、ウィンドリペア・フィルム、オイル交換、
カーシェア、車買取、販売、プロテクションフィルム、車検・保険、などなど
色々な機能を詰め込んだ店舗を提案しました。
現状のKeePer LABO中川店
モビリティベース化された未来のKeePer LABO中川店
しかしその中で、一番ユーザーに重宝されるのは、
当面、ガソリンなど燃料でしょう。
B(バッテリー)EVは、
そのバッテリーに大量のレアアースを必要として、
そのレアアースを一部の国に大きく依存せざるを得ない問題や、
走行距離を確保する為に、
桁外れに大きな重量を伴う矛盾、不合理など、
今、PHEV(プラグインハイブリッドEV)ががぜん注目を浴びており、
燃料そのものが、環境負荷の少ない合成燃料の開発、実用化が進み、
必ずしもEV一択の未来ではないという見通しも出てきた。
その中で、燃料の販売量こそ数%に減少してしまうかもしれないが、
何らかの燃料の供給インフラが求められるのではないか。
そのインフラは、
地域にある程度の密度(店舗数)も必要になる。
すると、その一店舗当たりの燃料販売量はまったく多くは望めないので、
燃料販売は、せいぜい数十キロ㍑程度。
それで店舗経営が維持できる訳もなく、
むしろ、燃料販売は副業程度と考えるべきだろう。
そんな考え方で、燃料販売を
モバイルベースKeePer LABOのプラスアルファ機能の中の一つと考えた。
しかも、これは最強のプラスアルファだろう。
集客においても、利便性においても最強のプラスアルファと言える。
ひょっとしたら、
燃料の消費が今の数%程度にまで抑えられれば、
細々とした形であったにしろ、
モビリティベースの形で燃料販売は永続的に存在し続けるのかもしれない。
そんな事を考えて、絵にして見たら、
すごく現実的で、世の中にあって不思議でない当たり前の姿に見えて来て、
本気で「造る気」になっています。
今期中には無理にしても、来期中にはぜひ造ってみようと思っています。
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