2002年12月02日(月曜日)
585話 本物だからプロ
前話で、靴を買った話を書いた
靴を本当の意味で知っている職人さんに調整してもらった靴は
今日朝から履いているが
とっても調子がいい
足にフィットして、足の動作によくついてくる
だから、すごく柔らかく感じるのだが
実は、がっちりと足を支えてくれてもいる
柔らかく感じるが
ふにゃふにゃではないのだ
「靴は、履く人に合った靴にしてから渡すのが、靴屋として当然のこと」
言われてみれば、その通りなのだが
そういう人には、滅多にお目にかかったことがない
長い間
数え切れないほどの数の靴を履き継いで来て
相当なお金も使ってきた
しかし、満足は出来なかった
それが、たった1足の靴で満たされてしまったのだ
足が楽になることも大変嬉しいが
もう靴を探さなくてもよくなったことが一番嬉しい
この靴屋のご主人は、靴を調整する時
私に靴を履かせて、アッチをひっぱったり、押したり
そして
私の足をジッと睨みつけて
私の足を読んでいた
思い出してみれば
以前、あちらこちらの靴屋さんに行った時
私の足をこんなにジッと見つめた人はいなかった
それどころか、見ようともしない人の方が多かった
「本物の靴屋さんは、客の足をジッと観る、診る」
ただの靴の販売員は
客から言われた靴を棚から出してきて
売れたら、それを包装するだけ
相手の足がどうだ、なんて、まるっきり興味がない
言われた事をやっているだけ
「靴屋さん」とは違うのだ
靴を販売するという作業をしているだけなのか
本当のプロとは、お客様に対して最大限に役に立つことが出来る人
あるいは役に立とうとする人
お客様の役に立つからこそ
お金を取ることが出来るプロといえる
相手の役に立とうと思ったら
相手をよく知らなければならない
だからジッと見る
お客様の足に履いてもらう靴を通じて、お客様の役に立つ
ならば、その足を見ずして
何が出来るのだろうか
何の役に立てるというのだろうか
役に立てることが出来なければ
消費者は、その商品を、あるいはその人を
要らない物、要らない者として排除するものだ
排除するのは簡単なことで、「買わない」という行為で十分である
接客がメインの商売ならば
お客様の、方向を、きちんと見ることがもっとも大切なこと
きちんと見て
お客様が何をして欲しいか、何を欲しがっているか
今どんな状態なのか
どうすればいいのか
思いを込めて接しなければ、接客にはならない
逆に
「いらっしゃいませ」を、台詞として出せばいい
「ありがとうございます」と、声を出せばいいのか
そんなものは接客でもなんでもない
ましてや
従業員同士のおしゃべりに夢中になって
お客様が店に入ってくると
面倒くさそうに、客の方にチラッとだけ視線を送って
「らっしゃいませ~~~」
そんな時の表情は、歓迎の気持ちなどカケラもないことを証明している
お客様をきちんと見ていないということは
気持ちがお客様と接していないということ
それは、接客業としては最悪のことであって
接客していないということ
接客が悪い店は、客の方を見ていない
だから商品も
たいていの場合、客の方を見ていない商品である
プロの店は、客の方を見ているので、接客もいい事がほとんどだ
「プロの店は接客もいい」
これは一つの法則のようだ
飲食業ならば
自分の作った料理を食べる時の、お客様の表情を見る
気持ちを込めて、見ること
客は「まずい」とは言ってくれない
だから、その表情を見逃したら、自分の味が今どうなのか
解からなくなってしまう
どこかの有名なラーメン屋のオヤジがテレビで言っていた
自分の店が客から見てどう写るのか
店の外に出て、客の目線に実際に立って
色々な角度で見ること
きちんと見るということについては
特に洗車業において、大きな意味を持っている
洗車の目的は、車を洗うことではない
車をキレイにすることが目的であって、洗うのはその手段の一つ
車をキレイにするためには
洗うだけでなく、磨いたり、掃除したり
ある時には、直したりもする
目的は、車をキレイにすること
「キレイ」とは、目で見て感じること
見て感じること
だから、決まった動作で作業をしているだけでは
見て、キレイでなければ、何の意味もない
洗車という「キレイ」が目的の商品は
お客様から“見て”、キレイかどうかで評価される
決まっている“作業”をしただけでは、キレイにはならないのだ
きちんと“見て”作業しなければ
絶対にキレイにならないのだ
その車を、きちんと、見て
どうすればキレイになるか、見て
洗いながら、キレイになっているかどうか、見て
磨く時、キレイになっていくかどうか、ジッと、見て
作業が終わったら、もう一度、見て
もっとキレイに出来る要素(問題点)を、見つけ
その車の安全が大丈夫かどうかも、見て
お客様を正面からきちんと、見て
キレイになった車を、お客様に見てもらい
その車の問題点を、見てもらい
もっとキレイになる方法も、見てもらい
自分の車のキレイのポテンシャルを見つけてもらい
実現させてもらう
私たちは、洗車のプロ、キレイのプロ
私たちは、洗車の販売員でもなければ
洗車の作業員でもない
私たちは洗車のプロ、キレイのプロ
だから、客の足を見もせずに靴を売るただの販売員ではない
お客様の足をジッと見て
その足にどう靴を合わせればいいのか
そんなことが出来る「本物の靴屋」と同じように
私たちは、キレイのプロ「本物の洗車屋」なのだ
まだまだだけど
きっと、誰もが認める「洗車屋」中の「洗車屋」になって見せるのだ
刈谷快洗隊の2ヶ月間の新規会員に対するアンケート
通りかかって、気にいって来店した人と
専門店、つまりプロの店を感じて来店した人が
全体の80%を越している
これは
演出とか、看板だけでは出来ることではない
たとえ看板の美辞麗句で、客を引き込んだとしても
その仕事が、あるいは接客がプロでないと判定されたら
すぐに閑散とした店になってしまう
この店は
2002年も、また、前年に対して20%ほど実績が伸びた
お客様が、この店の「キレイ」商品と
接客を、プロとして見てくれている
そう評価してもいいのかな
と思っている
「プロってどういうこと?」と研修会などで聞くと
「お金を取ること」
という答えが必ず出る
とんでもない。
追伸
やっと老眼鏡が出来てきた
使い慣れていないせいか、かえって目が疲れるような気もするが
とにかく、よく見える
ホホ~と
つい、細かい仕事に熱中してしまう
今日の私でした
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