2003年12月21日(日曜日)
とうとう、やってしまった
今日の夕方
福岡から名古屋に飛行機で帰ってきた。
思ったより早く用件が済んでしまったので、
予定より早い飛行機に乗った。
午後6時前には空港に着いたので
会社に行って、すぐに仕事の続きをしようとせず
一度家に帰って
そのままのんびりしてしまった。
時間はたっぷりある。
家でゆっくりやれば十分に間に合う、と思って
先ほど、おもむろにパソコンをカバンから出そうとしたら
ないっ!
飛行機の中に忘れてきてしまった!
とうとうやってしまった。
でっ、あわてて全日空に電話をしたら
感じのいい担当の方が(もちろん女性)
「ありましたよ。良かったですね~。」
でっ、私は
「ありがとうございます~~、あ~良かった。おかげさまです。」
などと訳のわからない御礼を言った。
バカである。
でっ、せっかく飛行機の中で書いた今日のコラムは
名古屋空港の“遺失物預かり”にあるパソコンの中に入ったままなので
お・や・す・み・です。
毎度の長々とした言い訳をここまで読んでいただいた皆様
誠にすいませんです。 (^o^)丿
明日の朝、早起きして空港にとりに行かなくてはならない。
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2003年12月21日(日曜日)
856話 後悔したくない
やればできる!なんちゃって
そんなオーバーな話ではないが
今日の朝起きて見てびっくり
真っ白な雪景色になっている
昨日の夜のニュースで雪が降るとは言っていたが
さすがにびっくり
雪に慣れていない名古屋では
雪が降った時、そして積った時には道路が大混乱に陥るのだが
幸いにも土曜日なので
多くの人がお休みなのか
静かなものである
しかし今日は
朝一番の飛行機で福岡に飛ぶ予定
朝のニュースを見ていると
「名古屋高速全面通行止め」
「名古屋駅から空港への連絡バスは運行を見合わせている」
と言っている
空港に行く方法がない
そういえば九州の方も、雪が降ると言っていた
「今日の九州行きは中止!」
とっとと、そう決めてしまった
無理が多過ぎる
こういう時には、とっとと中止した方がいい
焦れば焦るほどドツボにはまって
無理して強行しても、ろくなことがない
「ヤメっ!ヤメっ!」と自分に言い聞かせる
ゆっくり朝飯を食って
ゆっくりと歯を磨いて
テレビを眺めながら、タバコを一服
そうしたら
天気予報が「昼から晴天になる」と言っている
温度も、最低気温でマイナス1゜
大したことない
外をよく見れば、大きな道路は濡れているだけで
雪は溶けてしまっている
「コリャ行けるかな」
とりあえず空港に行くことにしてしまった
都市高速は、やっぱり通行止めのままであるが
土曜日であることと
朝の雪の様子を見て、みんな出ることを諦めたのか
道路はガラガラであった
何の苦も無く空港に着いてしまった
航空会社のカウンターに行けば
ほとんどの便が「空席」になっている
やはり、雪のせいでキャンセルが殺到したのだろう
結局、土壇場で乗ったのにもかかわらず
いつもの「1A」の席に座ることになった
そして、これを書いている
飛行機が飛び立つ時は
降ったりやんだりしていた雪が、一段と強く降ってきて
女性客室乗務員が
「今日は上昇中、雪雲の中を行きますので
15分ほど、大きく揺れる事が予想されています。」
何度も言っていた
たしかに、揺れることは揺れたが
特別に大きく揺れたわけではない
ドオッてことなかった
今度は福岡空港に降りるときに
また揺れるだろう
福岡も小雪が降っていると言っていた
出て来て良かったと思う
大切な用件がいくつもあったから立てた日程だ
雪が降ったから“だけ”で、キャンセルしてしまっても構わないほどのものではない
「やるか、やめるか、どうしようか」
そう迷ったら
とりあえず、やった方がいい
やってしまったが
結果的にはやらない方がよかった事であった場合は
そりゃあ「やらなきゃよかった」と思う
だけどそれは、“懲りた”という経験の学習をしたことになるわけで
まったく意味が無かったわけではない
逆にやらなかった事が
それが実は、やっておけば良かったことであった場合
ただ単に
「やりゃあ良かった」という
何の意味もない後悔になるだけ
だから、「やろうか、やらないでおこうか」迷った時には
とりあえず、やることにしている
しかし、“やってはいけない事”もある
自分の思い込みでやってしまうと、自分の周りが迷惑する
あるいは不幸にする
そんな事もある
やるか? やらないか? やってはいけないことではないか?
今の快洗隊刈谷店のマネージャーは岡田君
彼は、自分の親父さんの会社の跡取り息子である
その会社はガソリンスタンドを経営しているのだが
その会社を一時的に辞めて
刈谷の快洗隊にいる
ガソリンスタンドの将来は今のままではダメと考え
今の店をどうするかは別にして
もう一軒、洗車専門店としての快洗隊を作りたいと
単身、修行に来ているのだ
それも一ヶ月とか二ヶ月と言う単位ではなく
最低一年
必要ならばもっと、という性根を据えた修行なのである
元々の店も「瀬戸原快洗隊」というガソリンスタンドの中に快洗隊の技術を入れた
快洗隊のチェーン店を運営してきた
それなりの経験はある
彼の熱意を強く感じ
3ヶ月の研修を経て
一足飛びに刈谷店のマネージャーに抜擢してしまった
その上
来年の2月にオープン予定の「相模原店」の立ち上げを任せ
1年間、相模原でたっぷりと勉強してもらうことにした
岡田君にとってこれ以上はないチャンスであるはずだ
株式会社快洗隊としても
今年、知立・安城と新設2軒を立て続けに開店させて
刈谷店を合わせて4軒目の人材を確保、育てるまでに至っていない
岡田君の情熱は願ってもないことだ
両方のメリットが一致して
刈谷店でのマネージャー修行が2ヶ月ぐらい前からスタートしたのだが
ひとつ、すごく心配なことがあった
岡田君、彼は“奇病”を持っていて
こちらに来る数ヶ月前に大手術をしているのだ
クローン病という
原因不明、治療法不明の病気
彼が刈谷に来るとき
私は彼に、きつく約束をさせた
「絶対に無理をしないこと。
ダメだと思ったら、躊躇することなく、すぐにやめること」
彼にはかわいい(勿体ないほど)奥さんと
2人(3人?)の子供さんがいる
彼は、情熱のカタマリのような男で
ブレーキが利かない
そんな調子で突っ走って、大切な家族を不幸なことには絶対にしてはいけないのだ
それを、きつく、きつく約束させて
スタートした
ところが
この間、検査のために山口に帰郷したところ
病院に行って、その場で入院させられてしまったとのこと
医者いわく
「血液中の鉄分が標準の1/3しかなかった。このままでは命に関わる。」
だそうだ
本人は、そんなことまったく自覚していず
いたって元気なのだが
検査の結果がそう出た
私は、決心した
この計画は中止!
すぐに山口の奥さんの元に返す!
本人に自覚がなかったところが一番怖い
そう決心して、岡田君が帰ってきたら、一度ジックリと話しをすることにした
そう通達した翌日、岡田君からメールが来た
以下、岡田君から
私の病気は外からはわかりにくい部分の病気です。
クローン病という病気で消化器系に潰瘍があちらこちらにできる
原因不明の病気で、私は特に小腸に数箇所潰瘍がありました。
潰瘍が完治したところは非常に狭くなり詰まりやすく腸閉塞など
2次的な症状も出やすいのは確かです。
おそらく今後も潰瘍はできるでしょう。
人生の半分以上共にしていますので、どんな食事や無理をすると
どのような症状が出るかはわかるようになってきました。
特にアイタック技研に入れていただいてからは健康管理には
特に注意しコントロールしてきました。が、さすがに小腸が短くなって
鉄分の吸収がここまで悪くなるとは思いませんでした。
確かに仕事をしていて体力が落ちたように感じたり、疲れやすかったり
ということはありましたが、
以前、薬の副作用で肝臓が少し弱っていると
言われたことがありましたので、疲れやすいと思い、
肝臓に良いといわれるしじみやウコン茶を毎日飲んだりしていました。
しかし今回の血液検査の結果で原因がわかりある意味ほっとしています。
鉄分の多い食事や刈谷店の近くの病院で定期的に鉄分を
30分くらい点滴すれば対応できるようです。
かなり危なっかしくてご迷惑ばかりおかけして本当に申し訳ございません。
まだまだ足りないことがたくさんありますが
刈谷の12月も相模原も
成功させられるよう頑張ります。頑張らせてください。
周りはどう見るかわかりませんが、私は無理もしていませんし
むしろ楽しませていただいています。
一つしかない命ですが、一回きりの人生です。
しない、やらない後悔はしたくありません。
17日から仕事に復帰いたします。どうぞよろしくお願い致します。
刈谷店 岡田
自分の弱点を分かりきった上で
そしてそれを、受け入れた上で
しない後悔、やらない後悔はしたくない
こう言い放つ彼を
私たちは、見習わなくてはならない
強さとは何か
私は、それを教えられた
※朝起きたら、車がこんなになっていた
だけど、何とか空港にたどり着いて
福岡空港に飛びたくことにした
名古屋空港は、もう飛行機が飛んでいた
上の写真の一部を拡大すると
自衛隊の輸送機が2機写っている
両方とも、ロッキードCH130ハーキュリーズ
しかし、右側のは自衛隊の迷彩色だが、左側のは機体が“空色”に塗られている
そう、これはイラク派遣のために
地上からのミサイルを警戒して、空の色に対しての迷彩
つまり空色に塗り直されたCH130なのだ
滑走路には、まだ雪がところどころに残っている
飛行機が飛び立ったら、すぐに雪雲の中に入る
機体が激しく揺れる
ガンガンと揺れながら、それでも昇っていくと
ようやく雲の切れ目があった
そして、あっという間に雲の上
そこにはやっぱり青空が待っていた
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