谷 好通コラム

2007年08月07日(火曜日)

1697.ぶつかるまでの訳

決勝当日は、
朝、ドライバーズブリーフィングがあるぐらいで、
すぐに決勝である。
午前10時20分にはBパドックに車を整列し出走前点検。
ドライバーも装備を着込んで、コースインのために待機する。

 

富士スピードウェー(FISCO)は
朝からよく晴れて、気温もどんどん上がり、
暑いレースになることを想像させた。
「暑いのいやだなぁ~」

 

やがて、みんな揃ってコースイン。
コースを一周回ってグリットに着くまで、
私はクーラーをかけながらおとなしく回った。
昨日の予選で、20分9周をフルに走ってしまい、
タイヤがかなりへたっていることが想像されていて、
ハンドルを左右に大きく振ってタイヤを暖めるのは、
フォーメーションラップの最後のバックストレートだけでいいと考えた。
クーラーをかけたのはもちろん人間を冷やすためだ。
ノーマルが前提のGTIカップレースは、
エアコンを使うことすら出来るのだ。

 

グリットに着いたら、
エンジンを切らなくてはならない。
グリット上で最後のチェックと、
みんなから「がんばれよ。」の激励をもらう。
この間が、約15分。
新規格の分厚いレーシングスーツが暑い。

 

フォーメーションラップ1分前が示されると、
エンジンをかけ、スタートに備える。
シグナルが青に変わると、ペースカーを先頭にフォーメーションラップが始まる。
予選の順位に一列にならび、
ゆっくりとコースを一周する。
私の前を行く車がエキスパートクラス3台、クラブマンクラス4台、
後ろに続く車はクラブマンクラスが5台。

 

すぐ後ろが「自動車雑誌ENGINE」の副編集長・村上選手が乗る?10。
ベテランドライバー。

 

その後ろが自動車女性ジャーナリストの竹岡圭選手。
タレントでもあると同時に国土交通省の何とか諮問会の委員も務めていることを
知ってびっくりした。?55である。
可愛い容姿からは想像すら出来ぬバリバリのファイターである。

 

その後ろが、自動車雑誌ル・ボランで活躍の萩原選手、
攻撃的なレースをする怖い存在だ。?67

 

仕事は何をやってみえるのかは、まだ知らないが、
レースのたびにどんどん速くなっている?23大田中選手。

 

予選ではまったく不本意な結果で、
初めてこんなに下になったが、実はかなり速い鈴木選手。?81。
外科の病院を開いているお医者さんである。

 

一番最後が、藤尾選手。?75。
北九州で内科の病院を開いているお医者さんで、
診療の関係でどうしても時間がとれず、
昨日の予選の2時間前にサーキットに入り、
金曜日の練習なしぶっつけ本番で予選を走った
6月のFISCO戦では私とバトルをやった。厳しく強気のドライビングをする選手だ。

 

後ろにいると言っても、
一人一人が、ものすごいキャラクターの人たちで、
皆さんすばらしい人たちであるが、コースに出てレースが始まれば、
前の車を抜くことに集中し、闘争心の塊に変身する。
びくびく走っている人なんて一人もいない。
全力で戦うことが出来るファイターたちばかりだ。

 

前にいる人たちは、これまた輪をかけてすごい人たちで、
ポルシェを販売している自動車屋さんのオーナー岡本選手?904
同じく自動車屋さん?13中村選手。
レース中大炎上したフェラーリから奇跡的な生還を果たして有名な大田(名前を忘れた)選手が
主催する「キープオンレーシング」から、野澤選手。
前回の雨のモテギ戦では総合のポールポジョンを取った。
クラブマンクラストップは、スーパー耐久にも出場している白石選手。?17
産婦人科の大きな病院を開くお医者さんである。
見た目はおじさんだか、めちゃ速い。

 

前にはあと3人。エキスパートクラスの選手。
バイクのレースで有名な伊藤真選手、「キープオンレーシング」から。
全日本GT選手権にも出ている大井選手。
そして、今年チャンピオンを決めた神戸で自動車屋さんをやっている浜崎大選手。
ゴルフGTIのスペシャリストで、彼の走りには誰もついていけない。
みんなから「ハマちゃん」と呼ばれ親しまれている。
「KeePre快洗隊・ベンチュラー」?77。
KeePreのサポート車でもある。

 

ゴルフGTIカップは、おとなしそうなイメージがあるが、
実はなかなかにレベルが高く、激しいレースなのである。

 

それにしても、
前にいる人たちはともかくとしても、
後ろにいる人たちだって、
誰一人楽に前に行かせてもらえそうな人はいない。
ちょっとでもミスをすれば、
容赦なく襲い掛かってくるだろう。

 

私だってそれこそ、前の車に襲い掛かって行くぐらいでなければ、
後ろの車に飲み込まれてしまう。
私にも、人並み以上の闘争心はある。

 

フォーメーションラップも終わりにかかって、
バックストレートでは、ハンドルを大きく左右に振ってタイヤを一気に暖める。
シケインからネッツコーナーを抜けて、最終コーナー、
ストレートに戻ってきたら、じきにペースカーがピットロードに引っ込み、
ポールポジションの浜崎選手が先導してストレートを進み、
シグナルがグリーンに変わったら、スタートOKである。
ジリジリと80kmぐらいで進む。
迷った。
サードだと4000回転ぐらい。
セカンドでも5800回転ぐらいだ。
レブリミットが7000回転ぐらいなので、
セカンドに落としてダッシュすれば、サードより一瞬だが加速がいいはずだ。
迷った挙句、もうちょっとでダッシュするであろう所で、
私はセカンドにシフトダウンした。

 

しかし、すぐにダッシュが始まって、
あわててアクセルを思いっきり踏み込んで全開にする。
一瞬、全力の加速をしたと思ったら、急に失速した。
あわててダッシュしたので、サードにシフトアップするのを忘れてしまった。
すぐにレブリミッターに当たって、失速してしまったのだ。
「くっそっー、バカタレが!」

 

私のアホな一瞬の失速を、
凶暴なる野獣と化した?10村上選手と、?55竹岡選手が見逃すわけが無い。
左右に分かれて、襲いかかってくる。

 

 

(斜め後ろにいた?10は、私が失速した時、追い抜いてしまいそうになったはずだが、
踏ん張って、追い越しのペナルティを回避している。さすがである。)

 

インを差してきた?55竹岡選手にはあっという間に抜かれる。
アウトからきた?10村上選手には、1コーナーを大回りして抜かれてしまった。

 

スタート直後、2台に抜かれた。
情けない。
一瞬だけ、シフトアップを忘れての失速。
頭に血が上った。
冷静さを完全に失っている。

 

 

後ろからは?67の萩原選手が迫ってくる。
冗談じゃない、これ以上抜かれてたまるかと、必死でがんばる。
アグレッシブな?67は、今にも抜かんばかりに後ろに接近している。

 

コーナー入り口で激しくブレーキングを繰り返し、
車が大きく左右に振られる。
フロントヘビーのゴルフは、スムーズな運転が最も速い走り方なのだが、
後ろから迫られるとインを差されそうな気がして、早めにブレーキを踏むのが怖く、
どうしてもコーナー入り口で突込み気味になり、
ブレーキングが激しくなってしまい、
車の後輪が大きく左右に振る。
大きなタイムロスだ。
私は後ろからあおられると、冷静さを見失う悪い癖がある。

 

バックストレートまで来た時、ストレートの伸びがまったくない。
はっと気がつく。
「クーラーを切ってない!」
馬鹿だ。
アホだ、
大たわけだ。
レースなのに、クーラーを入れたまま、一周の三分の二を走ってしまったのだ。
あわててスイッチを切ろうとするが、
ゴワゴワとしたグローブが邪魔してなかなか切れない。
「バカヤローっ」
あまりにも情けない自分に怒れて、ヘルメットの中で怒鳴る

 

シケイン直前でスイッチを切ることができた。
しかし、動揺している自分に激しく迫る萩原選手を抑えることは無理だ。
最終コーナーで並ばれ、ストレートで前に行かれてしまった。
今考えると、あの時でも、無理して平行して競らなくても、
一歩下がって? の後ろについて、スリップストリームに入ってしまえば、
抜き返すことも出来たはずだ。
その時は何も考えられなかった。

 

たった一周で、何と、3台のライバルに抜かれてしまったことになる。
後ろにはもう3台しかいない。
つまり、ドベ4だ。
みんなに合わせる顔が無い。
といっても、みんながサインボードを持ってこちらを見守っているのだ。
恥ずかしい。

 

 

2周目、何とかその位置を守って周回したが、
後ろから、?23番大田中選手と?81鈴木選手と、
ぶっつけ本番の?75藤尾選手が団子で迫ってきている。

 

頭の中がガタガタになって、
必死に冷静さを取り戻そうとしながら走る私には、彼らを引き離す力は無かった。

 

実際はよく憶えていないのだが、
3周目に入った1コーナー手前で、、
フルブレーキをしながらインを閉める形で内側にハンドルを少し切ったら、
瞬間に車が大きく振られて、
一瞬のうちにコーナーのインから飛び出して、
内側の芝生のラフに突っ込んでしまった。
1コーナーをショートカットする形だ。
かなりのスピードでラフを突っ切り、
芝生の向こうに1コーナーを回りこんできた?23大田中選手の真っ白な車が眼に入る。
ブレーキを踏むが、ストレートで220kmぐらいまで加速したあと、
フルブレーキをかけながらも、コーナー内側に突っ込んだ車は、
そう簡単に止まるはずもない。

 

私の?25は、大田中さんの?23の横っ腹めがけて吸い寄せられていく。
弾道ミサイルをパトリオット迎撃ミサイルが計算しつくされた軌道で当たっていくように、
映画の中の1シーンを見ているような錯覚を覚える。
ぶつかる5mぐらい前の光景までだけを憶えているのは、
多分そのあと目をつぶってしまったのかもしれない。

 

「ドンッ」と短く乾いた音がして、強いショックがあった。
?23が弾き飛ばされていくのが目に入る。

 

※たまたま現場に居合わせたカメラマンの中村プロが、なんとも凄いシーンを撮っていた。

 

 

そのあとは、グラベルの中で止まっている私の?25と、
大田中さんの?23。
駆け寄ってくるレスキューの人たちがドアを開ける前に自分で車を降りた。
大田中さんも数メートル先に立っている。
コンクリートウォールの向こう側に行って、ヘルメットを脱ぎ、
まず、大田中さんに謝る。
「すいませんでした。申し訳ない。」
大田中さんは、
「びっくりしたー。
知らないうちに誰かの車にかぶせて、
自分が何か悪いことをしたのかと思っちゃった。」
一方的にぶつけられても、なお、自分が誰かに迷惑をかけたのかと心配する人である。
最後には「レースだからしょうがない」と握手までしてくれた。
頭が下がる思いである。

 

止まってしまった私たちのかたわらを走るトップの?77のKeePreGTIが、
強く目に焼きついている。

 

衝撃の割には、私の体はどこもなんともなかったが、
不意打ちを食らった大田中さんは首がおかしいとコルセットをはめてもらう。
二人とも救急車に乗ってメディカルセンターに搬送された。

 

体のあちらこちらを簡単に検査して、私はそのまま解放されたが、
大田中さんはレントゲン写真とか何とかの検査を入念に受け、
帰ってきたのは遅かったが、
しばらくしてからやっと帰ってきた。

 

「今度のSUGOでは、君から見えるように車に“KILL YOU”と書いてくるからね。」

 

つまり、またSUGO戦で戦おうという意味か。
下げた頭が上がらない。

 

 

 

・第一に、
ローリングスタートで2ndまでギヤを落としたのは完全な間違いであった。
中速トルクのあるターボエンジンでシフトを落としても、高回転に特にパワーがあるわけではなく、
むしろ、シフトアップ時のタイムラグの方がよほどロスが大きい。

 

・第二に、
スタート直後、あわててアクセル全開にしたが、
2ndから3rdにシフトアップをするのを、一瞬であれ、忘れてしまったのは、
大ポカであり、馬鹿である。
集中力に欠けている。

 

・第三に、
それで冷静さを失って乱暴なブレーキングを繰り返したのは、
スムーズなコースインがタイムアップの最大のコツであることを、せっかく憶えたのに、
学習能力の無さである。
急激なブレーキングで車の姿勢のコントロールまで失った。
何かあったら一瞬のうちに冷静さを失うようでは、話にならない。

 

・第四に、
クーラーのスイッチを切り忘れたなんてのは、まったくの論外であり、
アホであり、バカヤロウであり、トロいの一言である。
あまりにもの馬鹿さ加減に
レースに出る資格など無いと言われても、まったく返す言葉が無い。

 

・第五に、
それにも増して恥ずかしいのは、
言い訳に「リアのブレーキのバランスが悪かった」のがぶつかった原因ようなことを言って、
まさか、スタートでシフトアップするのを忘れたことと、
クーラーのスイッチを切り忘れていたことを誤魔化そうとした。
確かにブレーキのバランスは悪かったが、それがぶつかった直接の原因ではないだろう。

 

・第六に、
最悪なのは、車の調子が悪かったと誤魔化そうとしたことは、
つまり、メカニックの小林君に責任転嫁しようとしたことに他ならず、
自分の車を戦えるように整備してくれている人に対しての最大の侮辱を与えるところであった。
これはドライバーとしてだけでなく人間的に恥ずかしいことである。

 

・最後に、
200kmオーバーからフルブレーキで車が不安定になっている状態で、
インを突かれまいと進路を迷ったまま冷静さを欠いたコーナリングをしたのが、
コーナーのインに巻き込むスピンになった原因であり、
コーナーをショートカットして
前を行く大田中さんの車に突っ込む直接の原因であった。

 

後悔に後悔を重ねても、今回のレースは前の3レースに増して最悪であった。

 

スタート直後に失速して驚かせてしまった?10の村上選手。同じく?55の竹岡選手。
申し訳ない。ごめんなさい。
冷静さを欠いたブレーキングで目の前で何度もコントロールを失い怖がらせた?67萩原選手。
ごめんなさい。
何も悪くないのに、突然、激突して車を壊し、怪我をさせてしまった大田中選手、
まったくお詫びの仕様もなく、申し訳ない限りです。
どうか、無事に首の怪我が治るように願っています。
大田中選手とデッドヒートを繰り広げていた藤尾選手、鈴木選手、
大田中選手に不意打ちを食らわせて、水を差してしまいました。ごめんなさい。

 

レースを手伝ったくれた大石さん、古味君、賀来君
三日間もかけた準備を、一瞬でレースを潰してしまった。申し訳ない。
足かけ5日間もかけて車を整備し続けた小林君。
レースを潰した挙句に、責任転嫁までをしそうになったことを恥ずかしく思います。
勘弁してください。

 

人間、ちょっとした心の油断が、何もかもぶち壊しにしてしまうことがある。
そして多くの人に迷惑をかけることもあり、人に怪我をさせてしまうことすらあるのは、
恐ろしいことです。

 

そんなことを思い知った今回のレースでした。

 

私は、レースを遊びと割り切り、舐めていた所があったのかもしれません。
一人だけの遊びならばそれも許されるのかもしれませんが、
それが多くの人と競い合い、
それも危険を含んだモータースポーツならば、
真剣さをもって全力で行わなければならないことを思い知った次第です。

 

メディカルセンターのベッドの上で検査を待つ間、
もうレースはやめようかと、よほど考えましたが、
このままやめたら、後悔が最後に残る今までのレース活動になってしまいます。
今度こそ、きちんとしたレースをして、
勝ち負けにかかわらず、
すっきりと気持ちのいいレースをSUGOでやって、
その上で、今後も続けるのか、やめるのかを考えたいと思っています。

 

 

決勝の朝、三島の朝はうっすらと霧がかかっていた。

 

 

決勝に向かう。まだ余裕がある。

 

 

パドックにずらっと並ぶライバルたち。

 

 

使用前。

 

 

使用後。

 

 

いつもぶっつけ本番で、予選はちょっと遅いが、
本番になると闘志あふれる走りで必ずランクアップする北九州の藤尾先生(内科のお医者さん)と
本格的な走りをしてクラブクラストップの走りの長崎の野澤選手。

 

 

いつも?25の整備をしてくれているバーヤンこと小林君。
このレースに懲りず、SUGOでも面倒を見てくれることになっている。
※前夜の晩飯で1ショット

 

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    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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