2011年01月07日(金曜日)
2696.出張する生活の楽しさ。エキサイティング
私がこの仕事で全国を出張し始めてからもう20年以上経つ。
数年前までは外国へもかなり行って、
外国は、特に中国が多く数十回行き、
アメリカ、東南アジア、
ヨーロッパにも色々な国にも行き、海外出張全体では百回は越している。
ほぼすべて仕事だった。
新しきビジネスを求めて出張するのだが、
外国に行った時はあまりにも環境が違うので、
そこに居るだけでもストレスであり、
加えて言葉が全く分からないので、
私は一生懸命仕事をするのが精一杯であった。
たまには、現地の方が気を使って観光もさせてくれることもあったが、
そういうことは稀であって、やはりほぼ仕事である。
今もう、ほとんど外国に行かなくなったのは、
外国の異文化の中でのストレスに耐えながら仕事をするのが
体力的に耐えられなくなってきたことが一番大きな理由だろう。
私の海外の出張は、
それが「エキサイティング」であったという意味ではものすごく楽しく、
ものすごく勉強になって、私が持っている知識の多くを海外から学んだ。
だから、数多い海外出張を後悔することはまったくなく、
行って良かったと思うばかりであるが、
決してラクではなかった。
国内の出張は、
その何十倍か回数を行っているだろう。
月の半分以上は出張で日本のどこかにいるので、
私の人生の1/3は「出張する生活」とでもいうか。
国内の出張は、ストレスはない。
日本国中、どこに行っても日本語が通じて、
何でも売っていて、どこででもレンタカーを借りられるし、
自分で運転が出来るし、何の不便もない。
飛行機がなければ、鉄道が日本国中をつないでいるので、
北海道、沖縄以外ならば、どこからでも24時間以内に帰ってくることができる。
もちろん北海道も沖縄も飛行機を使えば、簡単に日帰りすらできる。
何よりも、たいていの所に行っても必ず頼りになる仲間がいて、一緒に仕事ができる。
それはいつもとても楽しいことだ。
私の出張生活は、多少は不便ではあったが、
いつも、違う場所にいるというだけで、変化に富んでいて、
その変化が、刺激になって、
それが国内であっても、大なり小なり、いつもエキサイティングで楽しかった。
今日も、
朝、マイナス12度まで下がった札幌で仕事をして、飛行機に乗って帰ってきた。
それだけで、ものすごくエキサイティングなのだ。
私の人生は、その意味でも、豊かであった。これからもきっとそうだろう。
マイナス10度近い札幌では、走り始めの視界の確保が大変なのだ。
ちょっと外国っぽくて・・・・
それでも、みんな結構バンバン走っている。
交通死亡事故全国ぶっちぎりナンバーワンが分かるような気がする。
高速の導入路で、車のタイヤから巻き上がる雪煙で、
50m暗い先が真っ白になって見えない。
目の前が真っ白になって、
何がどうなっているのか分からなくなってしまうのを
「ホワイトアウト」と言うそうだ。
高速本線に入っても、雪煙が真っ白で、
20m~30m先を走るベンツがほとんど見えない。
坂本所長いわく、札幌は「日本海側」で、千歳は「太平洋側」なのだそうだ。
だから、千歳に入る前の町「恵庭」あたりで、
突然、青空が向こうに見えてきたのには、びっくりした。
それでも、気温はまだマイナス7度。
路面は黒く見えるがしっかり凍っている。これが怖い。
「プラックアイスバーン」だそうだ。
千歳の町に入る頃には、気温は低いが日差しが暖かくなって、
路面の氷が解けてきた。
千歳はそれでも滑走は真っ白であった。
滑走路だけは、しっかりと除雪してある。
飛行機が飛び上がってから
千歳から札幌市内の方向(北)を見ると、
雪が降っている所と、晴れている所の「境目」がはっきり分かった。
「南」を見ると、海が見えてきている。
空には、北へ向かうジェット機が巡航していた。
つまり10,000mを飛んでいる姿が見えた。
どこへ行くのであろうか。
乗っている飛行機も巡航高度まで上がると、
空が宇宙の色をしている。
東北の山間部。
「沢」を雪が覆っていて、独特の模様を描いていた。
千歳⇒中部の飛行機が1時間と少し飛ぶと、
左前方、はるか遠くに富士山が見えて来る。
解りますか? 遠くにある小さな三角が富士山です。
ズームを「望遠」で撮ると、こんな感じで見える。
諏訪のあたりまで来ると、富士山の顔が変わってくる。
中部空港に向けて降下を始めてしばらく、
南アルプス越しに、また違う富士山の顔が、だんだんくっきり見えてくる。
足元を見ると、飛騨の山々。
渥美半島上空から、紀伊半島の伊勢賢島あたり。
もうカメラをしまっていなければならない。
出張の行程途中、わずか3時間のエキサイティング。
私の人生のようだ。
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