2024年08月22日(木曜日)
08.22. KeePer LABOオープン予定はワクワクします。
東京証券取引所の向かいにある平和ビルの日本アナリスト協会にて、
KeePer技研株式会社の決算発表会をやりました。
会場にお集まりいただいたのは20名前後の方でしたが、
同時に、リモートでのライブ配信もやったので、
リモートではその2倍以上の方にご参加いただいたそうです。
会社にとって大切な会であるのですが、
私は元々、緊張というものにあまり縁がなく、
今日もまた、自身が楽しく話をしてしまいました。
ふざけて喋っているように聞こえてしまった部分もあったかもしれません。
本人も十分に反省をしているのですが、これが普通なのでお許しください。
色々な話がありましたが、
10月までにオープンする新LABOの完成日程。
その中の9月中旬オープン予定の「KeePer LABO広島西店(仮称)」
KeePer LABOオープン予定はワクワクします。
今年中に実現するであろう新しいLABOの全国体制想像図。
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2024年08月21日(水曜日)
08.21.日本で一番使われているKeePerビジュアル、カイエン増田
今日は、IRは2件だけだったのに、
入っていた用件が細かく8件もあって妙に疲れたのと、
明日は一番で東京に行かなければならないので、早く寝ようとの決心の元、
思いっ切り簡単なブログを書こうと、
08.21.日本で一番使われているKeePerビジュアル、カイエン増田。
としました。
とりあえず、困った時の増田君です。
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2024年08月20日(火曜日)
08.20. 来年から、暑い真昼間の4時間はスパッと休業しましょうか。
「ちょっと雨が降ると、こんなに楽になるものなのかね。」
そんな店頭でのため息が、
聞こえてくるようです。
今年の26日間連続猛暑日の悲痛な経験から、
来年はどうするのか。
どう対策するのか、こんな楽になった時期にこそ考えておくべきです。
つらい時期には、
その対策は悲痛な思いがこもって過剰になりがちですが、
今なら、冷静にするべき判断が出来るような気がします。
来年も、どうせ、今年と同じくらいには暑さがひどい筈ですから、
今年と同じような気分で対策を考えれば、ちょうどいいはずです。
まず、
LABOの始業時間を午前7:00からにしましょう。
午前、第一部の営業時間をAM7:00からPM1:00までの6時間にしましょう。
これで、いったん閉店です、
第一部勤務のスタッフはここまでで仕事は終わりです。
ここで、退社です。午後からは完全に自分の自由の時間です、
そして
第二部の営業は、PM5:00(17:00)からです。
つまり、PM1:00からPM5:00まで、店舗は休業です。
くそ暑い4時間はスパッと休業です。
二部の営業は、
PM5:00からPM11:00までの6時間です。
かの昔、学生時代
7月21日から8月の31日までは「夏休み」でした。
夏休みは人生の花形の時期でもありました。
だから、私達KeePerも「夏休み」=「サマータイム営業」にしましょうよ。
昔、
私たちは夏休みがものすごく楽しみでした。
「夏休み」は、私達の人生の中の正に花形でした。
それが、今は、
猛暑が連続する地獄のような期間になってしまっています。
そんな地獄を
「サマータイム営業」は、また花形の時期に変えることがきっと出来ます。
そう思いませんか。
LABOの始業時間を午前7:00からにしましょう。
午前、第一部の営業時間をAM7:00からPM1:00までの6時間にしましょう。
これで、
いったん閉店です、
第一部勤務のスタッフはここまでで仕事は終わりです。
ここで、退社です。午後からは完全に自分の自由の時間です、
午後からは何をやっても自由です。
夏休み中の子供たちと、どっかへ遊びに行きましょうよ。
そして
第二部の営業は、PM5:00(17:00)からです。
つまり、PM1:00からPM5:00まで、店舗は休業です。
くそ暑い4時間はスパッと休業です。
やがて陽が陰って、涼しくなって来た午後5時からの営業です、
午後5時から午後11時まで、夜営業をしましょう。
この時間を働くことが得意な人はいっぱいいます。
水商売でもないのに夕方働くのは、意外と便利ですごく利便性があります。
夕方までが自由時間なのです。
しかも、水商売でもないのに夕方働くのは、意外と利便性があります。
こう書いてくると、このサマータイムは、
夏だけである必要は無いような気になってきます。
朝7時から昼12時まで、そして午後5時から午後11時まで営業。
am7~pm11 どこかで聞いたことのあるフレーズです。
お客様は大切で、もっとも大切にしなければならない存在ですが、
一緒に働く仲間達も、もっとも大切にしなければならない存在です。
今日は、事情があってちょっと早く帰ってきましたが、
サマータイムを思いついたので、とっても意味のある夕方の時間になりました。
最高です。
遠く、シンガポールに思いをはせて。
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2024年08月18日(日曜日)
08.18.初めて、日曜日を月曜日と間違えた。
今朝、今日が月曜日だとばかり勘違いして、
事務所に電話しても出ないし、トンチンカンな朝のスタートでした。
今日が月曜日だと勘違いして、
実は日曜日だったとしたら、
お休みが”つもり”よりかえって増える訳なので、得をしたと思うかといえば、
むしろ逆で、
今日から仕事が出来ると思ったのに、
まだお休みが一日残っていて、
何か、すごく損をしたような気分なのは、
私も時間を持て余す老人のような境地に一歩入ってきたのかもしれない。
猛暑の中を頑張っているみんなには申し訳ないが、ちょっと寂しい気分がする。
私でも、同じ年齢の平均的な人と比べれば10倍以上は仕事で忙しい筈だが、
それでも、もっと仕事がしたいと思う事がある。と言っても、
ずっとそう思っている訳ではなく、そう思う事もあるという程度だが。
三日くらい前、
LABO長久手店、LABO大府店に行き、そしてLABO刈谷店に行って
猛暑の中で、みんなの表情から徐々に笑顔が消えて来ていて、
最後のLABO刈谷店では、とうとう皆の写真を撮ることが出来なくなって、
自分の気持ちの中で悶々としたものが出来て、
LABOの幹部の連中に集めて、「猛暑対策ポスター」を作った。
側面の鉄板から熱気がひどいキーパーブースには「よしず」を手配した。
KeePerでお客様の喜びを感じることが出来るから、
KeePerを造れているように、
この会社を運営しているのは、
お客様の喜びを造ると同時に、
一緒に働く仲間達の喜びも同時に造れるから会社をやっているのは当然だ。
だから、皆が持てあましている猛暑の苦しさをも同時に感じるものだ。
この何日か自分の胸中では持てあますほど苦しかった。
それでも、
今日また一日余分に時間があった事に気が着いて、
思い切って、LABO春日井店とLABO出来町店に行くことにした。
そして、皆の写真を撮った。
しかし、LABO刈谷店で写真を撮れなかったままでいるので、
是非今週中には行って、写真を撮ろうと思っている。
LABO長久手店
おがわ君、 しまもとマネージャー
とよた店長、 たかいチーフ、
みずの君、 なかやま君、
いわた君。
LABO大府店
こいた君、はやしだ君、田口店長、
岩手県盛岡市にオープンする
フランチャイズ店三田商会さんからの研修生、ますざわ君。
わしお君、とぐちチーフ。
ごどう君。
LABO春日井店
たけぐち君、はやし君、かわむら店長、しんぽさん、
宇都宮市にオープンするFC店より研修のいまい君、店長のあくつさん、
すずきチーフ。
かわむら店長のピンはお約束です。
LABO出来町店
なるせさん、まつした店長、
わたなべ君 いのうえ君。
おがわ君、ネパールから、かまる君。
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2024年08月17日(土曜日)
08.17. 取り残されたような気がする。みんなが帰った後。
現役に今より近かった時は、
帰省客などで賑わっているお盆前後のLABO店舗を何軒も回って忙しくし、
6月期決算の発表が8月のお盆前にあって、
家に帰れば、子供や孫がバラバラに帰って来ていて
お墓の掃除などをやってくれて、
それぞれの子供たちと晩御飯を一緒に食べるのが楽しみだった。
そして、
それぞれがバラバラに帰って行く頃には、
投資家とのインタビューの予定も重なっていて
さらに9月の株主総会の準備など
この時期は次から次へとやる事があって、
暑い暑いと言いながら、忙しくしていた時期でした。
それが70歳くらいを境にして、
薄く変わってきた。
それ迄は、仕事は何でもかんでも、みんなで寄ってたかって、
お客様との境目がまったく無い同じ空間で、同じ空気を吸いながら
汗まみれの自分事としてやっていたものが、
いつの間にか、
それぞれ一人一人が、バラバラに、表っ面の他人事として、
涼やかで、クールなビジネスとして分業されてきた。
もう、お金に汗の臭いがしなくなってきた。
それどころか、お金の臭いすらなくなって、
ただの数字としての意味しかなくなってきたのは、
価値がアナログとしての意味を持たなくなってきたからなのかもしれない。
もっと昔、
私がまだ40才台の頃、
お盆でも、実家に帰ってお墓の掃除をするなんてことはまったく無かった。
子供たちを実家に預かってもらい、
自分たちは目いっぱい店で仕事をして、
店を閉めてから、お盆のご馳走を揃えて実家で待っていてくれた親たちと、
彼らにとっては孫である子供たちと一緒に、
仏壇に手を合わせて、皆でご馳走を食べた。
それから、夜、子供たちを連れて家に帰った。
それを、まったく惨めとも思わなかったし、
私の親は、お盆の度(年末も)に
孫(私の子供)を預かる事を、むしろ楽しみにしていた。
だから、私達は子供たちの事を全く心配せずに思いっ切り働いた。
子供達も、お盆と年末は、爺ちゃん達に遊んでもらうことを楽しみにしていた。
昼ご飯は吉野家の牛丼が楽しみだったらしい。
たまに映画館に連れて行かれると、
お爺ちゃんは必ずイビキをかいて寝たらしいので、
子供たちは、恥ずかしいので、決してそばには座らなかったらしい。
そういえば、
あの頃は、親子三代でお盆と年末の時間をそれぞれの役割で共にしていた。
現役から離れてもう数年、
子供たちは、時には孫を連れて、お墓の掃除に帰って来てくれるが、
彼らも帰って行ってしまうと、ふと、取り残されたような気がしてとても寂しい。
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