2015年07月04日(土曜日)
7.04.やるべきことが出来ることとは、やりたい志が高くあること
元来、人は「やるべきだからやる。」よりも、
「やりたいからやる。」の方がはるかにその力が強いと言います。
しかし、
その「やりたいこと」「のぞみ」が、高い所にあり、
高い志ならではの「高み」のことならば、
その高みに登るために、
やらなくてはならないことがいっぱいあって、
あるいは、
その高みに登るためには、いくつも段階があって、
その一つ一つの段階に登ること自体は「やるべきこと」であったとしても、
そのはるか上にある高みに登るための登るべき段階として、
「やるべきこと」でありつつ「やりたいこと」にもなります。
やりたいと思った「その高みに登ること」に、
“強烈にやりたい”という強い目的を持てれば、
そこまでの一つの段階に登るという「やらなければならないこと」も、
純粋に「やりたいこと」になるはずです。
一つ言い方を変えれば、
その人の「やりたい」と思うものが「高み」にあるものならば、
その人は一見「やらねばならないこと」をやれる「強い人」に見えるが、
その人が強いのではなく、
「やりたい」ことが高みにあって、
強くやりたいと思っているから、
その「やりたいこと」を実現するための「やるべきこと」が、
「やりたい」と思えるだけなのです。
その人が強いのではなく、やりたいことへの思いが強いだけなのです。
志が強く高い人は、結果として強い人になります。
逆に目先のやりたいことをやってばかりいる人は、
志の低い、目先の自分のことしか考えられない寂しい人なのでしょう。