2015年06月14日(日曜日)
6.14.KeePerのルーツの人達
今年の9月1日に、
創立30周年と、東証マザーズ上場を記念したパーティーをやります。
たくさんの方々に集まっていただくのですが、
せっかく創立30周年記念なので、
KeePer技研株式会社の起源である「株式会社タニ」までさかのぼって、
キーパーのルーツとも言えるたくさんの人たちと再会します。
高津波給油所の前身、クラウン石油の神谷社長。
設備売却の話をお聞きしてからまとまるまで、何十回もお会いして話ました。
今は土地家屋鑑定士で活躍して見えます。
十年以上ぶりにお電話を差し上げたら、
昔と変わらない大きな声で、神谷社長のそのままでした。
高津波SSの地主さんの加藤さん。
加藤さんは当時、たしか地元中学校の教頭先生でした。
当初は加藤先生のお父上の土地の名義で、
土地の賃借料は、1坪あたり、”お米”1斗2升×政府買い上げ価格でした。
そう、私は最初、小作人としての賃料を払っていたのです。
加藤先生は定年退職されてから、今は町と市のたくさんの役でお忙しそうです。
この給油所の買い上げに尽力して下さった藤本さん。
神谷社長から築20年の給油所設備を買い上げて、
一文無しの私にそれをリースするという、
私にとって最初のチャンス作りに力を貸してくれました。
高津波給油所の最初の販促キャンペーンを企画してくれた中村さん。
貧乏経営ながら、ピーナツの傑作チラシと、
殻つき落花生プレゼントで、地域に好感度を作り上げてくれました。
SSからコーティング事業に変換した頃、技術を教えてくれた黒木さん。
担保の問題で、石油販売業のままで事業を拡大するには限界があると考え、
コーティングと洗車に事業を転換する最初の勉強として
横浜の黒木さんから磨きの技術などを教えてもらいました。
25年前のことです。
あれから紆余曲折の末、今は一緒に力を貸してくれています。
2号店のクリーンベースWithを建てた借金で苦しく、
細かく複数の借り入れで自転車操業していた頃、
それらをまとめて1億円の借入れを実現してくれた銀行の鈴木さん。
おかげで落ち着いて事業に専念でき、大きく伸ばすことが出来ました。
アイ・タック技研㈱の初代「KeePre」をデザインしてくれた青木さん。
カーコーティングの事業を展開してしばらくしてから、
それまで、あちらこちらのケミカルの寄せ集めだった「Qシステム」から、
統計だったカーコーティングシステムを作ると同時に、
ブランドアイデンティティーとして「KeePre」を構築しました。
今では普通に「KeePer」になりましたが、
あの当時はちょっとひねって「KeePre」でした。
でも、ロゴデザインは今のKeePerと二十年以上ほとんど変わりません。
そのKeePerのロゴのルーツをデザインしてくれたのが青木デザイナーです。
初期のアイ・タック技研技研㈱の主役、牧野さん。
わが社の最初の事務員さんで、
出荷から経理まで何から何までやってくれたスーパーウーマンです。
KeePreの初代営業の小幡君。
わが社の最初の営業マンで、愛すべきオバッチャン。
今の社員で知っている人はほとんどいませんが、
みんなで探せば見つかるものです。
KeePer技研㈱の草創期を作り上げてきてくれた人たちです。
他にもこんな人たちがいっぱい、今度の9月1日、
30周年記念パーティーに集まってきてくれるはずです。
もちろん、昔の方たちだけでなく、
今のKeePerそのものを構成して下さっている大勢の方々、
また、未来のKeePerを共に作っていくみなさんと、
30周年を記念しながら、
未来のKeePerを見ていく有意義な会にしたいと思っています。