2014年09月15日(月曜日)
9.15.優秀な人ほど気が付かない簡単な法則か?
組織で仕事をしていく時、
それは共同作業なので、情報の共有が必要です。
情報の共有の基本になるのは、報・連・相です。
情報の共有が基本になって、
その情報に対するそれぞれの判断を出し合って議論になり、
その結果が共同作業の元になります。
しかしどんな情報が誰にとってどのように有益なのか、
それぞれによって違い、
それぞれの人には解かりません。
だから、すべからくの事を、すべからく報・連・相するわけです。
だから自分の判断で、
その情報が報・連・相すべきかどうかを選別し、
自分の判断で報・連・相をするものと、しないものを作ったのでは、
報・連・相の意味がなくなってしまいます。
ある意味、分からないから報・連・相をするのですから。
会社の仕事というものは、
そのすべてが共同作業なのですから、
共同作業には情報の共有が必須であり、
情報の共有とは、
すべからくにおいての報・連・相のことです。
だから、共有すべき情報と、そうでない情報とに勝手に選別したのでは、
本来的にそれは情報の共有に成らないわけで、
そういう勝手な選別をする人は、
共同作業、つまり仕事において劣っているということになります。
しかし、こういう人は、
むしろ、基礎能力が高い人に多く、
「分かりきったことまで報・連・相をする意味が分からない。」と思っています。
自分の能力が高いことを自負している人は、
報・連・相で情報の共有をして、みんなで・・・・なんてことより、
とっとと自分でやってしまった方が早いし、正しいと思えてしまいます。
しかし、それが往々にして間違っていることも多く、
しかも、その事について共有されていないので、
失敗が大きくなってから発覚することが多く、
基礎能力が高いのに、仕事ができない人になってしまうことがあります。
報・連・相は、
どんなに自分が優秀で、
その事柄が、報・連・相なんてしなくてもいい事だと判断出来ても、
「報・連・相はすべからくにおいて行う」という基本を疎かにすると、
いつのまにか、仕事が出来ない人、
仕事においての能力の低い人になってしまうことがあります。
仕事の成功=共同作業の成功=情報の共有=すべからくの報・連・相。
インターネットの時代、
すべからくの報・連・相とは、C.C.の徹底だけです。
ひょっとしたら、優秀な人ほど気付かない簡単な法則なのではないでしょうか。