2014年09月03日(水曜日)
9.03.いくら美味しくても、不快には勝てない。
あるラーメン屋さんで、
何年か前まで行列が出来ていたのだけど、
ここ最近は行列が出来なくなっている店があります。
私はこの店で何かを懲りたので、
ずっと行かなくなっていたのですが、
私がこの店で何に懲りたのか忘れてしまっていたし、
今日の昼。
他に行こうと思った店がたまたま入れなかったので、
ふと、そのラーメン屋に行きました。
しかし、その店に入ってすぐ、私が懲りた訳を思い出しました。
店の中の数人の女性スタッフが、
頭のてっぺんから抜けるような大きな声で、
「いらっしゃいませー」から
「ご注文いただきましたっー。」
「とんこつ、バリカタ、・・・・」
とにかく、
響き渡るかん高い声で、
大声をかけまくっているのです。
室内でのかん高い大きな声は、見事に響き、
私の頭の中にも大きく響き、
思わず耳を塞いでしまいました。
室内であの高くでかい声は、ほとんど暴力です。
去年の正月の新年会で、
ハウリング直前までボリュームを上げ切った、
キチガイじみた馬鹿でかい音量の楽器の音で、
激しいストレスから小さな脳梗塞を発生した時以来の、
不快なストレスを感じました。
だから、ラーメンそのものの味はよく分からないまま、
半分残して、店を出ました。
店を出る時、
女性スタッフの一人が、
「すいませんでした。」と申し訳なさそうな表情で声をかけてきました。
きっと、
私の同じような思いで、
辛そうに席を立つお客様が、他にもいるのでしょう。
あの閉じた室内で発せられるあのかん高い声がなかったら、
あのラーメンは美味しかったような気がします。
大きな声で掛け声を絶え間なく掛け合うのは、
やっている者同士は、景気づけでいいのかもしれません。
あるいは、それを店の活気とか、
店の元気の良さと解釈するのかもしれませんが、
閉じた室内ではやってはいけない事のように思います。
せっかく行列が出来るくらいのラーメンの美味しさはあったはずなのに、
あのでかい、景気づけのかん高い、絶え間ない掛け声の掛け合いは、
ラーメンの美味しさで出来た行列を、消滅させるくらいの、
凄まじい威力を持っていたのでしょう。
私達はこれに類するようなことを、知らずにしているかもしれません。
せっかくの美味しさも、不快には勝てないということです。