2019年10月11日(金曜日)
10.11.うっかり上からものを見ると
つい先日、名古屋市の近郊の町の道路を走っている時、
以前行ったことがある小さな小料理店が閉まっているのを見た。
その店は、カウンターも入れて十数席しかない小さな店だけど、
その若い大将が、きっとどこかの一流の料理屋さんで
板前をしていたかと思えるような
気の利いた料理が品書きに並び、その動きもテキパキしていて気持ちが良い。
もちろん美味しい。
たまたま目についてその小さな店に寄り、すっかり気にいって通った。
ある時、奥さんであろう女性が赤ん坊をおんぶ紐で背負ったまま、
忙しそうに店で働いている姿を見て、
家族が力を合わせて働いている光景にちょっと感動したことがある。
常連であろう若い客も、
お母さんの背中でぐずる赤ん坊を預かったりして、
和気あいあいとした雰囲気が良かった。
しかし、何度か通ううちにちょっと気になることがあった。
何と言っても安すぎる。
会社のスタッフと行った時、
かなりいいものを食べたつもりでも一人がたった千五百円ぐらいで、
「もっともらわなきゃいけないよ。」と大将に声をかけたぐらいだ。
と大将は
「若い人にも皆さんに来ていただきたいので・・」と、はにかんだ。
彼の言っている若い人たちとは、
常連になっているあの学生のような若い子達のことを言っているのだろう。
私は想像した。
※ここからは私の勝手な空想である
あの小さな料理店の亭主は、どこかの一流料亭の板前をしていて、
料亭のお客様は大企業の幹部や上級役人の人達で、
うさん臭い話をしょっちゅうしている。
しかし若い板前は
仕事は仕事なので真面目に務め、腕を上げて行った。
板前が一人前になって、板場を仕切るようになった頃、
若い女性をみそめて、一緒になった。
しかし
その女性とは、その料亭の娘さんであったのだ。
二人が結婚したいと申し出た時
料亭のご主人でもある娘さんのお父さんは、烈火のごとく怒り、
「板前の分際で、娘に手を出すとは何事だ!」と、二人を許さなかった。
許してもらえかった二人は、
思い余って、駆け落ちするしかなかった。
二人で生きて行く決心をしたが、行く先の見通しもない。
しかし、腕のいい板前を応援してくれる贔屓がいて、
長屋のような貸し店舗で小さな料理屋をやる費用を出してくれたのだ。
腕のいい板前は、
小さな店でも、
惚れた人とのつつましやかな生活は、夢のようだった。
やがて授かった赤ん坊は、元気だった。
若い亭主と、若いお母さんと、玉のような男の子。
小さな店には彼らを支持する若者たちが毎日集って飲んで食った。
亭主は張り切って、腕を振るうが、
自分達をしたって集まってくれる若い子達から高いお金は取れない。
お金が少ないからイイ材料は仕入れられない。
それでも、亭主は腕を振るって美味しい料理をふるまってくれた。
とはいっても、日本料理は素材がものを言う料理だ。
フランス料理やイタリアンのように
コテコテのソースで食べさせる料理ではない。
私も、何度か通ううちに、
あまり美味しいと思わなくなった。
美味しいと思わなくなったら、店に行く動機が薄れて足が遠のいた。
何か月かした時に店の前を通ったら、店が閉まっていたので、
定休日かな?と思ったが、
あれから何年かした先日、同じように店の前を通ったら、
店は閉まっていて、看板も降されていた。
ざんねんながら、
あの店は閉じてしまったようだった。
若い亭主と恋女房と赤子の小さな料理店で、
亭主は、彼ら家族を支持する若くて貧しい若者たちがかわいくて、
安すぎる値段で料理を提供している内に、
いいネタを仕入れられなくなって、
料理の味を落としてしまった。
そうしたら、本来の美味さを目当てに来ていた上客は離れてしまい、
気持ちで来ていた常連の若者たち相手だけの商売では成り立つはずがなく、
いつか、彼らも足が遠くなって、
店をしまうことになったのだろうか。
彼ら親子は、大きくなった孫のかわいさに彼らを許した嫁の親父の家、
つまり、女房の実家である一流料亭に戻って、
若い亭主は昔のように超一流のネタに腕を振るっている。
奥さんは料亭の娘に戻って、
幸せに暮らしていた。
そんな幸せなストーリーか、
あるいは、
亭主は、女房に愛想を尽かされ、子供ともども逃げられて、
何処かの街角でくさっているか。
・・・・・・
空想は果てしなく広がっていくが、
真実はどうなのか、私が知る由もない。
腕のいい板前が仕切るこの小さな料理屋がつぶれたのには、
一つのポイントがある。
何と言っても、あの安過ぎる値段だ。
あの板前の腕をもってしても、美味い料理を造れなかったのは、
まともな材料も仕入れることが出来なかったあの安過ぎる値段だ。
「若い人にも皆さんに来ていただきたいので・・」と、
若い人は貧乏と決めつけてしまったあの偏見なのだろうと思う。
若い子が安いファストフードを食べているのは、
嗜好がファストフードに合っているのであって、決して貧乏だからでない。
しかし以前勤めていた一流料亭に来ていた金持ちな権力者達を憎む気持ちが、
反対に好きな若者たちを貧乏だと決めつけてしまう誤解があった。
若者たちを貧乏と決めつけて、
安い材料ばかりを仕入れて、自分の料理をぶち壊してしまったのは、
若い子たちに対して、知らぬうちに、
上からの視線を亭主が持ってしまっていて、
若い子たちを貧乏であると誤解したことに尽きるのではないか。
私の何の根拠もない空想話だが、
私達も商品の値段を下げたくなる時、
意外と陥りやすい誤解の構造なのではないだろうか。