2010年07月23日(金曜日)
2561.一番ちっちゃいのが、一番強かった
もう15年以上前、
一匹の♀(メス)のパグ犬が、やってきた。
人を見ると体を左右にゆすってやって来て喜びを表す表情豊かな子で、
女の子なのに「モン」と名づけられた。
モンが二才なって成熟したので子供が欲しくなって、
ブリーダーに預け、子供を授かった。
男親がどんな犬であったのかはまったく分からない。
何ヶ月かの妊娠期間を経て産まれたのはなんと7匹。
モンを含めて8匹全部を飼うことは出来ない。
二匹を自分の妹とその知り合いに上げた。
体の大きい、丈夫そうな動きの活発な二匹だ。
一匹はかかりつけの動物病院の先生の紹介で、
それが誰かは分からないが、少しお金をいただいてもらわれて行った。
もう二匹は、ペットショップに売られていった。
この三匹は器量よしでいかにも「かわいい子」を当てた。
誰に飼われるか分からないので、可愛がって欲しいとの想いだ。
そして残ったのは二匹。
体が一番小さくで動きもあまり活発ではなく弱そうで心配な一匹(♀)と、
体はでかいが、顔が真っ黒でパグらしくなく、
誰かに飼われても可愛がってもらえないかもしれないかもしれない一匹(♀)。
体が小さい子を「ミー」、
顔が真っ黒で、でかいのを「マー」と名付ける。
三匹で暮らし始めて意外だったのは、
体の小さいミーが一番気が強く、背筋をピンと伸ばし、
耳までがパグらしくないほど立っていて、
耳の先っちょが少し垂れている程度で、小さいながらもりりしい。
エサもほかの二匹と同じ量だけ食べる。
体が小さい分、ほかと同じだけ食べるのはしんどそうだったが、
食事の途中でちょっと一服したりすると、
先に食べ終わったほかの二匹がミーのエサにちょっかいを出すので、
ミーは烈火のごとく怒って、残っている自分のエサを無理して急いで食べた。
だからミーは慢性の食べ過ぎ状態であったが、
体質なのか。まったく太りはせず活発で元気のいい子であった。
犬の年齢は人間の7倍という。
10年を越す頃になると、
顔はちょっとブスだが体の大きいマーが、
病気になり、死んだ。
それからしばらくして、ミーが倒れた。
糖尿病だそうだ。
小さい体で、大きい二匹と同じ量だけエサを食べ続けたので、
太りはしなかったが糖尿病になったらしい。
高血糖発作で目が潰れ、下半身が麻痺した。
動物病院に入院し点滴を続けたが、回復の目途が立たず、
多分ダメだろうと先生にも言われて家に連れて帰ってきた。
ミーを家に連れて帰ってきたお母さんは、
「どうせ死んじゃうんだったら、好きなだけ食べなさい。」とエサを食べさせた。
何日間も点滴だけで何も食べていなかったミーは、
何がどうしたのか
気が狂ったように、ガツガツとごはんを食べた。
お母さんはびっくり仰天したが、
自分で食べるのをやめるまで、好きなだけ食べさせた。
犬の食事は日に二回、朝と夕方。
ミーは目が潰れて見えず、下半身も麻痺しているのに、
元気な犬と変わらずいっぱいご飯を食べた。
そうしたら、
なんとミーはすっかり元気になってしまったのだ。
相変わらず目は見えないし下半身不随だが、腹が減ると大きな声で鳴くし、
猛烈な食欲で体力が戻ってきたようだ。
下半身不随なので、体力が戻ってきても立ち上がることは出来ない。
それでも上半身は元気で、下半身を軸にして腕で動き回り、
ぐるぐると円を描く。
その軸の中心になるのが肛門で、これを肛門軸運動と呼んでいた。
ミーは元気になったが、
母親のモンは年とって体力がなくなり、
呼吸が苦しくなって死んだ。
残ったのはミーだけになった。
元気になったが、目は見えないし歩くことも出来ない。
だから、自分では何も出来ず、
食事はスプーンで食べさせてもらい、
おしっこもうんこもお母さんに絞ってもらっていた。
世の中には体の不自由な人を介護する「介護犬」なるものがあるそうだが、
ミーは「介護され犬」である。
その介護され犬のミーは、目が見えないので警戒心が強く、
気を許したのは、おかあさんだけであった。
何もかも「おかあさーん・・・・・」であり、
お母さんが自分のすべてであり、命であった。
朝、お母さんが仕事に行く時、近所の動物病院に預けられ、
お母さんの仕事が終わったらまた迎えに来てもう。
世の中にお年寄りを預ける「託老所」があるそうだが、
ミーは、さしずめ「託老犬」であったのである。
預けられている動物病院では、
ただただお母さんが迎えに来てくれるのを待つ。
ミーにとって大好きな人を待つ時間は、ある意味幸せだったのかもしれない。
家に帰ったら、何から何までお母さんにやってもらって、
そんなお母さん一筋の生活、
旺盛な食欲と、お母さん大好きの気持ちがミーの生きるエネルギーだったに違いない。
ミーがこんな生活を始めて三年半を迎えた今年の夏は、
梅雨が明けたと思ったら容赦ない猛暑が続き、
クーラーの入った部屋にいるミーも、さすがに体力が落ちてきて、
とうとう昨晩の夜、息を引き取った。
産まれてきた時、体が一番小さくて、ひ弱であったミーが、
結局一番激しく、強く人を信じ、長く生きた。
たかが畜生であり、犬でしかないが、
一つの命が、人を信じ、愛し、思いを寄せるミーの姿は、深い感動を与えてくれた。
言いようもなく寂しい。
ミーちゃん、一番ちっちゃいのが、一番強かった。