谷 好通コラム

2007年03月25日(日曜日)

1605.匿名性の呪縛より

昨日行った富山で地震が起こった。
M7.1というかなり大型な地震であったが、
高岡の娘夫婦と孫たちは全く被害がなかった。
震源地にごく近い所では家屋の倒壊など被害があったようだが、
高岡では、それほどまでひどい揺れではなかったという。
一時大変心配したが、本当に良かった。
富山に行くのが一日ずれていたら、私も地震にあっていたかもしれない。

 

災いはどこにあるか分からない。

 

天災とは意味的に全く違うが、
最近は、歴史ある大きな会社がいとも簡単に壊滅的な打撃を受けることがある。

 

使用期限を越えた牛乳を、
越えていない牛乳に混ぜて製品を作っていた雪印乳業。
工場のスタッフの通報で分かったらしい。
今では「メグミルク」とブランドを換えて販売を再開しているが、
かつての業容は取り戻せていないようだ。
不況から抜け出せない北海道の、
特にひどい酪農家の衰退に拍車をかける事になっている。

 

やはり期限を切れた牛乳?などの材料を使って、
製品を作っていた不二家は、
工場はもちろん、FC店までが休業状態にまで追い込まれ、
山崎製パンの子会社になるしか、創業家や社員を守る方法はなさそうだ。
アルバイトの通報が事件発覚のきっかけだったらしい。
何十年も続いた老舗が、ほんの一ヶ月や二ヶ月で壊滅的状況に追い込まれた。

 

 

両社とも、その企業姿勢に致命的な欠陥を持っていた事が主因であるのかもしれない
他を見て我が姿勢を見直すことを忘れてはならない。
そして、粉飾決算などで経営者を含む会社ぐるみで脱法行為をする会社などは、
言語道断であって、ここでの話とは別次元の事である。

 

両社とも、なるべくしてなった当然の衰退劇であるが、
それを前提にして、
もう一つ恐ろしいと思う事がある。

 

通報をした現場のスタッフやアルバイトは、何を思って通報したのであろう。
正義感に燃えて通報したのならば、
まず、会社の上司に、
あるいは経営者に直接「これではいけない。」と訴えていたのであろうか。
その上で期限切れの材料を使うなどの脱法行為をやめなかったので、
当局、あるいはマスコミに訴えたのであろうか。

 

組織が大きくなって、
経営者にまで現場の声が聞こえてこなくなっていて
中間でその声がもみ消されるような体質が生まれてしまっていたとしたら、
それも、やはり経営者トップの責任ではあるが、
自分に知らされる前に、
トップが知らない脱法行為が、突然、世の中に暴露されて
あっという間に歴史ある会社が壊滅状態に陥ってしまったとしたら、
こんなに悲しく、悔しく、理不尽に感じることはない。

 

もちろんそれもトップの責任ではあるが、
その人が、自分の会社の関係者に訴えると自分が不利を被ることを恐れて、
あるいは不快な思いをすることを嫌って、
腹にためて、自分に不快を被ることなく訴える方法が、
匿名でそれを外部に通報する方法しかないと思った時、
誰にも訴えずに、突然、外部に通報してしまうことがある。
“物を言わぬ通報者”である。
彼にとって、重要だったのは匿名性であって、
訴える相手が会社の人間では自分が誰なのか解ってしまうという理由だけで、
匿名性が確保される、つまり“自分を知らない外部”に、匿名で訴えたのである。

 

陰鬱であると言えばそうだが、ある意味で一面的に弱いだけなのだ。

 

 

現場の責任者で期限切れの材料を使っていた人も、
時間的な期限は切れているが、保存状況が良い材料だったので、
経験上、問題ないと判断して、
つい、使ってしまったのかもしれない。
そんな行為が、会社の存亡に関わるような事態を招くとは、
思ってもいなかったのだろう。
悪意のないままやった事なので、きっと驚いたと同時に、悔いたに違いない。

 

経営者も、
製造に使った材料に期限切れがあったらしいと報告を受けたら、
突然、テレビカメラが押し寄せ、
あなたの会社はとんでもない悪者だと決め付けられて、
次の日から、出荷はゼロになり、工場は止まり、店舗はすべて閉店状態。
あっという間に、企業そのものが行き詰った会社の経営者も驚いたに違いない。
まさに青天の霹靂。

 

しかし一番驚いたのは、通報した人かもしれない。
ちょっとした正義感で、外部の誰かに“言いつけたら”、
あっという間に会社が行き詰って、
何千人、何万人という人たちの生活が窮した事態にまでなってしまった。
「そんなつもりじゃなかったのに。」
と、びっくり仰天して、自分が恐ろしくなってしまっているかもしれない。

 

 

もっともっと怖いのは、
正義感とかそんなものとは関係なく、
相対的な不満を、外部どころか、会社が最も大切にする信用を壊す行為で、
自分の不満の鬱憤を晴らす行為だ。
週刊誌で読んだ事なので信憑性は疑われる話だが、一応世間に出た話として、
日本航空の連続トラブルが整備スタッフによる悪戯行為であった話がある。

 

日本航空(JAL)と日本エアシステム(JAS)が経営統合した時、
統合後も、お互いの給与体系は何も変わらず存在した。
パイロットの給与は、
日本航空の方がJASよりも高く、
整備のメカニックの給与は、JASの方が日本航空よりも高かった。

 

自分の会社の方が格上だと思っていた日本航空のパイロットは、
自分たちの給与がJASのパイロットよりも高いのは当然だと思い、
JASのパイロットも、何となく、大した反発はなかった。
しかし、メカニックは面白くない。
自分たちの方が格上だと思っている日本航空のメカニックより、
格下であるはずのJASメカニックの給与の方が高いのである。

 

それが面白くない、許せないと思ったごく一部の人間が、
大きな事故に絶対に結びつかないような部分を、
ちょっと、悪戯気分で、悪さをしたのだ。
当然、事故には結びつかなかったが、不具合が見つかって運休になったり、
不具合を直すために遅れたり、
そんな事態が続いて、
「日本航空の飛行機にトラブルが非常に多い。」と報じられ、
深刻な乗客離れが長期間に及んで起きた。

 

お互い経営不振で競争力を上げるために経営統合したのに、
一部の人間の給与の不満から、犯罪的な行為を引き起こし、
トラブルが連続して、航空会社にとって唯一の収入源である乗客を激減させた。
世間的には決して安くはない給与レベルであったのに。

 

トラブルが続いている頃、
日本航空の整備現場は、監視のためのカメラの、
面積あたりの数が、刑務所のそれより多かったと週刊誌は報じていた。

 

あれから日本航空の経営不振はますます深刻で、
かつて花の国際線で、女性の職場の最高峰であったスチュワーデスのさんが、
今は年齢を重ねてすっかりおばさんになってから、
「JALのスチュワーデスはおばちゃんばっかやな」と、
心ない言葉に耐えながら
「私たちの青春を救え」と、安い時給で頑張っている姿は、私的に感動する。
だから、私は、今、
ほとんどJALに乗っている。
日本人はかん官びいきなのだ。

 

話がそれてしまったが、
会社として、法律を完全に遵守する事は当然のことなので、
雪印も、不二家も安易に許されるものではないが、
脱法行為が日常化する前に、なんとか自浄能力で修正する事は出来なかったか。
匿名でしか訴えられない人が外部に言うまで自浄出来なかったのは、
たくさんの人の生活をあずかる経営者として悔しい思いがするのである。

 

しかし、匿名でしか訴えられない事も悪ではない。
本来ならば、誰にでも自分の信じる所を堂々と話す事は少なくとも出来て欲しい。
そういう人が豊富にいて、活発な議論が交わされ、
部署間の壁など全くないコミュニケーションがいつも存在していて欲しい。
それが風通しの良い会社であって、
お互いに自分の存在を明らかにして正々堂々と議論が交わされることが、
世の中に一流で通用する会社を作る唯一の方法である。

 

匿名で不満が語られるコミュニケーションとは、
ただの不満のはけ口であり、風通しの悪い会社の象徴である。
しかし、匿名でしか本音を話せない人もいるわけで、
インターネットという匿名性の高い文化が広く利用されるようになった現代、
そういう人が増えてくることは紛れもない事実であり、
市民権を持っていることも事実だ。
本来、インターネットでの匿名性とは、
悪意を持っているかもしれない相手に対して、
不用意に個人を露にしない安全弁であったはずなのだ。
反対に、携帯電話がかかってくる時、
“非通知”で自らを隠して電話をしてくる相手には“出ない”としている人が多いのは、
直接自分に対する匿名のコミュニケーションは許していない事実でもある。
匿名性とは本来そういうものであって、
知っている人達だけに限定された空間での匿名性とは本来意味を成さないものだ。

 

しかし、それでも匿名でないと話せない人もいる。
事実は事実として、
そういう人のための空間も必要なのかもしれない。
ただ、私はそういう空間での会話には全く興味ない。

 

匿名が前提のチャットが大好きな人もいれば、
自らを公に表現しようとするブログが大流行なのも事実だ。
両方とも市民権を持っていることを、受け入れなければならない。
匿名性を持った空間を私は認める。

 

 

だけど、お互い姿を見せて話そうよ。
その方が絶対楽しいよ。

 

※4年前に撮った富山市内から観た、キレイに姿を現した“立山連峰”

 

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    代表取締役会長兼CEO

    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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