2006年08月05日(土曜日)
1447.予選はたかが予選
仕事は楽しい。
朝一番で名古屋を出てきた大野君と一緒に、
静岡の施工店さんに行き快洗隊についての打ち合わせをした。
夢をある話を提案させていただくのは本当に楽しい。
午後からは富士スピードウェーに行き、
グリット予選に立ち会った。
結果は、?17のポルシェは、
クラス1の8台のポルシェの内の最後尾。
?25のインテグラは、
クラス4の内の最後尾。つまり全走行車の最後尾となる。
タイム的には、前の車に大きく取り残されたものではないが、
いずれにしても、2台とも、それぞれのカテゴリーで最後尾の結果であったことは、
痛恨の極みである。
2台ともそれなりの訳はある。
?17ポルシェは、
全ポルシェのうち唯一タイヤが違うメーカーで、
そのタイヤの調子がイマイチ出ず、悩んでいる。
?25インテグラは、
もう5年目の古い車であり、
改造度が広がった今年のレギュレーションに対して、
部品の調達が間に合わず、一番ノーマルに近い仕様で走っている。
ボンネットも歴戦の傷でいっぱいだ。
しかし、いずれにしても、二台とも最後尾であることには違いない。
他の車だって、色々な事情を背負って走っているのだろうし、
すべての車が万全であるとは限らない。
その中での最後尾なのだ。
結果が出た時、
しばらくの間、私は、自分が何でこんな事をやっているのか、と落ち込んでしまった。
宣伝広告の目的でレースに出るからには、
それなりの結果を出して、
ファンに注目をしてもらわなくてはならないし、
応援をしてくれている人たちにも応えなければならない。
それが、みんながガッカリするよな結果では、
かえってイメージダウンにつながり、
たくさんの宣伝広告費を費やしている意味がなくなってしまう。
「参加する事に意義がある。」はアマチュアのことであって、
多くのお金を投じて出場しているからには、プロであり、
プロはきっちり結果を出さなくてはならない。
このチームは決して、お金持ちが潤沢な資金を持って出場している訳ではない。
お互いが少ない資金を、最大限効果的に使って、
出来るだけ少ない資金で回している超倹約型のチームである。
だから、たくさんの仲間が手弁当でレースを手伝ってくれていたり、
助けられながら、みんなで戦っているのだ。
だからと言って勝たなくてもいい訳ではない。
むしろ、だからこそ、たくさんの人の好意に応える意味でも、
勝たなくてはならないのだ。
今回は2つのチーム体制で、2台の車を出場させている。
?17インテグラのチームの仲間と作戦を練った。
1.クラス4に出ているのは6台。
2.スタートドライバーの石川朗選手は、とりあえず、タイムが近い3台を当然のように抜き、4位に上がる。
3.二番手の畠中修選手(以後H.オサム)は、その順位をキープ。ただし前の車との間を詰めておく。
4.そのためにも、H.オサムは最初から全力で走る。
5.疲れ果てたら、根性のすべてを使ってきって頑張る。
6.限界を超したら、潜在能力を引き出して鬼のように頑張る。
7.三番手の田ケ原選手は、間が詰まった3位の車を情け容赦なく抜く。
8.めでたく3位に上がったら、そのままコールをして、表彰台に上がる。
9.みんなで、よかったよかったと、泣く。
9段階の複雑な作戦であるが、実に底の浅い無責任な作戦でもある。
鍵は、予選最下位でもヘラヘラと明るいH.オサムの根性と潜在能力にかかっているか。
何はともあれ、
今日は予選。
たかが予選である。
レースは明日の決勝であって、
今日のは、ただの予選である。
明日、決勝で勝てばいいのである。
予選なんか何位であっても構いはしないのであって、
要は、明日の決勝に勝って何ぼなのだ。
しかし、思うに、
それがどんなにのんびりしたレースであろうとも、
なんであろうと、
レースは自分で出てこそ楽しいものだ。
自分が出て走って、戦ってこそ、激しい緊張感を持つ事が出来、
頭の中の余剰アドレナリンを爆発的に噴出する快感を得ることになる。
レースは決勝に勝って何ぼであり、
レースは自分で出て何ぼなのである。
見ているだけのレースは、見ている自分が情けなくて仕方がない。
スーパー耐久など、私なんかとはレベルが違い過ぎる事はよく解ってはいるのだけれど、
「走りたい~~~ッ」と、心の奥で叫んでいる自分が、また情けないのである。
前日に続いて、カメラマンの中村プロから予選中の2台の走りっぷりを撮った写真が送られて来た。
本来この話は、「スーパー耐久参戦記」に書くべきなのだが、
そちらには、決勝を走り、結果をまとめてから書きたいと思っています。