谷 好通コラム

2004年11月09日(火曜日)

1057.弁当vs優しい笑顔

大連からは成田経由で名古屋に帰る事になっている。
今はその飛行機の中だ。

 

乗っているのは全日空NH904便、
日本の飛行機である。
・・・・・
正直言って、ホッとしている。
耳に中国語が入ってこないだけでも、ホッとしている。
ANAのマークがうれしい。
もうすぐ日本に帰れるのだ。

 

私は中国が嫌いではない。
多分日本人の中でも
特に中国に親近感を持っているであろう日本人の一人であるし、
中国料理を何でも本当においしく食べられる一人でもあると思う。

 

好きか嫌いかで言えば、大好きである。

 

しかし、
疲れるのだ。
いちいち自己主張している中国人たちに。

 

車を運転しても、自分が走るのに邪魔ならば、
多少の事であっても、遠慮なくクラクションであり、パッシングであり、割り込みである。

 

中国の空港では、空港の“中”を走って、飛行機まで行くバスだって、
平気でクラクションをならすし、割り込みだってするのです。(ホントなのだ。)

 

中国人同士の話は、いつも言い合いになっているようで、
喧嘩のようにさえ聞こえる。
レストランでの料理の注文でさえ喧嘩腰のように聞こえるほどだ。
李さんに聞くと、本当に文句を言っていることが多いと言っていた。

 

中国にいると、
自己主張だけのツッパリ共に囲まれているような気がしてくる。
ホテルでもそうだし、
飛行機に乗ってもそうだ。
中国の人は、
みんな、ツッパッテ、
「ナメんなよ。」「バカにするんじゃねえ」「俺は強いだぞ」と、
お互いに虚勢を張り合って、
威張って、ワンワンと吠え合って、突っ張って
いつも、そんなことに頑張ってしまっているような気がする。

 

そんな中にいると、
そんな風には頑張れない私は、本当に疲れてしまうのだ。

 

と言っても、
日本人であっても、
自意識のかたまりのような人もいる。
自意識の強い人は、自分の行動とか言葉によって
“自分がどう見られるのか”とか、どう見られているのかばかりが気になって、
全体の状況とか、相手にとってとか、お互いにとっての目的がまったく見えない。
そういう人だっている。

 

あるいは、日本の一部のオバサン軍団の恥を忘れた図々しさは、
世界でも一級品であろう。

 

そういう意味で、
中国人だけが自己主張が強すぎるとも思わないし、
実は日本人だって自意識が強く、
あるいは自分のことしか考えられない人もいる。

 

日本人が、
それぞれに違う個性と価値観を持っているように、
中国人だって、
色々な人がいることは間違いない。

 

私が中国においてビジネスパートナーに選んだ人たちは、
自己主張ばかりの、チャチなツッパリではない。
きちんとしたビジネス感覚と、責任感を持った人たちであることを信じている。

 

しかし、一般的な人たちの平均的な価値観は、
中国では、
スチュワーデスさんの愛想と気配りよりも、弁当の機内サービス。
ニコニコなんかしてくれるよりも、弁当を出してもらった方がうれしい。
日本では、
接客の基本は、あくまでも“笑顔”である。(前話より)

 

私は日本で生まれ育ったからなのか、
あるいは、私がそういう環境で育ったのか。
やっぱり、
私は、“弁当”より、“笑顔”がうれしいと思ってしまうのだ。

 

このところ中国の飛行機に乗ったり、色々な事があって、
中国の国際便と国内便に慣れてきていた。

 

でも、久しぶりに日本の航空会社の国際便に乗ると、
ANAの制服に身を固めて、
笑顔をもって、しとやかな日本語で話しかけられ、
そして、気を配りの行き届いた機内サービスを受けていると、
「やっぱり、私は日本人なのかなぁ、やっぱこれがいいわぁ」と
つくづく思ってしまうのでした。

 

 

今朝は、大連でのお客様との約束の時間になってから、起こされた。
いつも、だいたい決まった時間に起きられるのだが、
このところ連日の出張で疲れたか、
この日は、起こされるまでまったく気がつかなかった。

 

8時半の約束の時間になってから起こされても、
お客さんとの約束に間に合うわけがない。
たった15分で、顔を形だけ洗い、とりあえず荷物をカバンに押し込んで、
あわててロビーに降りていった。

 

今日発見したこと、
あわてて起きると、いつまで経っても頭も体も眼を覚まさないこと。

 

大慌てでロビーに降りて、客に詫びを入れる。
わざわざホテルまで来てくれたのに、会社の代表が寝坊しているなんて、
会社の恥である以外の何者でもない。
一生懸命に眼を覚まそうとするが、頭の芯が痛く、ボーっとしている。
それよりも、体の方がもっと眼を醒まさないようで、
シャキっとせず、
いつまでも、自分の体ではないような気がする。
同じ気温の中にいても、暑くなって汗が出たり、ゾクゾクッと寒くなったり、
「こりゃまた風邪がぶり返すかもしれんなぁ」と、少し怖くなったぐらいだ。
そんな感じが6時間も続いた。

 

朝は、トイレ、洗顔、朝飯、歯磨き、トイレ(私は朝二度行くのだ(^。^))
この一連の朝の行事は、体と頭が眼を覚ますために必須だったのだ。

 

午前中の仕事を無事終わらせて、あとは大連空港に行くのみ。
飛行機は1時半。

 

少し時間があるからと、朝飯兼昼飯をご馳走になることにした。
私は朝ごはんを食べないと、絶対に持たない。
朝飯兼昼飯は、私を空腹地獄から救ってくれた。

 

レストランから、長い貨物列車が通り過ぎるのが見えた。
朝からの霧も次第に薄くなってきて、
どうやら、無事に飛び立てそうである。

 

 

飛行機は午後1時40分
レストランを出たのは、午後0時10分。
ゆっくりは出来ないが、絶対に間に合う時間である。
ところが、霧がなかなか晴れ切らなかったので、念のために空港に電話をして見る。

 

そうしたら、
名古屋行きの飛行機は、午後1時ちょうどだと、空港の係員が言うのだ。
びっくり!
あと50分しかない!
空港までは30分ぐらいはどうしてもかかる。
このままでは乗り遅れてしまうのだ。

 

送ってくれたタクシーの運転手さんは飛ばしに飛ばした。
(最高時速140kmまで出ていた。)

 

おかげで、何とか空港に滑り込みセーフ。
あわててチェックインして、急いで入管審査を受けて
(大連のイミグレーションは空いている。)
小走りにボーディングロビーに行く。
出発まであと10分だ。

 

と、ゲートでは、のんびりと私の乗る飛行機の前の便、
JALの搭乗が始まったばかり。
あれ~っと思って、係員に聞いたら、
「あなたの飛行機は1時40分ですよ。
搭乗まであと25分もあります。ロビーで待っていて下さい。」と言うではないか。

 

電話で答えた係の人が、今搭乗を始めたJALの便と間違えて、
「1時です。」と言ったらしい。
しかし、それにしても、
その係の人は、「1時40分の便なんてありません」とも言ったらしいのだ。
実にいい加減なものである。

 

いずれにしても、
私は、そのあとゆっくりとタバコを3本くらい吸って、しばらくボーっとして、
のんびりとANAの飛行機に乗ったのでした。

 

・朝、寝坊して、15分で必死で用意をして、
・頭と体が眼を覚まさないまま、
・眼をこじ開けながら大切な商談をして、
・契約にまでこぎつけて、
・朝飯と昼飯をまとめて食った。
・空港へ行く途中、飛行機の時間がまったくないと言われ、
・必死こいて空港に滑り込み、走ってゲートに行ったら、あと25分もあると言われ、
・体と頭がバラバラになりそうになって、タバコを3本立て続けに吸った。

 

ぐったりである。
心底くたびれた。

 

そんな時に目の前に見えた日本の飛行機は、
実に頼もしく、実にやさしく、
「ご苦労様でした。」と私に声をかけてくれたような気がした。

 

 

時間が来て乗ったANAのボーイング767は、
昨日まで乗っていた中国の飛行機とはまったく違う乗り物のように見えた。

 

昨日までの中国の飛行機は、A320であり、DC9であり、
細いボディーを使ったナローボディ機だから、ワイドボディの767よりうんと狭い。
昨日まではエコノミー席であったが、
今日だけはビジネスクラスを取った。
だから、乗ったときの風景が、昨日までとはまったく違ったのは当たり前である。

 

しかし、
スチュワーデスさんが、
天使のような笑顔で、しかもやさしい日本語で、
「ひざ掛けはお使いになりますか?」と聞いてきたとき、
私は思わず目に涙が滲んでしまうほど感動した。

 

「俺は、やっぱり“弁当”より、やさしい“笑顔”の方がいい~~!」

そのあと、そのまま30分ほど、管制塔からの指示待ちという空白の時間があって、
私は、ウトウトっと寝てしまった。
眼が覚めた時、まだ飛行機が出ていず、
時計は30分も過ぎていたのにはビックリしたが、
寝ていた私にそっとかけられた毛布が、また、私を感動させたのでした。

 

「やっぱり、“弁当”より“やさしい心配り”が、俺はうれしいな~。
やっぱり俺は日本人だ~」

 

 

30分寝た私は元気になっていた。!(^^)!

 

大連空港には、旧ソビエトの戦闘機が滑走路わきに並んでいた。
今度こそ、あれを絶対に撮らなくては。

 

すっかり元気になった私は、
ようやく滑走路を動き始めた飛行機の窓にカメラをくっつけて、
初めて見る東側の戦闘機を撮りまくったのでした。

 

まず、MIG(ミグ)17「西側の通称ファゴット」
朝鮮戦争時代の超旧式ジェット戦闘機。
デビューから50年は経っているはずだ。
前部にカバーをかけてあるが、その状態から見てまだ現役のようである。
普通ならとっくに博物館行きだ。
こんなんがまだ本当に飛んでいるのかしらん。

 

 

次にあったのがMIG21「通称フィッシュベット」
ベトナム戦争時代に、アメリカのF4ファントムにバッタバタに撃ち落された奴だ。
軽量が本領の安い戦闘機。
カバーを被されているが独特のラインですぐ分る。
いまだに、発展途上国ではこの戦闘機を現役バリバリで使っている。
東側戦闘機のベストセラーであった。

 

 

白く塗られているMIG21のような戦闘機。
ちょっと垂直尾翼とボディの上側のラインが違うような気がする。
ひょっとしたら、戦闘攻撃機Su(スホーイ)17かもしれない。
遠くだから分らないが、MIG21より少し大型のはずである。
修理中か?

 

 

左側の小さな戦闘機は、中級クラスのジェット練習機のようだ。
方から見て、旧ソビエトの流用ではないようだ。名前は分らない。
右にいるのはMIG21だ。

 

 

あれっと思った。
Su17とMIG17が、解体されているようなのだ。
こんな所まで開けっ広げにしているなんて、もう開放というレベルではなく、
軍としてのルールも何も無くなっているような気がする。

 

 

何はともかく、名古屋に帰ってきた。
成田経由だったので、名古屋空港に着いたのは午後8時半過ぎ。
長い1日だった。

 

今回の出張は、実質2泊2日の短いものであったが、
たくさんのことを考えさせられ、また実のある出張でもあったのでした。

 

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    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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