谷 好通コラム

2002年12月10日(火曜日)

589話 恐怖が消える時

耐久レースのスタートは、車が重い
燃料タンクを満タンにして出て行くからだ

 

耐久レースでは、ブレーキの効きが鈍い
よく効く軟らかいブレーキパッドだと、最後まで持たないので
硬い、しかしあまり効かないブレーキパッドをつけて走る

 

耐久レースでは、エンジンを目いっぱいまで回さない
短距離のレースならば
私たちのレビンで、8,400回転
一発勝負の時には8,600回~800転ぐらいまでエンジンを回す
しかし、そんなに回したのでは耐久レースではエンジンが持たないので
8,000回転ぐらいで抑えて走る

 

耐久レースでは、縁石を踏まない
短距離ならば
コースの内側の縁石をガタゴト言わせながら
車を引っ掛けるような感じでコーナーを曲がり
出口でも、目いっぱい膨らんで外側の縁石を踏むこともたびたびである
しかし、耐久レースでは
そんなことをしていたら、ドライブシャフト、ハブが持たないので
踏まないように、コンパクトに回るようにする

 

耐久レースは、最後まで走りきって
それもノントラブルで、規定のピットインをこなし
初めて入賞のチャンスが来る

 

ただ単に速いだけでは、絶対に勝てないのだ
そして「作戦」も重要な要素になる

 

私たち25番は
スタートを私が努め、2番目に吉田君が走り
最後にH.オサムが走ることにした
?谷・?吉田・?畠中の順である
それがどんな作戦かというと

 

○作戦その1
?谷・1分46秒7、?吉田・1分47秒0、?畠中・1分43秒6!

 

遅いのを先に2人走らせておいて
後から追い上げようという作戦

 

特に、スタートドライバーの谷は「鈍い」のを買われた

 

▲スタート直後のブレーキは、なじみが出ていないので、ロックしやすい
□タイヤが温まっていないので、スピンしやすい
☆燃料が満タンなので、ケツを振りやすい
▼スタート直後はみんなエキサイトしていて、ぶつかりやすい

 

などなど、平常とは違う状態があるのだが
谷は、「鈍い」ので
それに気がつかないほど、ある意味、たくましいのだ

 

いずれにしても、谷も吉田も
決して速い方ではないので、先に走らせておいて
バリバリに競争力のあるH.オサムに勝負を掛ける

 

「追う者」の方が
「追われる者」より
はるかに、モチベーションを高く持てるのだ

 

情熱的で、乗せると乗りまくるH.オサムにぴったり
それに燃料が少なくなる終盤
車が軽くなった時に
一番速いH.オサムがタイムをつめて追っていくのだ

 

○作戦その2
?谷・90kg、?吉田・82kg、?畠中・52kg

 

ピットストップの時間を出来るだけ短くしよう、という作戦
ピットストップでは燃料給油もするが
給油は危険なので、たっぷり2分掛けることがルールになっている
ここでは時間はどの車も同じ
問題はドライバー交代なのだ

 

燃料を入れた後
大急ぎでドライバーが交代するのだが
ここで時間が掛かるのが
シートベルトの調整
シートベルトを短くするのは、引っ張れば簡単に出来るのだが
伸ばすのは、少し手間が掛かる

 

そこで、交代の時にシートベルトを短くすればイイ順番
つまり、“デブ”順にしたというわけ
(これは私の勝手な想像だが、絶対そうに決まっている)

 

※デブ順で最初に走らされる谷と、なだめるH.オサム?

 

 

いよいよ決勝
耐久レースのスタートである!

 

コースインと、ピットウォークが終わって

 

ローリングスタート
先導車について、1周ゆっくり回った(フォーメーションラップ)あと
そのまま止まらずに、ゴールラインを走り抜けて一斉にスタートする方式

 

この時が一番ドキドキする
が、恐怖心はまったくない
ワクワクの絶頂なのだ

 

フォーメーションラップでは、タイヤを暖めるために
ハンドルを大きく右に左に切って蛇行する
また、パッド当たりを取るために、アクセルを踏んだままブレーキを踏む

 

スタート前もなかなか忙しいのだ

 

いよいよ先導車がピットロードに引っ込むが
ゴールラインを超えるまで前の車を抜いてはいけないので
みんな牽制し合いながら
ゴールラインを目指す

 

その内に、トップの車がアクセル全開で加速を始めると
本当のレースの始まりである
排気音が突然、爆発のカタマリのような大爆音に変わり
第1コーナーに殺到する
もうグチャグチャである

 

この瞬間が一番気持ちいい
透き通ったエクスタシー
何も怖くない
ただ、ただエクスタシー

 

第1コーナーの立ち上がりで
目の前にいた黄色のシビックがふらついた
瞬間的にハンドルを、拳一つ分だけ内側に当てる
案の定、黄シビックはコースの外側にすっ飛んでいった
コース外の土が
塊になって降ってきた
それがドッドッドッと大きな音がして、私の車にぶつかってきた

 

不思議なことに、まったく怖くなかった
極度に集中していると、恐怖感はなくなってしまうのか

 

車は無事だ
続いて第2コーナー
ここも勝負どころである
ここで、自分より少しだけラップタイムの遅い車に、前に行かれてしまうと
しばらく頭を抑えられてしまい
苦労する

 

しかし、ここも難なくパス
最初の1周を回り終わる頃には
順調にラップライム順に、縦の隊列が出来
遅いクラスの車ははるか後ろに下がっていく

 

後は淡々と、淡々と

 

エンジン回転を8000に抑えて
縁石を踏まずにコーナーを抜け
確実にヒールアンドトーとシフトを繰り返しながら
水温と、油圧をチェック
少しだけ水温が高めだが、それも前に車がいる時だけ

 

私の担当は22周
上のクラスのバカっ速い車が、私をラップ遅れにしていく時
慎重にコースを譲り
逆に、下のクラスの車を周回遅れにする時は
大胆かつ慎重に抜き
チョっとしたドラマがいっぱい起きながら
周回を重ねる

 

 

しかし、ラップタイムが上がらない
最初の2.3周はなんと50秒台
すぐに49秒台に上がるが、48秒台には届かない
少し焦る
予定では、48秒前半で走ることになっていたのだが
これでは1周1~2秒
22周で、30秒以上も予定が狂う

 

しかし、耐久レースでは、無理が一番いけない
マッいいか

 

あとで解かったのだが
やはり満タンの燃料が大きく響いていたようだ
あのH.オサムですら
満タンで出て行った直後は、49秒台しか出なかったのだから

 

バックグラウンドのスタンドで、応援に来てくれた柴田さんたちが
手を振ってくれているのがよく見えた
うれしくなって
私も、窓から手を出して振ったら
シフトダウンを一つ忘れてしまい
コースを出そうになってしまった
それからは
もうレース中に手を振るなど不真面目なことはやめた

 

まじめに22周を回り終わり
ピットインを示す[P]のサインボードが出た時には
「もう3周ぐらい走っていたいなぁ~」
なんて、自分でもびっくりするようなことを思ったのだった

 

ピットに帰ってきて
車を降りた瞬間がまたイイ
ピットの人たち全員が、私の車を迎えてくれ
キビキビと作業をしてくれる
ピット中がピリピリしているのだ
一つの目的に向かって、全員の意識がピタッと合い
水も漏らさぬ動きが決まっている

 

そして、ヘロヘロになって帰ってきた私に
見物の人たちの注目が集まる
第2ドライバーの吉田が
ヘルメットを被って車のコンディションを聞いてくる
「何の問題もない、いい感じだ!」
私もヘルメットを被ったまま、怒鳴る
ヘルメット通しがぶつかる

 

役目が終わって
ヘルメットを脱げは
汗でぐっしょりとなった顔が出てくる
みんなの視線を感じる
一瞬だけ
ほんの一瞬だけ、私はヒーローなのだ
(チョッとデブいけど)

 

さあ、今度のレースはいいところへ行けそうだ
車にも、コースにもまったく問題はない

 

谷が走った後は
いよいよ今度は吉田が走る番

 

※車に乗り込む直前、空を見る吉田

 

 

そして真打、H.オサムが控えている
面白くなりそうだ、このレースは!

 

(長くなり過ぎて、クライマックスはまた明日に)

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    代表取締役会長兼CEO

    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
    読めば読むほど元気になること間違いなし。・・・の、はず。

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