2002年10月28日(月曜日)
558話-? GT選手権
この話、もったいぶって2話に分けたが
大した理由はない
写真をたくさん載せたかったこと、と
昨日は、目が疲れてしまって
書くのが辛かっただけ
スンマセン(^_^)v
さて
話はレースに戻る
我がMR-S、No.17、松永選手
スタートして何周目か1台抜いて
サァこれから追い上げが始まるぞ、という態勢になった
レースは、300km
90周ぐらいの長丁場
これからである
デジタルカメラのスマートメディアも、64Mbをカラッポにしてある
撮りまくるぞ、と構えた
見物場所はグランドスタンド
ここからはストレートしか見ることが出来ない
しかも、ほぼ満席状態で
(MINEに通い始めてから早2年、満席のグランドスタンドは初めて見た)
なかなか良いアングルが取れない
スタートをグランドスタンドで見て
しばらくしてから
色々なコーナーに行って
我が17番のデットヒートの勇姿を撮るつもりであった
そろそろ移動しようかと
思いつつ
もうチョッとだけと
ストレートでのスピード感ある流し撮りに挑戦していた時
17番MR-Sが、ストレートに現れないことに気が付いた
「あれ?来ない」
ほとんど同時に、私とへな?がつぶやいた
2周分ぐらいの17番のいない周回を見て
ピットロードに
ノロノロと入ってくる17番を見付けた
なんと
17番は、ピットロードを進み
そのままピットの中に入ってしまったのだ
入ってすぐに
松永選手は車から降りてしまった
これは即、リタイアを示す
松永選手は
ヘルメットまで脱いでしまって
ピットマンになにやら話している
「終わった・・・」
2人とも無言でその様子を見ていた
その頃、レースは10周目ぐらい
トップグループは3台がらみで、ものすごいデットヒートを繰り広げ
スタンドは盛り上がっていた
しばらくボーっと
ストレートを走り去っていくレースカーを見ていたが
思い出したように
「行こうか」と、腰を上げ
17番MR-Sのピットに行くことにした
ピットのテントの中に、松永選手がいた
私、「残念でしたね」
松永選手、「スイマセン」
リタイアの原因は
ドライブシャフトが“抜けて”しまったのだそうだ
私たちのレースカーでも
ドライブシャフトのトラブルは日常茶飯事だが
私たちの場合、車がFF(フロントエンジン・フロントドライブ)
ドライブシャフトは“折れる”
17番はMR(ミッドエンジン・リアドライブ)
構造的に全く違うが
ドライブシャフトが“抜ける”という状態は、全く想像できない
「へぇ~」と思いながら
申し訳なさそうに説明する松永選手に、何とも言いようがない
今回は全く残念な結果であった
宣伝効果という意味でも
全く不本意であった
しかし
レースとは、何があっても不思議でないもの
「仕方がない」としか言えない
来月の鈴鹿では
ぜひ、MINEの分まで活躍してくれることを
祈るばかりであった
この日は、テツ清水もビッツレースに出場したが
クラッシュに巻き込まれて
やはり
残念な結果に終わったそうだ
こんなこともある
こんなこともあるのだ
レースだから・・