2022年01月01日(土曜日)
01.01.資本論的考察によるクルマを「きれい」にする美学
最近のベストセラー本で「新人世 資本論」という本があって、
社内の勉強会で使われていたものを読んだことがあり、
NHKのテレビ放送でも、資本論が取り上げられていて興味を持って見ました。
そこで語られていたことで、
あくまでも利潤を追求する資本主義においては、
その効率を上げて行く過程で、
ある時機、人がやっていた単純作業の機械化が劇的な効果をもたらして、
単純作業から人間を解放し、劇的に生産効率が上がった。
しかし、それは単純作業を労働者から取り上げた歴史でもあるが、
単純作業が無くなった分、飛躍的に給与が上がり、消費に拍車がかかった。
しかし更に現代になると、
機械はより複雑化した作業をもこなし、
例えば、
製造工場ラインのロボットは、
ラインに立つスタッフの数を大幅に減らして
製造コストのダウンを実現して、
販売価格の競争力を上げた。つまり物の価格が下がった。
もっと前、30年~40年くらい前の昔ならば、
出荷量50kl程度のちっぽけなガソリンスタンドでも、
一つの店舗に必ず1人、事務員さんがいて、いつも何かの計算をしたり、
何かを書いていた。
いつかPOSと呼ばれるコンピューターが店に入ったら、
あの人たちは一斉にいなくなったが、どこへ行ったのでしょう。
あるいは、例えば、
日本国中の銀行やコンビニに置いてあるATMは、
銀行や郵便局の窓口業務の量をうんと減らし、
銀行員の数を劇的に減らした。
銀行窓口の女性銀行員さんはあの時代のOLの中でも花形で、
銀行マンと結婚するのが女性のエリートコースであったが、
あの人たちはどこへ行ってしまったのでしょう。
さらにAIの出現によって、
機械が人間の手から知的作業までも奪いつつある。
給与計算や経費計算など計算の為のコンピューターソフトが発達して、
人間は設定作業をするだけで、実際の計算はほぼ機械がするようになった。
計算は、それがどんなに複雑であっても、量が多くても、
コンピューターの大の得意技であり、
効率は一挙に上がるし、
相当難しい問題を含んだ計算でも、
AIは難なく解決して瞬間に計算する。
それどころか、
未来の世界では税務署と会社の経理コンピューターがオンラインになって、
税務申告は無くなる時代が来るのかもしれない。
そうなると、
会社の事務所機能はびっくりするくらい小さくなっているのは間違いない。
資本主義的な利潤の追求による効率化とは、
労働の、人から機械への変更であり、
それが高度な労働であればあるほど
高い人件費を機械化する事になって節約できる額は増えるので、
所得の高い職業ほど機械化しようとする。
あるいは、現代の資本の効率化による利潤の追求は、
複雑な仕事ほど機械化したので
かえって仕事が単純化し、
正社員である必要性のある仕事が減るので
正規雇用者は減り、アルバイト、非正規雇用、契約社員などがどんどん増え、
一人当たりの雇用コストが減り、資本の利潤はますます増えて行く。
しかし労働者は雇用形態が安い労働力の形態にますます変化して、
時給による雇用形態がすごい勢いで増えて、
ある程度自由ではあるが、絶対的な給与金額は低く、
資本の利潤追求=効率化にとって便利な働き手になって行く。
資本主義の社会の中で、
利潤の追求が進めば進むほど、
機械化と雇用の非正規化で効率化が進むが、
人間は安い労働力であると共に、
平準化された消費者としてマーケットの中に組み入れられ
この両者が同時に成り立ち「人間の疎外化」が進む。
ところが、この人間の疎外化からはみ出して存在し続けられる人もいる。
それが芸術家であったり、
創造性を持った何かを造り上げる職業の職人さん達であり
人間の感性をもって成しえる仕事に就く人たちです。
たとえば、その中にはKeePerもそうなのでないかと思うのです。
KeePerは車のキレイという人間の感性を相手に、
技術者達が自らの感性を持ってキレイを作り出す職業だから、
※ここからは、前話からの引用がしばらく続きます。
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車とは良いケミカルと技術と道具があれば
誰がやってもキレイになるかと言えば、そうはならず、
作業をする人が、その車を本当に”キレイにしたい”と思わなければ、
車は充分にキレイにはならないのです。
これは安易な精神論ではなく、
車の汚れは千差万別で、
汚れとして見えないものでも”艶のムラ”とか、ボケとか、
その気になって見なければ見えない汚れというか、キレイでない元があります。
だから「車のキレイ」とは、機械的なセンサーだけで計る事は不可能で、
あくまでも人間の感性でこそ判るものです。
だから、そのきれいさを作り出す事も、結局、完全な機械化は無理でしょう。
と言っても、
これはある程度レベルの高い意味でのキレイさの事です。
車に着いていた泥・ホコリなどの類の汚れがなくなるレベルのキレイさ、
つまり「洗車」レベルのキレイさは、
はっきり目に見える汚れがゼロになるだけの事ですから、
機械でセンシング出来るし、ゼロに戻す事は機械でも出来ます。
いわゆる洗車機は世の中にはいて捨てるほどありますし、
雨降り後のドライブスルー洗車の前に並ぶ大行列は、街の一つの風物詩です。
そのキレイさで十分な人にはそれでいいし、機械が一番便利なのでしょう。
ところが、
そこに艶の具合とか、清潔感とか、撥水具合、触り心地とか
洗車機だけでは得られない種類のキレイさを求める人もいっぱいいます。
特に日本人のきれい好きは、
ギラギラ光り輝くきれいさではなく、
むしろ清潔感を求めるきれい好きであり、
「艶」も、ギラギラよりも、透明感であり、発色の豊かさを求められます。
こういう清潔感と透明感を求めるようなキレイさは、
やたらと塗装表面を削り取って磨いたり、
何かをゴッテリと塗り付ければ出来るものではなく、
繊細なケミカルと洗練された技術があって初めて造り上げられるものです。
だから、いくら効率化を求めて機械化を図っても、
人間の感性に訴えるキレイさは、
やはり人間の感性を発揮した技術が必要であり、
その感性を引き出すには、
その車をキレイにしたいと本当に思う気持ちが大切になってきます。
単なる精神論に聞こえるかもしれませんが、
その人がその車を本当にキレイにしたいと思って、
正しい技術と知識を持って作業をすると、
その車が、お客様が本当に驚いてくれるようなキレイさになるから、
本当の事なのです。
では何故、作業スタッフは「その車を本当にキレイにしたい」と思うのか。
その動機は、その車のお客様が喜んでくれることを、
作業者が楽しみにするからです。
いい加減に仕事をすれば、お客様はがっかりするけど、
きちんとキレイになるとお客様はすごく喜んでくれるので、
それが楽しみで、その車を本気でキレイにしたいと思うなら、
それは作業スタッフにとっても、、お客様にとっても幸せな事で、
その車が、お客様の感性を満足されられるほどキレイになったら、
その高い付加価値を認めていただけるでしょう。
そうすれば、
お客様にとっても、作業スタッフにとっても、会社にとっても、
いずれも三者が満足できる、Win.Win.Winの関係が出来上がります。
一つ問題があるとすれば、
作業スタッフが、本当にお客様の喜びを自分の喜びと出来るかどうか。
その気持ちは、何度もお客様が喜ばれる所を見て体験していく事で育ちますが、
それ以前に、
人の気持ちを、自分の気持ちとして感じる元々の価値観、
つまり「共感性」を持っている人であるかどうかが、
もちろん全員が正社員であり、まず前提としての問題ですが、
私たちは、面接段階でその点をよく気を付けるようにしています。
それだけでも、あとがずいぶん違ってきます。
それはさておき、
KeePerが人間の感性を十分に使って、
お客様の感性に響くキレイを作り上げられるのならば、
その価値を安売りし始めると、
生産が機械化された商品とか、労働形態が非正規化して造られる商品のように、
人間の疎外化という行く末にたどり着いてしまう。
KeePerをKeePerとしての意味で、
人間の感性を活かした商品であり続けるには、
人間の感性に響く商品として提供し続けるには、
人間の技術と感性を十二分に活かし続けられるように、
お客様の喜びを自分の楽しみにして、
本気でキレイにしたいと思いながら作業することが出来る為に、
KeePerがKeePerとしての価値が守られていく事が必須であると思うのです。
それが、KeePerに集ったほぼ全員正社員の仲間たちを守る事でもあり、
KeePerを愛してくれる何百万ものお客様の期待に応える事であり、
それを支えてくれている数万の技術者の仲間たちに応える事です。
KeePerを支えるすべての仲間たちを守り、進化して行く為に、
KeePerがKeePerとしての価値が守られていく事がどうしても必要です。
その手段として、
1つが、今の時代が求める商品の開発であり、
その答えが今年は、
例えばECOプラスダイヤモンドキーパーであり、
販売拠点とサポート拠点の二つの意味を持ったKeePer LABOを
全国にくまなく配する形で拡充することにあります。
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