2022年07月08日(金曜日)
07.08.見知らぬ者の自己満足の為の殺人で、死ぬとしたら
今日の安陪元首相暗殺の事件は、
この41歳の犯人は思想的あるいは宗教的、政治的な背景があって、
それを元に、安倍元首相を「敵」として暗殺したのではなく、
つまり何らかの大義名分のある目的があった訳ではなく
あの犯人の、自己満足の為、自己顕示欲の為だけに犯行に及んだのではないのだろうか。
そんなような気がしてならない。
だとしたら、亡くなった安倍元総理がそれを知ったら、
どんなにか悔しいだろうか、想像に難くない。
政治は戦いであり、
たとえば政敵の凶弾に殺されたのならば、
それは戦いの中での討ち死にであり、
良い悪いは別にして「負け」という一つの意味を持つ。
相手がどんなに卑劣な手段を取ったにしろ
「戦いに負けた」という意味にはなる。
しかし、
政治信条などに関係なく、
動機がただ単に「大きい事をやりたかった。」とか、
「世間から注目されたかった。」だけだったりしたら、
自分の死に、「負け」という意味すら持てなくなってしまい、
本当に死んでも死に切れないだろう。
私だって、そんな死に方だけはしたくない。
自己満足の為だけに人を傷つけるような卑劣な行為は、
日頃の生活の中にもゴロゴロしている。
学校の中での陰惨な「いじめ」であり、
自分勝手な動機で子供を放置して死なせてしまう鬼のような親であり、
自己満足の為に何万人もの人を殺しても平然としているプーチンのようだ。
奴は自己満足の為だけで
無数の人を殺すことになる核爆発でさえ、躊躇しないのだろう。
そんなことで人類が全滅するのだとしたら、
誰でも死んでも死にきれないだろう。
今はただ、凶弾に倒れた安倍元総理のご冥福を祈るばかりです。