2022年07月28日(木曜日)
07.28.大昔の借金の話。
大昔、三十数年前ガソリンスタンドとして起業し、
事業を拡大しようとして二軒目を持ったが、
その当時の特別措置法でガソリンスタンドとしての運営が出来ず、
洗車などだけで運営しなければならなった時がありました。
しかしそれがきっかけでコーティングと洗車のビジネスに転換したのだから、
今となっては良かったのですが、
その転換期の頃は、資金繰り的に非常に苦しい時代があり、
月末に金がない時代が何年か続いたことがある。
しかし、
資金に余裕が無くても、絶対に仕入れの支払いはせねばならないのは当然で、
従業員さんの給料を遅配すれば、たちまち不安が拡がって辞めてしまうので、
払っても払わなくても自分たちの自由になるのは、
自分達の給料だけなので、
何か月か、自分達の給料だけ取れなかったこともあった。
そんな時も、連れ合いは文句一つ言わずに一緒に働いてくれたが、
何十年か後、経営が楽になってから
「あの時は一番働いている自分達だけが給料無しで、とても悲しかった。」と、言った。
そんなに支払いには大変だったが、
従業員への給料の遅配は一度もなく、
仕入れの支払いも一円も削らず期限通りに現金で払った。
そんなことは、事業をやって行く上では当たり前のことだが、
あの時に、自分の給料欲しさに、
支払いを少しでも滞ったり、不当に値切ったりしていれば、
この会社の今は、絶対に無かったと言っていい。
だから当然、あれはあれで本当に良かったと思っている。
しかし、苦しい時代はそんなに続くことはなく、
新しい店舗でやり始めたQシステム(今のピュアキーパー)が、
たくさんのお客様に支持され、たくさん売れて、自分達の給料も普通に取れて、
“普通に”経営できるようになると、
すぐにまた次の展開がやりたくなって、
新しい事を始めていて、相変わらず月末にはいつもピーピー言っていた。
そんな時代には、当然借金もしなければならず、
かと言って、まだまとまった借金が出来るほど会社の信用もなく、
数百万円レベルの借金を複数の金融機関からしていた。
その頃メインにしていたのは、
起業当時からのメインであった○○信用金庫○○○支店。
細かく何度も借り入れをして、ほんの何年かの分割で返済してまた借りる。
他の金融機関からも借りて、
“普通に”経営とは言っても、自転車操業であったことには変わりなかった。
そんな綱渡りの様な経営だった頃、
○○信用金庫の次の借入れ実行日が、10日後に迫っていた時、
たまたまその○○○支店に行く用事があったので、
支店の中の融資担当の○○次長の席に行って
「今度の融資の実行、大丈夫ですよね。」と聞いたら、
その次長が、
「谷さん、まだ●▽の書類を頂いてないので、止まっていますよ。」と言った。
なにっ? あと10日後に実行予定の融資が、
一つの書類が揃ってないので、実行の手筈が進んでいない?
じゃ、何で電話ででも知らせてくれなかったのかと聞いたら、
「それは・・・担当者に伝えておきます。」と言う。
結果的にその足りない書類を揃えるのには少し時間がかかったので、
その融資は、実質的に必要な日には間に合わなかった。
それで仕方なく私は、自分の生命保険を担保にして、
保険会社からの借金をして、やっとその危機をしのいだのです。
その何か月か後、
たまたま来ていた他のある銀行の駆け出しの若い営業が言っていた
「私は、この会社には未来を感じます。今ある借入れを全部清算して、
私共の銀行に一本化して下さい。」の言葉に乗ることにした。
私は滅多な事では取引先を変えることはしないのだけど、
あの○○信用金庫で経営を続けていくことは出来ないと思ったので、
今回は心底、変更の必要を感じたのです。
その時の銀行とは、
今でもメインバンクとして続いています。
相手の事を考えず、自分の都合だけで仕事をすると、
相手に取り返しのつかない迷惑をかけ、
そのしっぺ返しは、いつか自分の所に帰ってくるものです。
自分の都合だけで仕事をしていると、
いつか痛い目に合うのは必ず自分であるという事なのでしょう。
我が身を振り返る事です。