2001年09月16日(日曜日)
225話 楓と絵理と修と
昨日と今日
土・日でアパート探しをした
「楓と絵理と修」一家の住むアパートを
彼ら親子3人は福岡から来た
「快洗隊」を、自分でやりたいという夢を、実現するために
10月中旬から、刈谷快洗隊パイロットショップで、1年間の修行を始める
そのために親子3人で福岡から
刈谷に移り住んでくる
苗字は畠中
“修”がお父さん
“絵理”がお母さん
そして、“楓(かえで)”が息子、生まれて3ヶ月目の赤ん坊
畠中“修”とは、レースの仲間、へなちょこレーサー師匠?の
ハタケナカ・オサム
彼である
MINEサーキットで、彼とは知り合った
彼が乗っていたレースカーを私が買った
今の、ゼッケン25「キーパーレビン号」である
1年前
修は、絵理さんとの結婚を控えて
レース活動を断念し
苦労をともにしたN-1レビンAE111を手放すことにしたのだった
それを、私が譲り受けた
(同年式の、ノーマル状態のレビンよりも、むしろ、かなり安く)
はじめてこのレースカーを見た時
歴戦のレビンは、結構ボロボロであった・・(失礼!でもホントである)
それからの
激しくも、へなちょこな、レースぶりは、「へなちょこレース日記」をご覧ください
その彼は、私たちのレース活動をよく助けてくれた
練習の時は、いつも駆けつけてくれて
走る前後の整備を、いつもやってくれた
もちろん無償で
耐久レースのときには、一緒に参加もしてもらった
サーキットでは、私は、仕事の話しはほとんどしない
全くしない、と言ってイイぐらい、しない
レースは、私のストレスを、まとめて、ドカンと発散するところ
しかし、いろいろな話をしている内に
彼らにとって、私が摩訶不思議な、へんな人種に感じたのか
(名誉にかけて言うが、私は、自分は“普通”であると、思っている)
好奇心を、かき立てたのか
突然
「名古屋に行って見ていいですか?」と、きた
別に断る理由も無いので、「イイよ」
当然、自費で、である
そして
いろいろと、快洗隊とか見ていって
ワンデースクールにちょっと参加して、会社にいたスタッフと話をしたりして
「この会社の人たちは、皆、なんて熱いんだ。スッゲーッ。
誰も彼もが、熱い目をしてる
すっごい人達ばっか、だ」
と、目をランランとさせて
帰っていった
そして、しばらくしたら
「快洗隊やりたい」
「独立して、自分で快洗隊をやりたい。
どうすれば出来ますか!?」と、言ってきた
それから、色々、色々、色々あって
「彼が、会社に辞表を出した」と、GRIT吉田が言ってきた
「どうせ修行をするなら、家族そろって名古屋に行こうと思っている。
何年かかってもいい」
とも
それを聞いた私の第一声、「アッチャー」「ほんとに辞表出しちゃったの」
なんて言いながら
うれしかった
それから、また
色々あって
結局、昨日こちらに来て、アパート探しとなった
彼は、一流企業に勤めていた
一部上場で、ハイテク産業の、一時は世界を風靡した超一流企業
良い会社だ
役職も有った
それを辞めてしまったというのだ
彼、“修”の「やる!」と言ったときの
実行力、実現力、自己責任力は、私も舌を巻くときがある
もう止まらない
きっと来年か、再来年には
福岡で、ハタケナカ快洗隊が、熱く活躍しているのであろう
きっと、ほんとにやってしまうのだろう
しかし、心配がひとつあった
彼は、新婚さん
“絵理”さんと、まだ11ヶ月前に
結婚したばっかり
そして、生後3ヶ月の“楓”君がいる・・・
(計算が合わない?ササイナコトハキニシナイ、キニシナイ)
前に会ったときの絵理さんは、おとなしそうな感じだった
その亭主が、新婚早々に、将来を嘱望された職場をやめて
幼子を抱えて
「洗車屋をやる!」と言うのだ
さぞや、不安に感じて
私は、彼女に恨まれているのでは、と思っていたのだ
ところが
「母は強し」と言うか、なんと言うか
絵理さんは別人のように、強い人と感じた
「こんなに明るい人とは思いもよらなかった」と、言ってイイほど
張り切っていた
正直言って、私はホントに救われた
ホッとした
2日間探しに探して、十数件、物件を見まくって
やっと決まった
快洗隊のすぐ近くのアパートの契約書を書く
真剣にペンを走らせる、強き母“絵理”さん(向こう側の女性)と
かわいい“楓”君を腕に、ご機嫌な“修”?・・・?
数分後
真剣な表情を全く変えない絵理さんと、ますますデレデレの修(大丈夫か?こいつ)
前夜、歓迎のご飯を食べた
いつものお値打ち“すし善”で
“楓”君は、すし善のオカミさん“アラレちゃん”の、おもちゃになっていた
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2001年09月16日(日曜日)
224話 イェイライシャン
40数年前の
夜の繁華街
屋台の物売りが出ていた
「イェイライシャンの球根だよ~
買った!買った!本物のイェイライシャンの球根」
若い物売りのお兄ちゃんが
酔っ払いを相手に、屋台に並べた「球根」を売っていた
「台湾から来た、不思議な、不思議な花、“夜来香”(イェイライシャン)
一夜で、突然、茎が伸び、花が咲く
真っ赤な、不思議な花
“夜来香”(イェイライシャン)の球根
庭に植えるだけで
ある夜、突然、えもいわれぬ官能の香りとともに
南国の不思議な花が開く
お宅の庭が、夢の花園になるよ」
「あの絶世の美女、山口淑子が歌う“夜来香”
(イェイライシャン)の、本物の球根だよ」
※山口淑子とは(山口淑子のホームページより)
戦前「李香蘭」の名前で、歌う映画女優として
満州、中国、
そして日本で人気を集めた女性。
戦後は、日本人女優・山口淑子として再デビューし、
アメリカの映画やミュージカルにも進出。
さらに1974年には参議院議員に選出され、政治家としても幅広く活躍
※ヒット曲“夜来香”とは(同じくホームページより)
李香蘭の上海における1940年代のヒット曲。
日本でも彼女が山口淑子に戻り、佐伯孝夫の歌詞で
昭和25年にビクターから日本語版をリリースし、ヒットした。
チョっといっぱい飲んで、
ご機嫌な、お父さんは
大の植木好きであった・・・・
「イェイライシャン?
そう言えば、ラジオでよく、
“イェイライ~シャン~~ いとしのイェイライ~シャン~~”
って、唄ってるよな
イェイライシャンちゅうのは、球根だったのか?
“夜来香”なんて、ま~なんちゅうイイ字だ
へぇ~、知らんかった~」
「しかも本物だってよ、こりぁ~買わないかんわ(注:名古屋弁のイントネーションで)」
“本物の”イェイライシャンの球根を買ったお父さんは
大喜びで、家に帰って
その球根を庭に植えた
庭の特等席を空けて
しかも周りに柵まで作って
大事に、大事に
“本物のイェイライシャンの球根”を、鼻歌まじりで
植えたのであった
“イェイライ~シャン~~ いとしのイェイライ~シャン~~”と
当然、「夜来香」と、特大の名札も差した
近所の人にも、自慢しまくった
嬉々として喋った
そして
・・・「お彼岸」の日も近づいたころ
その柵に囲まれた、庭の特等席で
真っ赤な花が咲いた・・・
・・・
そして・・・・・
近所の土手にも、田んぼのあぜにも
“その真っ赤な花”が
あふれんばかりに咲いた
「彼岸花」・・・・中国名「夜来香」
私の親父は
ただの彼岸花、彼岸の頃その辺に咲き乱れる「彼岸花」を
中国名「夜来香」と言う名前の彼岸花を
夜の屋台で
“買って”きてしまったのだ
庭の特等席に、柵で囲んで、名札付きで、大事に植えて
そして近所に自慢しまくってしまったのだ
この話を、彼岸花が頃になると、必ずビールを飲みながら話してくれた
その、人のいい親父が
「夜来香」を買ってきた話を、今年は聞けない
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2001年09月16日(日曜日)
223話 新しい形の店舗
バイパスなどの街道沿いを走ると
道の両側にあるのは、ほとんど何らかのチェーン店、フランチャイズ店で
その土地の人が独自の嗜好でやっている単独店は、ほとんど出ていない
?一番多いのが外食産業
ファミリーレストラン
回転すし屋
焼肉屋
ラーメン屋
牛丼
中華料理
コーヒー・喫茶・軽食
オカズとメシの店
食べ放題
?コンビニエンス・ストアー
?カーディーラー
?ホームセンター
?ビックサイズスーパー
?スポーツ用品店
?ゲームセンター
?中古車屋
など、など、など
共通しているのは
車で走っていても、そこに何の店が在るのか分かるように
「でっかいサインポールの看板」
一説によると
この手の店舗では
設備投資の30%~50%までを、「看板」に使うそうだ
目立ってナンボ
建物自体に嗜好を凝らして、目立つより
手っ取り早く
看板に金をかけた方が、効率的であるということか
私たち快洗隊では
洗っている姿そのものが看板である、としてきた
車を泡まみれにして洗っている姿
テキパキした、プロを感じさせるスタッフの動き
これこそ、もっとも有効な看板だと考えてきた
しかし
これからは、本当の“看板”の威力にも、もっと、力を入れなくてはイカンな、と
考え始めている
それが新しい店舗の形だとすれば
しかし「看板倒れ」という言葉があるとおり
看板のでかさ
看板のインパクトに見合っただけの
「商品の中味」がないと
じきに客から見放されてしまう
チェーン店の強みは
商品・サービスの質に対する安心感だ
「あのチェーン店なら、あの味が間違いなくある」
「接客も大丈夫、不愉快なことも無いだろう」
「あのコンビニなら、あの程度の品揃えで、安心して買える」
どこかのチェーン店での
「良かった」という経験が
他の地域にある同じチェーン店に対しても
同質の商品・サービスが、当然その店でも得られるであろうという
安心感を与える
だからチェーン店は
その商品の質の均質化が、勝負とも言える
快洗隊のチェーン店も
そろそろ50店舗に届く
これからが勝負と、気持ちに力が入る
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