谷 好通コラム

2005年12月17日(土曜日)

1306.-からのスタート

すでにあった店舗を引き継ぐ時に思わぬ苦労をすることがある。

 

すでに建っている店舗をそのままお色直しをして使うことを「居ぬき」というが、
前の運営者の評判が良ければいいのだが、
あまり評判が良くなかった場合、新しい運営者に変わっても、
あるいは商売換えをした場合でも、
その悪い評判を引き摺ってしまう場合があるのだ。

 

外食産業では、この居抜きが日常茶飯事のように行なわれていて、
「この店は、何度も経営者が変わっていて、
最初は“スカイラーク”で、次に“京樽”が来て、今は“デニーズ”になっている。」
などという話をよく聞く。
一度外食産業のために造られた店舗は、
その経営が不振になった場合でも、
コストのかかる厨房施設などを活かすために、
また、同じような別の外食産業が入るケースが多い。

 

この場合、前の運営者が評判が悪くても、
名の知れたブランドを持った外食が入れば、
前の評判を引き摺ることなく、
この例ならば、
100%「デニーズ」の店として世間が見てくれる。
「デニーズに入れば、デニーズの居心地で、デニーズの接客で、
デニーズの味を楽しめることが出来る。」
日本国中どこに行っても、前の経営がどんなところであろうと、
デニーズはデニーズだ。
そう世間が思ってくれる。

 

これがブランド力を持っていることの強みで、
出店コストが安く済む“居抜き”を優位に進められる。

 

オープンの最初からデニーズのブランド力を背負って、
プラスからのスタートを切ることが出来るのだ。
これぞまさに知名度の高いブランド力の優位性と言える。

 

しかし、これが逆になると実に面倒な事になる。

 

例えば、
あるブランドSを持ったメーカーの店舗を、
どこかの会社Aが運営していて、
その運営における接客などの質が低く、店舗の評判を落として経営を失敗した場合、
それまでの運営者とはまったく違う他の運営者Bがその運営を引き継ぎ、
同じブランドを背負って運営を始めた場合でも、
同じブランドSの店舗であり、
運営者がAであろうと、新しいBであろうと
「◎◎にある“Sの店”」に何の違いもない。
たとえば、
新しいBによる接客、サービス、商品品質がどんなに素晴らしくても、
Aの運営の時に「◎◎にある“Sの店”」で“懲りた”ことのあるお客様にとっては、
Bの運営に替わっても相変わらず嫌な「◎◎にある“Sの店”」であり、
Bのスタッフが、どんなに誠心誠意サービスを行なっても、
それを素直に喜んでくれない。
あるいは寄り付こうともしない。

 

特に商売の繁盛にとって一番大切なリピーターになり得る近隣の人々にとっては、
すでに以前「◎◎にある“Sの店”」で懲りたことがある人が多く、
最初から大きなハンディを背負ったマイナスからのスタートとなる。

 

一度ダメを押されたレッテルは、そう簡単には消えないということだ。

 

では、そんな場合どうするのか、
一番したいことは店舗のイメージを出来るだけ変えることだろう。
しかし、その店舗がブランドを持ったメーカーの所有である場合、
それも一切許されない場合がある。
何処から見ても、今までどおりの「◎◎にある“Sの店”」のまま、
Bの努力で、背負った大きなマイナスのままスタートして、
日々良い品質のサービスを繰り返し、
一人一人リピーターを作り直していかねばならない事になる。

 

これは実に辛いことである。
ただ、淡々と淡々と最高のサービスを提供し続ける。

 

マネージャーに、吹っかけて見た。
意地悪に吹っかけて見た。
「エノキさん。前の運営者が作った良くない評判が、
何をやっても足を引っ張るでしょ。
やっててもイヤンなってくるんじゃないですか?
ぱっと見の店はまったく変わってないんだから、
基本通りのことをやっているだけじゃ、ラチがあかないでしょ。
なんか奇策でもやったらどうですか?
マイナスからの脱出はそう簡単じゃないでしょ?」

 

エノキマネージャー
一瞬、ためらったが、
「いえっ、関係ありません。
今、この店がやらなくてはならないのは、
一人でも会員さんを増やしていって、固定のお客様を増やすことだけです。
マイナスなんて、ぜんぜん関係ありません。」

 

きっぱりとそう言った。
私の顔を正面から見て、私の目の奥をしっかりと見て、きっぱりと言った。

 

この日の夜、熊本は芯から冷える寒さであった。
エノキさんの言葉に感動して目頭が熱くなるのをごまかすように、
「写真を撮らせて下さい。みんなの写真を撮ります。」

 

挨拶もしていなかったので、
何のことだか解らないままのスタッフの人たちまでを集めてもらって、
一人一人に自己紹介もせず、挨拶もせず、
大変失礼ではあったが、
とにかく写真を3枚だけ撮って、皆さんに別れを告げた。

 

その中の1枚
すごい人たちです。

 

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