2010年06月26日(土曜日)
2536.シカゴ、ジャカルタまで行った人
私は昔、もう30年も前のことだが、
同時勤めていた大きな会社の専務から、
経営企画室のメンバーにとお誘いを受けたことがある。
実質的にその会社を動かしていた専務が自らつくった経営企画室とは、
その会社の中枢であり、その中にたった一人私を入れようとして下さったのは、
私のことをよほどかっていただいていたことだったのだろう。
杉並に家を借りてやるから家族を連れて来いと。
今考えると大変ありがたい話であり身に余る光栄であった。
しかし私はそのお話をお断りしてしまった。
自分の住み慣れた地を離れたくなかったのと、
ずっと現場で働いてきた自分にとって、現場以外での仕事が想像できなかった。
あるいは学歴が無きに等しい私にいただいたこのチャンスが、
どれほどの意味を持っているのかが、私には分からなかったのかもしれない。
常識的に考えれば、
なんと愚かな判断をしたものだとも思う。
その後、会社を退社後いくつかの会社を経て独立をしたわけだが、
あの時、あのお話を受けていたらもっと違う人生があったのかもしれない。
もっとエキサイティングな人生があったかもしれない。
良かったのか、悪かったのか、
今となってはまったく分からないが、違った人生があったことは違いないだろう。
大会社の総合職についた人は、
日本全国を転勤で回るのが一つの常識になっている
会社によっては海外への赴任も。
あらゆる地で人脈を作り、
あらゆる仕事についてキャリアを積んで見識を広めていくのだ。
一つの地域、一つの立場で世間を見ていると、
一方向からだけの狭い見識の中でしか物が見えなくなりがちだ。
だから、広く影響を与えるような立場に立つであろう人には、
全国を色々な立場で回って、広く公平な見識を身に付けてもらう必要がある。
転勤とはそういう意味があるのではないだろうか。
転勤は本人にも、家族にも大きな負荷を与える。
経費という意味では、会社にとっても大きな負荷となる。
それでもなお、転勤があるのは、
本人の見識を広め、広い見識を持って大きな力量を持って欲しいからだ。
もちろん地元で根を張ってがんばり、
自らの意志の力で見識を広め、自らの意志で力を着けていくのも一つの選択であり、
いずれの選択が結果として良いのか、自分の見識と力は、
いずれにしても自らの意志のあり方しだいではある。
六月決算のわが社にも定時の転勤時期がやってきている。
今日は中学校から高校にかけて参加していたサークルの同窓会。
中には、転勤でアメリカのシカゴ、ジャカルタにまで行った人がいる。
シカゴまで一緒に行った奥さんのご亭主に対する信頼の表情は素敵だった。
中には、愛知県内をくまなく転勤して回った銀行マンもいる。
サラリーマンから独立、自分の設計事務所を持つ人と、全国を転勤した人も、
ずっと根を張って生きてきた人もいる。
みんな元気、元気。
定年を過ぎた人もいっぱいいるが、元気でいいですね、みんな。
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