2014年03月02日(日曜日)
3.02.「先に謝った方が負け」なのかな
中国で交通事故が起こった場合、あるいは起こした場合、
絶対「先に謝ったら負けだ」と教えられました。
自分に過失があると思っても「お前が悪い」と言い通す。
間違っても「自分も少しは悪かったが・・・・」なんて言ったら、
相手に着け込まれて、
過失割合が自分に不利になってしまう。
つまり負けだというものです。
だから、なのか、
昔、中国に行った時に、
交通事故を起こした二台の車を挟んで、
お互いの中国人ドライバーが怒鳴り合いしているところを何十回と見て、
本当にオーバーな言い方ではなく何十回と見て、
「こういう人たちと付き合うのはイヤだなぁ」と思ったものです。
自分は犠牲者、被害者であって、
相手を加害者として攻撃する立場からの自己主張をし続けるのは、
交通事故という小さな事でだけでなく、
国対国の大きな問題でも言えるような気がします。
半世紀以上も大昔の出来事を、
自国は被害者であり、加害者である日本は謝れ。金を払え。と、
いつまでも言い続けるのは、
中国で交通事故のあった路上での怒鳴りあいの、
あの何十回も見た光景を思い出します。
日本では、
どちらかというと、
相手が悪いと分かっていても、
相手の事を思いやって
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」と思わず言ってしまうし、
そう言った方が、
誠意のある行為として、
その後の交渉もスムーズに行く。
なんて事も、日本人は思ったりするものです。
謙譲の精神と言うのでしょうか。
自己主張を一方的にする事を、恥ずかしい事とし、
相手を立てて、自分を押し殺し、控えめにする事を”良し”とする文化があります。
これは日本独特のものであって、他の国ではあまり無いことのようです。
しかし、日本のこういう傾向を、
アジアの一部の人の中には、日本人は偽善的だと嫌う人もいます。
しかし、先の東日本大震災で、
悲惨な状況の中でも略奪などの犯罪的な事態がほとんど無かったことに、
奇跡的だと世界中の人々が驚き、助け合う姿に感動しました。
日本人が持っている根本的な価値観の部分で、
相手を思いやる気持ちが決して偽善的なものではなく、本物であることは、
日本人としてもっとも誇れる部分であると思います。
しかしそれでも、日本人的な価値観で、
「自分達が悪かった部分は、悪かった部分として謝罪し・・・」
と、善意から、うっかり言ったりすると、
いつまでも、ずっと、その言葉を蒸し返してくるのには閉口します。
昔見た中国の路上での怒鳴りあいのように
一方的に自分を犠牲者、被害者とし、
相手を加害者として攻撃する自己主張をし続けることは、
知性に欠けた恥ずかしい行為に見えます。
果たして、本当に「先に謝った方が負け」なのかな
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