2022年10月22日(土曜日)
10.22.人は歳をとるとみんな自分が”正しく”なるのか。
会社が、ちょっと前まで(今でも?)
60才なんて若い年齢を「定年」にしていたのは、
本人の体力や頭の回転とかの問題で、
加齢による働く限界が60才であるという訳ではない。
(もっと昔は、50才代で定年が設定されていた。)
元気な人ならば、肉体的、頭脳的な能力は70歳を超えても全然平気だろう。
むしろ、年をとって一番問題なのは、
その人が”正しく”なってしまう事なのです。
人間は長く生きて、たくさんの経験を経てくると、
徐々に自分が何でも知っているかのように錯覚して来て、
自分はすべてを知っていて、
自分の考える事、言う事は”正しい”と思い始める。
歳を取ると頑固になるという事と似ている。
歳をとって、自分が正しくと思えてきてしまうと、
自分とは違う事から学ぶことが出来なくなる。
つまり、正しいのだから学んで修正する事はなくなる。
すると、
その人の考えや行動は全く更新されなくなって、取り残される。
もちろん本人的は正しいままなので、
もう遅れてしまっているのに正しいままだと、
時代に合わせてどんどん進化しなければならないその組織にとって、
その進化を阻害する有害な存在となるので、
去ってもらった方が良いという事になる。
それが自動的に設定されているのが「定年」という事だろう。
年齢を重ねて体力などが落ちてきて「足手まとい」になるというよりも、
むしろ、古臭いのに正しいままでいるから邪魔になるので
去ってもらった方が良いというので「定年」が設定されている。
最近、そんな風に考え始めた。
組織にとって「定年」とは、
組織そのものが進化して更新して行く為に、新陳代謝のように、
古いまま正しくなって学習出来なくなった人を、代謝する必要があるのです。
だから逆に、
年を取っても、外から学び
自分で自分を否定して、自ら学習し、進化できる者は、
仕事をし続けるべきで、
ここまで蓄積した知識と知見を活かして、
最新の知見で、自分の中を、自らがどんどん更新して、
頭の中をブラッシュアップして、
組織をけん引していくことが出来る。
先進的に事業をけん引する経営者は、定年以降の年齢である場合が多い。
だから経営者であり続けていて、
だからその会社は、独自性が強い個性的な組織になっている場合が多い。
しかしこれは例外的な事であって、
多くの場合は
歳をとって、自分が正しくと思えてきて、
自分とは違う事から学ぶことが出来なくなり、学習せず更新されない。
、
しかし、もう一つのパターンがあって、
人は年を取って正しくなる場合だけでなく、
会社が勝手に大きくなって、
自分が外部の人からチヤホヤされるようになって、
外部から不当に肯定されるようになると、
あっという間に勘違いして、
ふと、正しくなってしまっている場合がある。 よくある。
あとはもう、年取って正しくなってしまうのと同じ末路で、
正しい自分は、学習出来なくなっていて、
組織の進化に着いて来れず、
組織から有害な存在とされる。
しかし、この場合は、
定年で自動的に新陳代謝される訳でもないので、
力技で追放されることになったり、残念な結末を迎えることもある。
KeePer LABOは、一軒一軒の新店が建つたびに進化していて、
いつまで経っても、まだ正しくなっていない。
それでいいのです。
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