谷 好通コラム

2025年02月13日(木曜日)

02.13. 昨日から今日にかけて何枚かの写真。

今日は、午後の営業会議の後、
新車営業部の連中と「火鍋」に行って、
お酒を飲んで酔っ払い、何か文章を書くことが面倒くさくなったので、
写真を並べておしまいです。
酔っ払ったのだから、仕方がないのです。

 

 

昨日、半期決算報告会が終わってから、
隣の東京証券取引所のビル越しに空と雲がとってもキレイでした。

 

東京からの新幹線の中から、

畑にかかった大きな雲がとても迫力いっぱいでキレイでした。

 

 

朝市のIRリモート取材が、先方の体調不良でキャンセルになり、
意外な時間が社長と一緒に空いて、いい話が出来たのですが、
他の話をしている内に、それが何だったのか忘れてしまいました。
でも、とってもいい話であったことだけは覚えているので、
思い出したらまた書きましょう。

 

午前中のもう一つの仕事、
KeePer TIMES 三月号の編集会議、
1時間取ってあったのですが、
みんなが考えてきていたので、30分足らずで終わりました。
こういう時は、いい記事がいっぱいの号になるのです。

 

編集を高頭してくれている坪井さんが「一日早いのですが」と言って、

バレンタインチョコの詰め合わせを、みんなにプレゼントしてくれました。

 

それから、KeePerが応援している女子レスリングの二人が、
二人とも「天皇杯」に優勝したので、その報告に来ました。
とっても嬉しそうでした。
私たちもこんな時は心の底から喜べます。

 

それが終わったら、スタジオの方で営業会議です。
今日は、KeePer PRO SHOPなどを担当するアフターマーケットと、
新車ディーラーなどを担当するグループの合同の会議となり、
内容の充実した会議になりました。
しかし、こんな時は、集中しているので写真を撮り忘れるものです。

 

アフターマーケットの責任者たちは、
明日、中央トレセンで開かれる
超大手の石油販売会社の技術コンテスト全国大会の準備の為に残りましたが、
新車マーケットなどの担当の責任者達とは、ご飯を食べに行こうとなり、
毎度の「火鍋」になって、また、酒を飲んでしまいました。
しかし、また火鍋の写真をとっても面白くないので、
外販部の勝本マネージャーと関口課長が並ぶと、
同じ人類と思えない程に顔の大きさが違っていて面白かったので撮りました。

 

今、FC店が今後、大幅に増える事を念頭に
新しく分かりやすいマニュアル造りをしています。
そのマニュアルは、イラストを多用していく予定なので、
イラストを描いてくれる人を選ぶために、何種もサンプルをもらいまし
その中で、こんなイラストを描く人を選びました。

 

EXキーパーは、施工されたお客様が本当に喜んでくれるので、
それをテーマにした新しいポスターを造りました。
私は、ちょっと気に入っています。

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2025年02月12日(水曜日)

02.12 今日は、10年前の2月12日、東証マザーズに上場した日。

今日は東京、

午前中に東京での会議をやった後、
午後からは、2025年度上半期決算の決算説明会を、
兜町の東京証券取引所脇のアナリスト協会のビルで行いました。

 

午前中に会議の為にお邪魔した先方の会社の方から、
「上場10周年おめでとうございます。」とのっけに言われ、
私たち側6名、全員ポカンとしてしまいました。
誰も気が付いていなかったのです。
本来ならば誰かが気が付いていて、何らかのセレモニーとか、
「感謝の宴」でも開いて、祝わなくてはいけないのですが、
誰もそんなことを言い出すようなそぶりもありません。

 

上場そのものは一つの区切りであり、
誕生日とか、いわゆる祝うような事ではないという事でしょうか。
そう思えば、
そんなような気もします。
私はもともと儀式のようなことをするのが苦手だったので、
何気なく、やり過ごすのが、この会社の流儀になっているのかも知れません。

 

私も、東京から早く帰って来て、
午後8時には帰宅、家族と熱燗で乾杯して、もう満足しています。
私は、自分で言うのもなんですが、クールというのか、淡泊というのか、
そんな私をそっとしておいて、皆どこかで乾杯をしているのかも知れません。

 

いやいや、絶対そんな事はありませんね。
う~~~~ん、そうですね。
やっぱり、そんな事はありませんね。

そんなことを考えながら、家族と酔っ払った上場10周年の夜でした。

 

10年前の今日。

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2025年02月11日(火曜日)

02.11. 自分は、家族と、多くの仲間と、他人と、一緒に生きて、

自分が生きているという事は、
物が見えたり、聞こえたり、
声を発したり、匂ったり、痛かったり、
悲しかったり、嬉しかったり、
くすぐったいとか、痒かったり、
怒れたり、感動したり、
恋をしたり、美味しかったり、怖かったり、
ワクワクしたり、快感だったり、憎んだり、眠かったり、
それぞれに生きているという実感を持つ。

 

人は自分が何らかを感じる事によって自分が生きている事を実感する。
言い方を変えると、
自分が生きている事を実感するのは、何かを感じる時。
あるいは、
こんな事を考えている事自体が生きている証なのだろう。

 

しかし、逆を言えば、
たとえば、熟睡している時は何も感じないし、
たとえば、手術を受ける時の全身麻酔では、それこそ何も感じなくなっている。
その時間は、人は死んでいる事と同じなのか、
あるいは、人が死ぬという事は何も感じない時間が永遠に続くという事なのか。
一体、生きているという事は、どういう事なのか、
一体、死ぬという事はどういうことなのか。
死とは永遠に無になるということなのか。
永遠にという事ならば、地球が生まれてから46億年というが、
永遠という時間の中では、
その46億年すらもゼロに等しい訳なので
その人生の限られた時間とは、
自分にとってどういう事なのか。
永遠の中では限られた時間とはゼロに等しい訳なので、
ゼロならば、それは無という事。
無ならば、
それは死のはずだが、
私は今、たくさんのことを感じ、考えて、確かに生きている。
・・・・・
この矛盾はなんだ。
私が生きているという事は、私の勘違いなのか。
私は勘違いで、うっかり生きているのか。あるいは錯覚なのか。

 

いや、勘違いや錯覚などではないだろう。
確かに私は、今、考えているし、感じてもいる。
だから、間違いなく生きている。
では、感じ、考えている私とは一体何なのだろうか。
いわゆる「魂」というものなのだろうか。
私は「私という魂」なのだろうか。
だとしたら、きっとそれは質量のない物なのだろう。
この空間には質量のない光子とかもあるのだから、質量のない魂もあっていい。

だんだんわからない話になっていくから、もうやめた方がいい。

 

とはいっても、
私という確かな自覚があるからには、
それが魂なのかはよく分からないが、
私という存在は、私にとっては間違いなく有る。
ならば、私に見えている他人、私の耳に聞こえてくる声の他人。
自分以外の他人には、自覚が有るのだろうか。
他人にも「魂」があって、自分と同じ”存在”なのだろうか。
他の人も自分と同じような反応をするし、
同じような発言をするし、行動をしているので、
自分には、他人も自分と同じように自覚がある存在であるように思えるし、
ほとんどの人が、
他人も自分と同じ存在であると自然に思っている。

 

しかし、よく考えてみれば
自分には、自分という自覚があるという証があるが、
他人にも自覚があって存在であるという自覚を、自分には持ちようがないので、
他人も自分と同じで存在であると確かめる術はない。
しかし、もちろん、
ほとんどの人が、
他人も自分と同じ存在であると自然に思っている。

 

しかし、中には、
他人も自分と同じで存在であると確かめる術が自分には無いのだから、
「魂」という存在は自分だけであって、
他人は、自分に似ていて、自分と同じように振る舞ってはいるが、
他人は自分とは全く違うもの。自分だけが自分にとっての存在であって、
他人は、自分にとって自分以外の全てのものと同じ「物」であったり、
「獣」「植物」「自然」と同じ意味の、
単なる自分をとりまく要素でしかないという感覚を持つ人もいる。

ある人は、他人はすべて外敵であると言う。
自分だけが他人を殺し、苦しめ、不幸にする資格がある絶対的存在と言う。
それはある時は独裁者であり、大虐殺をも行う残忍な政治家でもある。

そういうこともあり得る。

 

しかし、
自分という「存在」が、他人という「存在」を愛し、
他人という存在から愛された自覚があるならば、
他人も自らの存在と同じく愛すべき重き存在であると、
実感し、強く自覚しているので、
自分は、家族と、多くの仲間と、他人と、一緒に生きて、
共に暮らし、共に感じ、愛し合いたいと思うのが、幸せなのだと思う。

 

私は自分という存在を自覚できても、
他の存在を同じようには自覚しようもないが、
他人を愛し、愛されている自覚は、はっきりと自分の中に確認できるので、
自分は、家族と、多くの仲間と、他人と、一緒に生きて、
共に暮らし、共に感じ、愛し合いたいと思うのが、幸せなのだと思うのです。

 

そしてもう、それほど残された時間は多くはなく、いずれは死ぬが、
それで無になるか、魂として自覚が残るのか、
他の肉体に転生して今の自覚を失い、違う自覚を持つのか。
まったく分からないが、
いずれにしても、それが私以外の他人でも、
ひょっとしたら、人間以外のいずれかの動物、生き物であったとしても、
それとも、死が全く想像しなかった結果であったにしても、
たぶん、それが一番良かったのだろうと思うのです。

 

今日、会社にLABOに関わる有志が集まって、
今後のKeePer LABOの急速な増店に控え、
直営店の者にも、また特にFC店の増加に備えて、
KeePer LABOの研修の内容について、突っ込んだ話し合いを進めました。
私は、自らが動き始めるみんなを見ていて、話を聞きながら、
上記のような文章を、内職で書いていました。
幸せなひと時

 

みんな、真剣です。

 

 

2025年のスーパーGT #38 KeePer CERUMOのカラーが決まってきました。

2月19日オープンの新店KeePer LABO戸塚原宿店の地域指定のDMの原稿が出てきました。

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2025年02月09日(日曜日)

02.09. ズブロッカが3種類もあった。ということは・・

 

日曜日は、どこの観光地に行っても映画館に行っても、混んでいるので、
また性懲りもなく「道の駅」に行ったのだが、
たまたま行った岡崎・藤川宿の道の駅が、人気があるのか大変混んでいたので
少し買い物はしましたが物足りず
結局、地元大府市の「元気の里」にも行きました。
ここは道の駅ではないが品物が新鮮で豊富なのです。
しかも通路が広いので車いすでも楽に動き回れるので、便利です。
ついでに、すぐ近くにある酒の安売りスーパーに寄って、
飲んで無くなってしまっていた「ズブロッカ」を買うことにしました。
「ズブロッカ」とはウォッカの1種類でアルコール38%の強いお酒です。

 

私は学生の頃、下宿のすぐ近くの酒屋でアルコール度数に対して一番安い酒、
つまり、アルコールパフォーマンス( アルパ? )が一番高い
「ウォッカ」の大びんばかりを買って飲んでいました。
酒は、酔っ払う為に飲むのであり、
味とか香りなんてものはどうでも良かった頃の名残りで、
今でもウォッカは好きで、
しかし、その中でも牧草が漬け込まれていて
甘い香りの「ズブロッカ」が好きです(ウォッカの中でも少し進化している)。

 

しかし、その酒の安売りスーパーには、
「ズブロッカ」が3種類もあったのです。
とかも、私が知っている透明のズブロッカに加えて、
ピンク色のズブロッカと、黒いボトルに入ったズブロッカが並んでいるのです。

 

当然、三種類とも買いました。
一番左の黒いのは、岡崎の道の駅で買った「味噌コーラ」(面白いので買った)

 

買って、帰って、すぐに試飲してみました。
「ピンクのズブロッカ」には「ROSE」と書いてあるので、
バラの香りの意味でしょうか。飲むと確かに花の香らしき香りが強くします。
その甘ったるい香りが飲みにくかったので、
前述の「味噌コーラ(味噌の味ではないが変に味が濃い)」で割って飲んだら、
毒を以て毒を制するがごとくで、飲みやすくはなった。

黒い瓶に入ったズブロッカは透明であった。
「黒い瓶のズブロッカ」は、瓶にリキッドタイプと書いてある。
飲んでみたら、
いわゆる正しくウォッカであり、
アルコール度数が40%のいわゆる強い高級ウォッカなのだが、
普通のウォッカでも十分に強いので、言ってみればただのウォッカでした。

試飲した後の三種類のズブロッカ、味噌コーラは割って飲んだので無い。

 

しかし、私は「ズブロッカ」とは、

ウォッカの中の一種類と思ってきたが、
どうも「ズブロッカ」とは、ウォッカの中の1銘柄であったようだ。
私はまだまだ知らないことが多い。

 

つまみは大したものはなかったので、
出来るだけ珍しそうなものを買ってきたつもりだが、
食べてみれば通に今までも売っていたもので、
私も食べたことがある物を、商品名とかキャッチフレーズを変えて、
目先を変えた物だった。

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2025年02月08日(土曜日)

02.08. 上司の指示・命令に服従しないことも善しとする社風。

名古屋にも雪が降り始めて、
どこにも行かない方がいいと決めて、一日、家にいたので、
深く考えるまでもなく、思うがままに書き始めて長くなってしまいました。

 

「上司の指示・命令に服従しない事も善しとする社風」が、
昔から、この会社にはある。
しかし、
上司の指示に従わないことを、決して奨励している訳ではなく、
仕事の目的を真剣に考えて、
上司の指示より、一人一人が、むしろこうすべきだと本気で考えれば、
それを行動することを、会社は否定しない。ということです。

 

しかし、
上司の指示があったのに、
指示を受けたその人の個人的な損得勘定とか、
あるいは楽チン志向でとか、
あるいは気分的な好き嫌いとか、
個人的な反抗心だけで、上司の指示に従わないのは、もちろん認められない。
場合によっては、罰せられることもあります。

 

ししかし、しかし、
あえて言うならば、
自分の考えや、自分の判断ではそうすべきではないのに、
上司からの指示があったので、
それに従わないと自分が損をするので、or叱られるので、
上司の指示・命令に従ってしまうことを、
むしろ、善しとしない。
盲目的な服従はむしろ悪、とさえ考えます。
これは文字にしてしまえば簡単だが、中々出来ないことです。

 

極端な例でいえば、
戦争中、上官の命令に逆らって、
罪のない民間人を殺すことを、拒否すると、
大昔の専制国家の軍隊ならば、拒否したその兵隊は銃殺になりました。
大昔の軍隊では、
自分が味方から殺されない為に、
民間人をも殺すことを強制されたのです。
(残念ながら、今でも、独裁者の国家においては・・)

 

上の役職に就いた者Aは、
その下の役職の者Bが、
Aの指示に無条件で従うのは当然だと思っている上司が多い。
しかしBは、
Bの立場から見るとAの指示は明らかに間違っていると判断すれば、
Aの指示に盲目的に服従するのではなく、
Aの指示に対して異論を唱えるか、
Bが判断した別の行動をとるのは、当然です。
それが健全な民主的な組織です。

 

しかし、
しかし、
上の役職に就いた者は、自分の指示に対して、
下の役職の者が異論を唱える事を素直に受け入れるのは大変難しい事です。

 

上の役職に就いた者は、
自分は下の役職の者より正しいという錯覚を必ず持つので、
ましてや、
その錯覚につけこんで商品を売り込みに来た営業マンに同調され、
その錯覚が正しいかのように煽て上げられると、
その錯覚は確信に化ける。
その繰り返しで容易に裸の王様や、ロバの耳の王様が次々と生まれる。
人は否定されることなく肯定され続けると容易に馬鹿になれてしまうものだ。

 

だから、
こちらを肯定してくる営業マンは危険な存在なのです。
あるいは、こちらが喜ぶような話に合わせてくる営業マンは危険です。
その商品がこちらのニーズに適合しているかどうかよりも、
こちらの錯覚に取り入って、
こちらの担当者そのものを肯定し、
おだてることによって商品を売り込む営業は、
営業マンとしての成績はいいかもしれないが、
必ずしも、こちらが必要としている商品ではないような、
不要な商品を売りつけられる場合が多いので、要注意です。
こちらの話に調子よく乗って、
こちらを立てる形で肯定する売り込み上手な営業マンは、本当に要注意です。

 

話を元に戻しましょう。

 

仕事上の役割としての意味である「役職」は、
必ずしも、その人の人格を表している訳でもなく、
必ずしも、正しさを担保している訳でもない。
しかし、
会社としての指示系統がスムーズに働くためには
上の役職の者が間違った指示を出していたのではうまく回らないので、
正しい指示を出せる能力と見識を持っているであろう者を、
それなりの役職に就ける。
だから、上の役職の者が出す指示は正しい場合が多いことは事実だろう。
だから、出された指示が正しい事を前提に、その職場は日常的に回っている。

 

しかし、あくまでも
上の役職の者は正しい指示を出す能力と見識を持っているであろう人なので、
その人が出した指示が正しいと保証されている訳でもない。
その上の人が見た事や聞いた事がズレている場合もあるかもしれないし、
味方や、捉え方、考え方がズレている場合があるかもしれない。
つまり、
その人が出した指示が正しいとは限らないので、
その指示を受けた者が、
ただ服従しているだけを求めるような組織は、
間違った行動を正すことが出来ない間違った組織と言わざるを得ない。
また、どんどん変わっていく時代の流れに着いていけない
時代遅れの古びた組織になる危険性もある。

 

下の役職の者が、
上の役職の者にただ服従するだけでなく、
平気で、誰もが意見を言える組織が、
常により正しい判断をし得る強い組織と言えるのではないだろうか。

 

その為には、
職務上の上下は必要上あったにしても、
それが人間としての価値の上下などではまったくなく、
学歴や職歴が仕事の能力や価値の上下を決めるものではない。
ましてや、人間の価値の上下に影響を与えるものでもまったくない。
そんな当たり前のことが、
当たり前のこととして、組織の隅々にまで行き渡っている必要がある。

それぞれが、それぞれとして、
それぞれの立場、それぞれの価値観で
もちろん誰もがお客様の感性を受け入れた上で、
それぞれの意見を、それぞれの感性をもって、出し、
それぞれが、それを受け入れて、あるべき価値を作り出していく。

 

上の役職を与えられたとたんに、
自分の価値が上がったような幼稚な勘違いをして、
ズルく仕事をサボり、楽をし出すような馬鹿者は問題外として放逐し、
あるいは幼稚な勘違いから、本気で威張りだすような間抜けも追放して、
それぞれが、それぞれとして、
それぞれの立場、それぞれの価値観で
もちろん誰もがお客様の感性を受け入れた上で、
それぞれの意見を、それぞれの感性をもって、出し、
それぞれが、それを受け入れて、あるべき価値を作り出していく。

そんな当たり前のことが、
当たり前のこととして、組織の隅々にまで行き渡っている必要がある。
何物にも負けない強い組織を作り出すために。

 

仕事の目的を真剣に考えて、
上司の指示より、一人一人が、むしろこうすべきだと本気で考えれば、
それを行動することを、会社は否定しない。ということです。

 

 

名古屋にも雪が降り始めて、
どこにも行かない方がいいと
思うがままに書き始めて、長くなってしまいました。

 

先日のLABO戸塚原宿店と、LABO宇都宮鶴田店のキックオフミーティングで、

二人の女性店長が生まれました。

LABO宇都宮鶴田店の「あくね店長」。LABO戸塚原宿店の「かわさき店長」、

女性店長は、前述の幼稚な勘違いをする人がほぼいないので、

素晴らしいチームワークで、いい結果を出すケースがほとんどです。

誤解を恐れず言えば、女性店長の方がいいです。

 

私たちの「幹部会議」という実際に価値を社会に提供して稼ぐ部隊、

つまり会社の本体が実際の会社の活動を話し合う会議。

ここは上下全く関係なしで、真剣に話し合う一番大切な会義です。

昼食をはさんで進められるので、ランチはいつもMACで、私はエビフィレオです。

先日は寒かったのでエアコンだけでは足らず、石油ストーブを引っ張り出してきました。

それを写真に撮ったら、鈴置専務が出てきてヒースとはしゃいでいます。

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    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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