2022年08月02日(火曜日)
08.02.平熱・検査拒否、しかし隔離で、結局無事生還か。
一昨日、私が抗原検査キットで陽性の結果が出たので、
今日の午前中に早速いつもの病院に行ってPCR検査を受けに行きました。
体温は昨日の昼からずっと36.6度前後で、
あまり変化はありません。
それでも、一応、抗原検査キットでは陽性と出ている訳なので、
PCR検査を受けに行くのが当然だと思ったのです。
ところが、
病院の玄関に行って
「抗原検査キットで陽性と出たので、PCR検査をして下さい。」と言ったら、
体温はどうかと聞かれ、私は「昨日の昼からずっと36℃台です。」と答え、
向こうから出された体温計で計ってみても、やっぱり36.7℃。
すると、
看護師さんの言われたことは
「平熱の方の検査は出来ませんので、また熱が出たら来てください。」
と、まさか、門前払いを食うとは思ってもいなかった。
そこであわてて聞いた。
「抗原検査キットで、陽性と出たんですけど・・・。」
そう言って、返ってきた言葉に驚いた。
「抗原検査キットも色々あって、うちの病院は全く参考にしていないんです。」
と、いって、
メモにも取ろうとしない。
確かに、私がやった抗原検査キットは、取扱説明書は日本語だったが、
検印は明らかに中国のお役所のものであった。MADE IN CHINA
そう言って一旦は断られたのですが、
普段通っている診療科と通院カードを見せて、
先生と連絡を取ってくれたようで、
一応、本当に一応、PCR検査はやってくれた。
その結果は、翌朝、担当の看護師から電話をしてくるという。
だから、その日は一旦家に帰った。
一応抗原検査が陽性と出ているのだから、会社に行く訳には行かない。
自宅から、16時から予定されていた「幹部会」にリモートで出る。
リモートでの会議はもうすっかり慣れてきていて、
スムーズに話し合いが進んでいたところ、
突然、私の手術の時の担当医から電話がかかってきた。
「谷さん、PCR検査、陽性でしたよ。
しかも、ウィルスの量も多くて
あなたの場合、
重症化リスクのかたまりの様なもんだから、
入院して抗体治療と抗ウィルス治療をした方が絶対いいので、
最低5日の入院をです。午後7時半までに来てください。」
まさか・・・と思っていた即日入院を宣告されて、
私はひどくうろたえたが、覚悟を決めるしかない。
急遽、入院の準備をして、いつもの愛知医大に向かった。
ああいうコロナ患者を多く預かっている大学病院は、
手際が良いというのか、もう慣れているというか、
私は車から降りた瞬間から「隔離状態」になって、
隔離病棟のHCU(高度治療室)に入れられた。
HCUは、緊急度が高い重症者が治療を受けるところなのだが、
私にはそうなり得るような危険な因子があったのだという事なのだろう。
完全密閉の狭い空間で、窓一つない精密医療機器に囲まれた部屋だ、
私は昨年末の手術直後に二日間入ったことがあったが、とても辛い空間です。
ところが、危険因子の塊の様だと言われた私だが、
HCUに入っても、まだ平熱で、咳する訳でもなく、どこも痛くも痒くもない。
それでも、一晩、重症化を防止する治療を施されて、
次の日、つまり今日の午後、
看護師が、数時間後、部屋を移ると言ってきて
「窓の無い部屋は本当に息が詰まる。」とか言ったのが効いたのかな、
なんて思ったが、とんでもない間違いで、
あの大学病院も、コロナ感染第7波のあおりを受けて、超大忙しであって、
あのHCUは、本当に私が重症化リスクが高い患者として入ったのであり、
担当医の小林先生をご尽力があったらしい。
そして、そこを出て違う病室に行くという事はその危険が遠のいた証らしい。
私はそれでも”平熱”のままであることも事実なので、
そんな危機感などなく<
「窓の無い部屋は本当に息が詰まる。」とか言ったのが効いたのかな、
なんて、のんきなバカなことを呟いていたのです。
今日新しく代わった部屋は、ビックリだった。
愛知医大はもう10年近く前に建てた新しい巨大なビルに、
病院の機能のほとんどを移して、古い建物は、大学の教室や、
新しい設備に収まり切れない設備を古い病院舎のままに入れて使っていた。
そして古い病院の設備は病室を含めて結構残されていて、
この新形コロナ禍第7波の患者の激増に対して、この古い病室を、
例えば4人の大部屋を、個室にしてしまって(コロナ患者は個室に隔離が原則)
部屋は明らかに古いが、
見たことがないくらいだだっ広い「個室」が出来たようだ。
いずれにしても、私はこの意味もなく広すぎる個室にまんざらでもない。
こんな部屋が並んでいるというこの病棟は、
重症化の心配がない患者が選択的に入っている病棟だそうだ。
どうも私はその仲間に成れたらしい。
いまだに平熱のまま、危機感を身をもって感じないまま、
私は無事に生還したようです。
ただ、家族にコロナを感染させてしまったようで、
ただ広い病室に一人、何もできない自分に申し訳なさで身が縮む。
明日はまた、猛烈に暑くなりそうです。
大きすぎるほどの窓から、夕焼けがキレイだ。
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2022年07月31日(日曜日)
07.31まさかのCOVID-19陽性。二日日目の只今、体温36.9℃。
昨日の朝、たまたま体温を測ったら36.7℃あって、
いつもは36.3~36.5℃が平熱だったので、
ちょっと微熱があるのかなと思いつつ、この日はビズリーチからの人を面暖で、
6人の人と話す間はいつものようにマスクは一時も外さず終わったのだが、
夕方、家に帰ってから体温を測ると37℃あって、微熱が出ていると思いつつ
大したことなかろうと思って晩ごはんを食べて、
糖質ゼロの缶ビールを2本飲んだ頃、自分が熱っぽく感じて体温を測ったら、
37.5℃あって、これはやばいかなと思いつつ体温を何度も測ると、
時間をかけて測るにつれて38℃、38.3℃、38.7度まで上がって、
この時はさすがら覚悟をした。
しかし「これは参ったな―。」と思って
一晩寝たら、
翌朝は37.0℃にまで下がっていて、あれから微妙に上がり下がりはするが。
動いていると体温はむしろ下がり気味で36.4℃にまで下がった。
これはもう平熱でしかなく、
今日は日曜日なので、いつもの病院でも通常の外来は無いし、
平熱では、休みの日も受け入れる「緊急外来」には該当せず受け入れられない。
それで病院には月曜日の明日行くことにして、とりあえず、
自分がコロナであるかどうかを知っておかなくては
家族にも感染してしまうので、
「抗原検査キット」を買いに、
近所のドラックストアに行かせたら、どこも品切れと言われたという。
テレビで言っていた「抗原検査キット品切れ」は本当なんだなぁと思う。
そこで思い出したのが、
営業の連中が、技術研修会を開く前にはコロナの陰性証明を出していて、
研修会の安全性を確保している。その為の抗原検査キットがあるはずた。
早速、営業の竹内部長に電話をして持ってきてもらい、
抗原検査を初めてやった。
その前に、血液の飽和酸素濃度で97%が出ていたし、体温も36.8℃だったし、
ただの風邪だという期待もあったが、
残念ながら「陽性」だった。
私はもう70才で十分に高齢だし、基礎疾患も十分にあるし、
手術の後の影響で「免疫抑制剤」を日常的に飲んでいるし、
新型コロナにかかったら百発百中で重症化して、下手すると死ぬかもしれない。
そう思っていたので、
多分、感染し発症してから二日たった今で、
体温36.9℃、どこも痛くも苦しくもなく、しかも飽和酸素濃度で97%。
この程度の軽症の症状で済んでいるとは、
思いもよらなかったので、かえってすごく嬉しい。
でも、ここからまだ高熱が出てくるかもしれないし、
呼吸困難があった飽和酸素濃度も70%台に下がるのかものかもしれない。
そんなことは全く判らないが、このままだと本当にすごく嬉しい。
また、家族も同じように抗原検査をやったら、
無事に「陰性」で、もっと嬉しい。
その結果、私は居間に一人きりになっているが、そんな事はどうでも良く、
ここから約一週間程度の隔離状態になるので、
来訪の用件とか訪問を用件は、リスケでご迷惑をおかけして申し訳ないが、
入院していた時だって、
便利なZOOMでほとんどすべての会議に出て、
みんなはどうだったか知らないが、
私は楽しかった。
ただ、チーちゃんと小ミミとリンダのトリオは、
同じ家の下にいるのに、お母さんのそばにばかりいて、私に近寄ってこない。
会社から帰ってきた時はあんなに三匹揃って大歓迎してくれるのに、
ずっと家にいると、近寄っても来ない。だから、暇で、これを書き始めた。
上の「陽性」が私で、下の「陰性」が家族。
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2022年07月31日(日曜日)
07.31.単に女性の感性に合わせて面白く造ってしまったのか
雨が降る事によって、車に乗ったホコリなどが流れて、
洗車をしたみたいにキレイになる。
そんな「自浄効果」をコスパ№1のクリスタルキーパーに加えたら、
洗車が面倒臭いと思っている(アンケートによる)多くの女性ドライバーに、
すごく喜んでもらえるのではないかと、ECOクリスタルを用意して見た。
それをKeePer LABO店舗で先行して販売していく事になっていて、
皆と相談しながら女性に訴求できるようなパンフレットなどを造っています。
しかし11名のデザイナーがガヤガヤと話し合っていただけでは
具体的なものが出来上がってくるものではなく、
女性を意識したパンフレット案を
デザイナー全員に1ずつ案を出してもらいました。
KeePer LABOの来店客は85%が男性です。
これは車に対する根本的な”価値観”の問題で、
男性にとって車というものは嗜好品的な要素が強く、
「自分の好きな車」がピカピカになって光っていることはすごく嬉しい事で
数万円の投資でも、大きな満足感が得られれば十分に見合う。
ところが、
女性の場合は「車」は、普段の生活の中で大変便利なもので、
決して手放すことは出来ないが、
便利な”道具”以上の意味はあまりない。
とは言っても、その車がいかにもきたなく汚れていれば、
乗っている自分までだらしなく見えて、それは嫌だ。
だから、時たまガススタのセルフ洗車機に並んで洗車するが、
面倒臭いだけで、洗車が好きな女性はほとんどいない。
こんなシルエットが、
たくさんの女性からの話やアンケートから見えてきた女性における洗車像。
だから、
自浄効果で洗車の回数がすごく減るECOダイヤの宣伝には
反応していただいたお客様の35%が女性の方でした。
しかし購買はそれほどなく、
他KeePerコーティングと目立った差はありません。
ECOダイヤは3年耐久で7~8万円の価格であり、
女性はたぶん、3年後まで効果が続くというその投資を信用していず、
ましてやその投資に、
7~8万円もの大金の投資は考えられないという事でしょうか。
ある機関投資家の女性アナリストが教えてくれました。
「普通の女性の金銭感覚で言うと、
美容院でいっぱいいろんなことをやってもらっても2万円台までだから、
車に便利な効果が1年続くと言っても、出せるのは2万円台だね。」
そこで、ECOクリスタルの構想が一挙に進んだわけです。
ということで、
女性に違和感を与えないような分かりやすいネーミングと、
興味を持って手に取ってもらえるようなパンフレットを募集した訳です。
11人のデザイナーから出てきた案は、
今までのクリスタルキーパーや
ダイヤモンドキーパーのパンフレットをベースに、
ピンクの色を多用したものや、
女性のバックに入りやすくサイズを小さくしたものや、
出来るだけ分かりやすい工夫をしたもの、ストーリーを取り入れたもの。
今までコーティングに興味の無かった女性に合わせて
内容を”女性でも”出来るだけ分かりやすくしたものが多かった中で、
異色を放っていたのが、
東京のデザイナーの責任者立花デザイナーの作品でした。
彼は、
コーティングに対する女性ならではの差に合わせるのではなく、
単に女性の感性に合わせて面白く造ってしまったのです。
1年耐久のECOクリスタルを「E-ONEキーパー」として、
ONEだから、ワンで、
ワンコに喋らせたパンフレット。というふざけたパンフレットです。
これは、女性だけではなく、男性も、子供もお年寄りも
思わず手に取るかもしれません。つい、読んでしまうでしょう。
しかし、それにしても面白い事を考える奴です。
まだ、内容は吟味されていず、
まだ足りない所や間違った所もありますが、ここから作り込んでいきます。
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2022年07月29日(金曜日)
07.29.チーちゃんと伊藤トレーナー最後の日
私の家の住人の一人、茶トラの「チーちゃん」は多分、今年18歳になりました。
チーちゃんが生まれてそんなに時間が経っていない頃の写真が、
このブログの「2004年08月01日(日)新しい友達チビチビ」に載っています。
http://keepergiken.jp/president/42365/
今、チーちゃんは誕生後18才と数日というところでしょうか。
猫の年齢は人の年齢の5倍と言うから、18才✖5倍=90才という事になります。
90才とは後期高齢もいいところで、
ヨボヨボでもいいはずなのだが、割と元気よく生きていて、
週二回の生理食塩水の点滴(15分)を受けて体の潤いをキープしつつ
便秘気味の時は適時浣腸をして、90才とは思えない美貌を保ちつつ、
同居の3才猫の子ミミと、5才犬のリンダに負けず、チーちゃんは元気です。
時々、食欲が無くてキャットフードを残すと、
犬のリンダに食べられてしまいますが、
90才の食からすればちょうどいいぐらいなのか、チーちゃんを怒る事もありません。
平和です。
でも、先日、チーちゃんは腰の力が抜けたような歩き方を見せて、
みんな、一瞬ドキッとしましたが、
直にまた、シャッキッとして、ちょっとホッとしています。
二年ぐらい前までは、チーちゃんだけが許されている特権、
食卓テーブルの上をかっ歩して、周りにニラミをきかしていましたが、
最近は、毛皮のツヤも心持ち鈍くなって、
お気に入りの椅子の上でウトウトしていることが多くなりました。
我が家の主・チーちゃんが、
平和で心地よく天寿を全うしてくれることを
家族みんな一人残らず心から祈っています。
ところで、
私は、昨年の11月に機能再生の為の手術を受けましたが、
その手術を受ける為に、2年半前にあった約95kgの体重を落とす必要があって、
食事の制限とレストレーション (再生の為のトレーニング?) と呼ばれる
トレーニングをパーソナルジム(伊藤トレーナーが自宅に来る)で受け、
約2年かかって78kg!まで落としました。
伊藤トレーナーの力は本当に不思議で、
言って見れば命の恩人の一人とも言えます。
そのおかげで元気な体に戻って絶好調になり、
本当に10年前に戻ったようです。
不死鳥のように復活させてもらったと言っても過言ではありません。
そのトレーニングを二年間担当してくれた伊藤トレーナーが、
家庭の都合で家業に入る事になったので、今日が最後のトレーニングになりました。
私のトレーニングは、伊藤トレーナー指名の別のトレーナーによって続きますが、
伊藤トレーナーから受けるトレーニングは、今日が最後の日でした。
それで今日不思議なことがあったのです。
私が居間でトレーニングを受けている間、
いつもは、チーちゃんと小ミミとリンダはお母さんの部屋で待っていて、
トレーニング終了後「終わったよ~」と私が声をかけると、
三匹揃って大喜びで居間に出てきて、
伊藤トレーナーに撫でてもらって大喜びするのが日課でした。
何故か、三匹とも伊藤トレーナーの大ファンだったのです。
しかし、
今日の伊藤トレーナーの最後の日は、
チーちゃんは、みんなと一緒にお母さんの部屋に行かず、居間の椅子にいて
まるで最後のトレーニングであることが判っているかのように。
トレーニングが終わるまで、じっとそこに一緒にいたのです。初めての事です。
チーちゃんは不思議な子で、
いつも、何もかも分かっているみたいなのです。
伊藤トレーナーも喜んで、最後にチーちゃんと記念写真を撮って行ってくれました。
私は実にみんなから守られています。
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2022年07月28日(木曜日)
07.28.大昔の借金の話。
大昔、三十数年前ガソリンスタンドとして起業し、
事業を拡大しようとして二軒目を持ったが、
その当時の特別措置法でガソリンスタンドとしての運営が出来ず、
洗車などだけで運営しなければならなった時がありました。
しかしそれがきっかけでコーティングと洗車のビジネスに転換したのだから、
今となっては良かったのですが、
その転換期の頃は、資金繰り的に非常に苦しい時代があり、
月末に金がない時代が何年か続いたことがある。
しかし、
資金に余裕が無くても、絶対に仕入れの支払いはせねばならないのは当然で、
従業員さんの給料を遅配すれば、たちまち不安が拡がって辞めてしまうので、
払っても払わなくても自分たちの自由になるのは、
自分達の給料だけなので、
何か月か、自分達の給料だけ取れなかったこともあった。
そんな時も、連れ合いは文句一つ言わずに一緒に働いてくれたが、
何十年か後、経営が楽になってから
「あの時は一番働いている自分達だけが給料無しで、とても悲しかった。」と、言った。
そんなに支払いには大変だったが、
従業員への給料の遅配は一度もなく、
仕入れの支払いも一円も削らず期限通りに現金で払った。
そんなことは、事業をやって行く上では当たり前のことだが、
あの時に、自分の給料欲しさに、
支払いを少しでも滞ったり、不当に値切ったりしていれば、
この会社の今は、絶対に無かったと言っていい。
だから当然、あれはあれで本当に良かったと思っている。
しかし、苦しい時代はそんなに続くことはなく、
新しい店舗でやり始めたQシステム(今のピュアキーパー)が、
たくさんのお客様に支持され、たくさん売れて、自分達の給料も普通に取れて、
“普通に”経営できるようになると、
すぐにまた次の展開がやりたくなって、
新しい事を始めていて、相変わらず月末にはいつもピーピー言っていた。
そんな時代には、当然借金もしなければならず、
かと言って、まだまとまった借金が出来るほど会社の信用もなく、
数百万円レベルの借金を複数の金融機関からしていた。
その頃メインにしていたのは、
起業当時からのメインであった○○信用金庫○○○支店。
細かく何度も借り入れをして、ほんの何年かの分割で返済してまた借りる。
他の金融機関からも借りて、
“普通に”経営とは言っても、自転車操業であったことには変わりなかった。
そんな綱渡りの様な経営だった頃、
○○信用金庫の次の借入れ実行日が、10日後に迫っていた時、
たまたまその○○○支店に行く用事があったので、
支店の中の融資担当の○○次長の席に行って
「今度の融資の実行、大丈夫ですよね。」と聞いたら、
その次長が、
「谷さん、まだ●▽の書類を頂いてないので、止まっていますよ。」と言った。
なにっ? あと10日後に実行予定の融資が、
一つの書類が揃ってないので、実行の手筈が進んでいない?
じゃ、何で電話ででも知らせてくれなかったのかと聞いたら、
「それは・・・担当者に伝えておきます。」と言う。
結果的にその足りない書類を揃えるのには少し時間がかかったので、
その融資は、実質的に必要な日には間に合わなかった。
それで仕方なく私は、自分の生命保険を担保にして、
保険会社からの借金をして、やっとその危機をしのいだのです。
その何か月か後、
たまたま来ていた他のある銀行の駆け出しの若い営業が言っていた
「私は、この会社には未来を感じます。今ある借入れを全部清算して、
私共の銀行に一本化して下さい。」の言葉に乗ることにした。
私は滅多な事では取引先を変えることはしないのだけど、
あの○○信用金庫で経営を続けていくことは出来ないと思ったので、
今回は心底、変更の必要を感じたのです。
その時の銀行とは、
今でもメインバンクとして続いています。
相手の事を考えず、自分の都合だけで仕事をすると、
相手に取り返しのつかない迷惑をかけ、
そのしっぺ返しは、いつか自分の所に帰ってくるものです。
自分の都合だけで仕事をしていると、
いつか痛い目に合うのは必ず自分であるという事なのでしょう。
我が身を振り返る事です。
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