2022年06月21日(火曜日)
06.21.朝のトレーニングと、たった4件の用件でクタクタだが
今日は、
毎週火曜日と金曜日のトレーニングを受けてから10時半に出社。
それから座り仕事である応対と会議の四件を済ませたのは夜7時過ぎ、
最後がLABOの店舗プラン会議で、
新店2軒分と4件の店舗改造の検討で3時間半くらいかかったからか、
何故か、ものすごくくたびれ空腹も手伝って、すぐに帰社しました。
人間の体の中で脳を働かせることが一番エネルギーを使うと言われますが、
「そんなバカな」と、私は思っていました。
手や足を使う方が疲れるのに決まっている。
頭なんて使えば使うほど楽しくて元気になると思っていたのです。
しかし、歳をとって
体全体が老いて、体力が無くなってくると、
元気になった頭を集中して使う事でくたびれてしまうようになったようです。
一日中座っているのに、
頭を使って喋っただけで疲れるようになってしまったのは、実に情けない。
専務と社長は朝から働いていて、
私よりもはるかに多くの用件をこなしているのに、
私が帰る時点から、また、かなり手間のかかる仕事をこなすようだ。
あの様子では、夜は何時に終わるのか見当がつかない。
私も昔は、
そんな感じで一日中目いっぱい働いて、夜遅くても平気だった。
というより、つい何年か前までけっこう平気だったが、
70才は肉体としての大きな曲がり角なのか、
この所、ちょっと根を詰めて働くと明らかにくたびれるようになった。
その割には頭が冴えてきて、
今まで見えなかったものが、どんどん見えてくる。
すると、どんどん新しく色々なアイディアが浮かんできて、
事業の成長スビートを上げていくような発想になってきていて、
事業そのものが、今まで以上に面白くなっていて、
強気になりやりたいことだらけになってくるのは、
実際に行動してくれる会社のみんなには、本当に申し訳なく思っている。
体にあまりエネルギーを使わなくなって、
その分、頭にエネルギーが行ってしまうのだろうか。
頭ばかりが回ってしまい、机上の空論になってしまう危険性もある。
その危険性を意識しながら、
それでも、自分の意志で
成長をもっとスピードアップする方向性は、どうしても変わらない。
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2022年06月19日(日曜日)
06.19.日本電産の永守重信会長がCEOに復活したそうだ。
小型精密モーターで世界の80%のシェアを誇る
電子部品メーカー日本電産を、
一代で巨大企業したカリスマ創業者永守重信氏は、
「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」で、
買収した五十数社をほぼすべて一年以内に黒字化して
時価総額4兆円にまで育て上げたスーパーマンです。
しかしこれは、ここ1年で約半分に株価が下がった時価での約4兆円であり、
これを不満として、
一旦は譲ったCEO(経営最高責任者)に、
永守重信氏は、一年足らずで復活したのだそうです。
株価は確かに一年で半分にまで下がっているが、
それでも収益的には過去最高益を記録していて
PERも30倍近くもあって将来性を大きく期待されたままだが、
永守会長は、それでも全く不満なようで、
将来の売り上げ計画を今の約5倍の10兆円に設定して、
自らの手で、まだこの会社を大飛躍させるつもりのようだ。
このことはYahoo! NEWSに載っていて好意的な書き方だったが
Yahoo!ファイナンスの掲示板を見ると、
株主の皆さんは必ずしも好意的ばかりでもなく、
中には「老害」の単語も何回か使われていた。
株式マーケットも、この事を必ずしも好感していないのか
株価は昨日の時点で年初来最安値をまた更新している。
ソフトバンクの孫さんも、
ユニクロの柳井さんも、スズキの鈴木修さんも、
一旦トップから身を引いたのに、後任の仕事ぶりと結果に業を煮やして、
再びトップの立場に返り咲き、
その後は、中々承継が進んでいないようです。
いずれにしてもこれらの会社は
日本を代表するように超巨大企業の事なので、
私達の会社などの事とは比べようもないのですが、
私だったら、絶対に嫌です。
もう一度、前面に出る社長職に戻ることは、絶対にあり得ません。
今の体制で、以前よりもはるかに機動力も出ていて、
企画力も増したので、
今のままで行く方が絶対に良いし、
私の今の体力では、今の労働量がちょうど合っています。
この年になって5年前のような仕事漬け生活に戻る事は自殺行為です。
いや、自殺行為にはならなくても、本当に、ぜったい嫌です。
永野さんや柳井さん達は、
桁違いに頭脳が優れていて、
事業意欲・達成意欲などが、精神力も並外れて強いのでしょう。
もちろん体力にしても、
自制した日常生活に(強い意志で)コントロールされていて万全なのでしょう。
それに比べて
私なんざ、
夕方近くになると、もうピールが飲みたくなって、
若い子を捕まえてすぐ安酒屋に飲みに行ってしまいます。
せっかく健康になったのに、
病院の先生の言うような健康優良児のような生活がどうしても出来ません。
きっと、私の志なんざ、その程度なのでしょう。
いずれにしても、
日本電産の永野会長のCEO復帰のニュースを見て、
「俺は、絶対やらんな。絶対」と、つぶやいた私でした。
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2022年06月18日(土曜日)
06.18.珍しい一時間の長い空白
今日、久し振りの人が会社に来ていただけるとのことで
会社で待っていたのですが、
うっかり私が時間を一時間間違えていて、すっぽり一時間空いてしまった。
こんなことは珍しいのですが、何もすることがない時間が一時間できて、
改めて一時間という時間の長さを感じています。
会議とか、機関投資家からの取材を受けている時の一時間は
あっという間に過ぎてしまうのに、
今日みたいに事務所に珍しく誰もいない時の一時間は、とても長く感じます。
そう考えると、どうせ限られている一生の時間も、
忙しく、あわただしく過ぎてしまうよりボーっとしていれば、
とても長く感じられて、かえって得なのかもしれないのかな、
なんてつまらない事を考えてしまいます。
しかし、入院中の事を考えると、
「時間薬」といって、とにかく時間が過ぎるのを待つしかない事を思うと、
退院して元気になった時の時間が、
「元気なだけでこんなに幸せなのか」と、感じたことを思うと、
ボーっとしているのは、やっぱり嫌だなと思ったりします。
私はいま70歳になってしまっていますが、
50歳近くになってからこのブログを書き始めたので、
バックナンバーを遡れば、事細かく記憶が蘇りますが、
30歳台の時、40歳台の時の事をほとんど覚えていません。
決算書などを振り返って読めば、あの頃にはあんなことがあったとか、
かすかに思い出しますが、やはり大まかにしか覚えていません。
若い時からずっと日記を書いている人がいますが、
そういう人の気持ちがわかるような気がします。
どの年代でも、充実して生きてきたことには違いないので、
それを文字にして置き換えておく意味は、たしかにあると感じます。
そんなことを思いながら、空白の一時間の半分を使ってこれを書きました。
変な気持ちです。
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2022年06月18日(土曜日)
06.18.CS顧客満足とES従業員満足の同時実現
KeePerとKeePer技研㈱は、KeePer LABOが軸。
KeePer技研㈱のビジネスとしての軸は「KeePer LABO運営事業」で、社員全体の約85%がKeePer LABO店舗に所属し、会社が生み出す付加価値の70%がKeePer LABO直営店舗からのものです。
KeePer製品の卸売りの事業はそれに付随する形で成長しており、そういう意味では、まさしくKeePer LABOが、KeePer技研㈱の大黒柱であると言えます。
KeePerのすべての製品は、KeePer LABOという現場から生まれている。
KeePerのサービスは、そのケミカルとそれを使う技術で構成されています。
そして、そのサービスは現場のお客様の生のニーズから造り上げられてきた。
そのサービスの為のケミカルは世界のトップクラスの化学研究所が数えきれないほど造り上げたものを、やはり現場で、ものすごい手間をかけて鍛え上げて造られてきた。技術も当然現場に即した実践的な技術です。
つまり、KeePerのビジネスのそのすべてがKeePer LABOという現場から出来上がって来ていると言っていいものです。
KeePer LABOは「人」の在り方に特徴がある。
そのKeePer LABOには、人・ハード・ソフトの面において独特のノウハウがありますが、やはり、一番肝心なのは「人」の部分です。
KeePer LABOでの仕事は基本的に「外」の仕事であり、季節の変化をまともに受け、暑い時、寒い時とそれぞれに辛いところもあり、体を動かす仕事ですから肉体的な辛さも伴ういわゆる「現場仕事」です。
勿論、それに十分に報いるだけの所得が支給され、充分な休日の確保や福利厚生の充実など、企業としてあるべき要素が整えられていることは当然であり、大前提ですが、それだけでは現場仕事の職場での高い定着率は実現しません。
CS顧客満足とES従業員満足の同時実現
彼らが持っているこの仕事に対する楽しみ、あるいは働き甲斐とは、お客様の喜びであり、お客様から常にいただく「感謝」の言葉なのだと思います。
つまりKeePerコーティングは、お客様が前もってKeePerのパンフレットやWebサイトで調べて持っていた”期待を上回る”「キレイさを」実現するので、
ほとんどのお客様が驚いたように喜んでくれます。
「ほーっすごい、ここまでキレイになるとは思っていなかった。」と驚き、喜んでくれるのです。(中には、あくまでも上からの態度で高飛車な物言いに終始する人もいますが、滅多にいません。)
ほとんどの人がすごくキレイになったと大喜びしてくれます。
そして「ありがとう。」のお言葉を、いっぱい頂くことになります。
するとスタッフは、職場の暑い寒いや、体を動かす事の疲れよりも、お客様が喜んでくれて、感謝までいただけることの楽しみの方が上回って、むしろ、楽しい職場になります。
すると、スタッフは「お客様が喜んでくれる事を楽しみに仕事をする。」が、普通になって、職場に安定したプラスのモチベーションが存在し続けます。
たとえば店舗の人たちがよく言う事に、スタッフ同士が「あのお客様が、KeePerのキレイさにビックリして、こんな・・に喜んでくれた。」と、休憩中でも、楽しそうに話しているのだそうです。
「CS(顧客満足)とES(従業員満足)の同時実現」が、うまく行っている時の一つの現象です。
これが、一般的に従業員の定着率が低いと言われる現場仕事でありサービス業でありながら、KeePer LABOが比較的高い定着率を実現している大きな要素になっています。
スタッフは、「共感性」を普通に持ってくれていることは必要。
ただし、これを実現するためには一つの条件があります。作業をしてお客様と接するスタッフが、普通に「共感性」を備えている人であることです。それがないと、いくらお客様が喜んでくれてもそれが自分の喜びにもなるという現象に結び付きません。
たとえば、匿名性を持ったデジタルのコミュニケーションの場で、平気で相手を傷つけるような言葉を書くような無神経な輩では、相手の喜びを自らの喜びとして共有するような現象は起きません。
相手と感情を共有していないからこそ、匿名になると凶暴性をもって平気で相手を傷つけるのですから。
これは入社面接が大きなカギになります。この面接の時に、共感性の有無を見分けなければならないのです。これにはちょっとしたコツがあるのですが、そんなに正確なものではありません。
それでも大切なことですので新卒でも中途入社の場合でも、入社の面接を、昔はすべて私自身がやっていましたし、今でも社長と専務が手分けして直接やっています。大変ですが、ここが勝負とも言えるところなのです。
新入社員の教育は初期の技術習得の段階では一般に開かれている「KeePer技術研修スクール」に混じって学習しますが、後は、店舗で先輩に着いて、マンツーマンで技術を習熟して行くのと同時に、先輩と一緒にお客様が喜んでくれる嬉しい現場をいっぱい体験して、この仕事の面白さを知ると同時に、自然に、相手の身になった接客を身に着けて行きます。
この段階で、「接客教室」や「マナー研修」のような接客の「型」を教え込むような教育をすると、逆に混乱してしまい、下手をすると辞めてしまいます。
だから、よく「スタッフの皆さんの社員教育が行き届いていますね。」とお褒めいただくことがありますが、実は、会社としての一般的な社員教員というものは全くやっていないませんが、先輩と一緒にお客様の気持ちになることによって、お客様に教育していただいていると言った方が正しいのでしょう。
「CS(顧客満足)とES(従業員満足)の同時実現」が、「商品の高品質」を生む。
車をキレイにするという事、単に汚れが取れるというレベルのキレイさではなく、お客様が驚いてくれるような、期待以上に”ものすごくキレイになる”というものは、「ケミカル」と「技術」と「設備」だけでは作りだせません。
その作業をする人が、”驚いてくれるようなキレイさ”を造り出したいと本気で思わなくては出来ないのです。
これは精神論的な事ではなく、設備が整った良い環境で、優秀なケミカルを使って、決まった技術で正しく施工しても、一見しても判らないような細かい所に、塗り漏れや拭き漏れがあったり、コーティングの艶に拭きムラが有ったりしていては、決して驚くようなキレイさには出来上がっていません。「手は抜いていないが、気が抜けた半端な仕上がり」で、お客様はがっかりして、感動を与えることは難しい出来上がりになってしまっています。
ですから、リピートのお客様が積み上がっていて繁盛しているKeePer施工店と、そうでもない暇なでは、両方とも、同じケミカルと、同じ訓練で身に着けた同じ技術でKeePerコーティングを施工するのですが、お客様の目から見ると、気が入っているかどうかの「差」が歴然と出てしまうのです。何が違うかと具体的に言えるものではありませんが、その差ははっきりあります。
”驚いてくれるようなキレイさ”が、二乗の高付加価値を生み出す。
カーコーティングは、外部で規格に沿って造られた製品を売る「物販」ではなく、そのお店ごとで付加価値が造り上げられるサービス業なので、物販業のように「安売り」が万能ではありません。
決まったケミカルで、決められた技術を使って作業したとしても、実際に作業をする人の技術力には差があるし、きちんとキレイにしたいという気持ちを持ってやる作業と、やらされてやるだけの作業では、その商品の価値(結果)は大きく違う。つまり、同じ名前の商品名であっても、それを作業し、造り上げて売っている店舗によって、その価値(キレイさ、顧客満足度)は変わってくるので、お客様は、物販のように「安い店」を探すのではなく、サービス業なので「上手い店」を探す。特に「キレイさ」という人の感性に訴える価値は、その価値の大きさの二乗に比例して値段が付く。
1のキレイさには1✖1=1の値段が付く。
しかし、
2のキレイさには2✖2=4の値段が付き、
3のキレイさには3✖3=9の値段が付く。
高付加価値≒二乗の高価格は、高効率と高リピート率を生み出し、
高所得を実現して、安定した好人材を確保する事になる。
価格-コスト=利益なので、同じ材料(同じコスト)を使って作業をしても、上手い技術とキレイにしたい気持ちをもって作業をすると、そのキレイさの二乗に比例して高価格が得られる。と同時に高品質がお客様の高リピートを実現して、
売上げの高い増加率を実現する。
(高品質=高単価)✖高リピート(高客数の増加)=売上高の増加
当然、ビジネスとしての効率は上がり、高効率、高収益が実現する。
それが実現できれば、当然、働いてくれているスタッフの労働環境と労働条件も改善出来る上に、高所得が実現できて、安定した良い人材が得られる。
みんなが、お客様が喜ぶのを楽しみにして働くビジネスと
人に作業を機械的にやらせるビジネスには決定的な差が出来る。
お客様が喜んでくれることを楽しみにしてキレイさを造り出すと、
正しいケミカルと、高い技術が備わっていれば、
お客様は必ずそのキレイさに驚いて、喜んでくれます。
人は自分の意志で動く時にこそ、
良い仕事が出来るものなのではないだろうか。
良い仕事は、人の感性に訴えるサービス商品において
大きく高い結果(価値)を造り出せて、高い付加価値を生み出し、
高効率、高収益、ひいては高所得を生み出すプラスの循環が成立するはずだ。
それぞれの人の自分の意志とは、
その人によって当然違うが、
「お客様が喜んでくれることを楽しみにして・・・・」は、
その人が共感性さえ備えていれば、みんなで共有できるのではないか。
逆に、人はビジネスの一要素として、
機械的かつコストとして考えられ、
使う側が、使われる側の者を一方的働かせている職場では、
セントラルキッチンなどや、マニュアルなどで一律的な価値は造れても、
人を感動させるような、期待以上の価値は造ることは出来ない。
するとプラスの循環が生まれることはない。
人を機械的に効率よく使って働かせるビジネスより、
人が「お客様が喜んでくれることを楽しみにして」を動機に、
みんなが自分の意志で仕事をするようなビジネスの在り方の方が、
実はビジネスとしても、むしろ効率がより高いのではないでしょうか。
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2022年06月17日(金曜日)
06.17.認めたくはないが、私も宿命に縛られている。
私が持っている宿命、
自分ではどうにもならない宿命とは、
自分では認めたくはないのですが、足が不自由である事なのでしょう。
4歳の時に罹ったポリオ(脊髄性小児麻痺)は、
私の命を奪うことはなかったのですが、
(村上龍さんは小学校の時、同級生がポリオで2人死んだ。と言っていました。)
左足に麻痺と委縮の後遺症を残しました。
それでも、私がまだ小さい時は、
自分がビッコをひいて歩いている事や、スキップが踏めない事、
走ると必ずビリになることを憶えているぐらいで、
これを障害だと意識する事は全くありませんでした。
「背が低い」とか「近眼」とか「太っている」というような事と
自分のビッコも、同じようなものぐらいにしか自覚していません。
単なる個性の一つでした。
それが中学校の頃になってくると少し変わってきます。
中学では、親が高校受験を意識するようになってきて、
私は親父から
「好通、お前は足が悪いから立ち仕事は出来ないんだから、しっかり勉強して、
学歴着けて、座って出来る職に就かなきゃイカン。足が悪いんだから。」と、
しょっちゅう言われて、
自分の足の不自由を、反発と共に否が応でも意識しはじめた。
高校は進学校に入ったが
「お前は足が悪いから勉強するしかないのだ。」に反発して、
あえて「柔道部」に入った。
私の柔道は変則的で、部内ではそれほどではなくても、
対外試合になると、慣れていない相手に変則柔道は強く、
小さな大会ではあるが、名古屋市のベスト8に残った事があります。
しかしこれは、
足の不自由を「若さ」ならではの体力でカバーして出来てしまった事であり、
別に宿命を克服したという訳でない。
仕事を選ぶ時も、立ち仕事の代表のようなガソリンスタンドマンになったのは、
まだ十分な体力があったから立ち仕事がそれほど辛かった訳ではなく
選んだ職場の中で一番給料が良かったから選んだだけで、
自分の足の不自由を克服する為、
あえて立ち仕事に立ち向かったという訳ではない。
ガソリンスタンドマンになった動機は「一番高給であったから」に過ぎない。
ガソリンスタンドでの仕事はきつかったことは確かで、
年齢が三十才台に入る頃には、これをこの先までずっと続けるのは、
自分が持っているハンディを考えるとやはり難しいと思った。
しかし学歴もなければ、有力な血縁も縁故もない自分には、
肉体労働を伴わない種類の管理職になることは難しいと思えた。
そこで、
独立して最初から社長になって、その会社を大きくして、
否が応でも一番上の管理職になるしかないと思って、起業しました。
これが、自分の宿命が原因になって起こした
最初の行動であったかもしれない。
起業した業種は熟練したガソリンスタンドの経営でしたが、
一軒目の運営はうまく行って、すぐに2軒目を考えたが、
この先、多店舗になっても「商品担保」が都合できないことは明白だったので、
担保の要らない「洗車とコーティング」のビジネスに方向転換をはかった。
担保がなければ、
自分が現場に立たなくてもいい大きな会社には成長できないと考えたから。
そういう意味では、
足のハンディから解放されたいがために今の方向に転換したのは、
ラッキーであるとしか言いようがない。
結果的にではあるが、私の宿命が、私を幸運な方向に導いたと言える。
あれからの人生の半分は、
ドイツに出張に行った時、フランクフルト空港でトランジットした時に、
空港内での徒歩での移動があまりにも長く悲鳴を上げたことぐらいで、
それも次回のドイツ行きから、
Finエアーでのヘルシンキ経由に変更して
空港内の移動も短くなってトランジットも解決した。
その他には、足のハンディで苦労した記憶がない。
しかし、60歳を超えた頃から、足首の関節の骨の変形が進んで、
100m程度の歩行が難しくなってきたので、
超軽量の車いすを手に入れて、
新幹線のホームや飛行機に乗る時に空港で利用したり、
美術館や博物館などゆっくりと見て回る時、あるいはデパートなどでも、
この車イスによって快適にゆっくり見て回れるようになり、
何の不便もない。
しかし今、70歳を迎えて、
ますます足の形がダメになって、装具無しでは短い距離も歩けなくなってきて、
そろそろ観念する時を予感するようになってきて、
自分の宿命を、負の宿命として感じるようになってきて、
私も、自分の持っている宿命に
縛られていることを認めざるを得なくなってきました。
しかし、少なくともあと三年ぐらいは、
自分の宿命に逆らってみようと思っています。負けるのは大嫌いです。
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