谷 好通コラム

2022年03月03日(木曜日)

03.03.ひな祭りの日、久しぶりの丸一日、六件の連続会議。

今日3月3日はひな祭りの日。

朝10時からの出社なので、のんびりしているようですが、

そこからがハードで、1時間の会議が3件と、2時間の会議が3件。

途中45分の昼食休憩を挟んで、正味9時間の休みなしの会議が続く。

次から次へと議題が変わるので、頭の切り替えがなかなか着いて来ない。

 

その中の一つ、夕方4時からの2時間の会議は、

ZOOMを使って、ドイツSONAXとの製品開発会議。

両社の総勢12人が、1人の通訳を通じて議論を重ねるのだが、

時差で。ドイツでは午前8時からになるので、

会議の最初の挨拶は「おはようございます。(グーデン モルゲン!)」

 

発言するのは、こちらはKeePerは開発の増田部長と私がほとんどで、

向こうSONAXは開発責任者Dr.ピッチと技術のトビアス、そして営業担当ホフマンで、

通訳の中村さんが忙しく話をつなぐ。

この時に一番苦労するのが、日本語・英語(通じる)の単語のニュアンスの違い。

「拭きやすさ」という単語も、

こちらは、拭いた時の「切れの良さ、悪さ」を言っているのに、

向こうと通訳さんは拭く時の「重さ、軽さ」を言っているようだと気が付き、

議論が空回りになっていた訳が分かって、慌てて修正したりして、

苦労して議論を進める。

こんなことを二十年以上繰り返しSONAXとはコミュニケーションしてきた。

双方が意思がなかなか通じない時にイライラするのが分かるが、

短気は損気で通じるまで色々と言い方を変えて、意思疎通を図り、

何とか今回も、欲しい方向でのサンプルが送られるように通じることが出来た。

 

考えてみれば、従来はわざわざ我々がドイツに行くか、

彼らが日本に来るかで、コミュニケーションを取っていたが、

行き来できるのはお互いわずかに二人ぐらいで、

今回のようにZOOMを使えば、実際に喋るのは双方二人ずつぐらいだが、

双方のスタッフ全員が代表者の議論を同時に聞き、

そのニュアンスまで共有出来たのは、その後の開発に大きな意味があった。

そんな気がして、これを毎月ぐらいでやったら、

コロナ禍でお互いの国に行けない空白が一挙に解消できるだろう。

もっと早く始めれば良かった。

 

そんな充実した会議が、あと5つもあって、

疲れるはずだが会議ごとに話題が全く変わるので、疲れたり飽きる暇がない。

面白い一日であった。

今月いっぱい、こんな日がほとんどずっと続く。

ただ週に少なくとも一日は休みの日があって、

36年前、起業した年は362日働き続けて初月の三が日しか休まなかったが、

ずっと面白かった。ツラいとは全く思わなかった。

だから、久しぶりにびっしりの会議が続くと、あの頃の感覚を思い出して、

またこんな時間を持てるようになったことを、

噛みしめて、勝手に感動したりするのは、嬉しかった。

入院している日々より百倍も楽しいし、充実した気分だ。

 

今日はひな祭り、

これからどんどん春がやってくる。

ひな祭りなんて、すっかり忘れていたが、

早咲きの「河津桜」の写真が送られてきて、

そのメールがひな祭りと言っていたので、やっと思い出した。

今日は、昔のように、一日中、仕事の事だけを考えて生きていた良い日だった。

 

「河津桜(かわづざくら)」の蕾が膨らんできて、もう、咲くばかりです。

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2022年03月02日(水曜日)

03.02.今日一日、休暇にして、家族と「デンパーク」に行ってきました。

入院する時は、3月2日に退院の予定だったので、

昨日の会議は病室からZOOMで出る予定だったのですが、

昨日が退院となってしまったので、実際には、リアルの出席にしちゃいました。

逆に、3月2日つまり今日は予定で退院の日で、やる事も多いかと思って

実際の予定は何も入れてなかったので、今日を休暇にしてしまったのです。

その代わり明日からは、

3月いっぱい、これでもかというほどびっしりと予定が入られているので、

(私のサイボウズは、可愛そうなくらいびっしりなのです。)

これは、前話で書いた「病気平癒」のお守り。神社でご祈祷までしてあるという。

ありがたい事です。

 

今日の一日を、家族とゆっくりと過ごす時間にして、

すべての手術と入院が終わったことを噛みしめよう思いました。

で、行ったのが、安城の「デンパーク」と言って、

昔、安城市が農業の町で、農作業の機械化で有名だった時、

「東洋のデンマーク」と言われていたことがあって、

今はすっかりトヨタ自動車の一次協力工場の集結地になった安城市に、

トヨタ関係の大企業がお金を出し合って、

その昔の事を記念して、「デンパーク」という記念公園を造ったのです。

緑と花がいっぱいで、近くの幼稚園や小学校の遠足の定番の公園ですが、

なぜ、私たちはここに行ったのか、

車でぶらぶらとしていたら、たまたま目についたので、

立ち寄っただけですが、これはこれで花に囲まれてゆっくり出来て良かったのです。

恐竜の森は工事中で入れず、この一頭だけでした。残念。

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2022年03月02日(水曜日)

03.02.働けるって本当に素晴らしい。

昨日は、午前中に退院して、

予定していたように病院近くのアメリカンハンバーカー屋に行ったら、

時間が早過ぎたのか、火曜日だったからなのかCLOSEになっていた。残念。

だから、昼は家で済ました上で、

午後は会社の事務所に出る。

ありがたい事に、

退院を喜んでいただいた恩人がお祝いに駆けつけていただいたり、

わざわざ「病気平癒」のお守りを買って送っていただいた人がいたり、

私が病院での暇に任せて病気の事を色々書いてしまったので、

ご心配をおかけした様で、恐縮してしまいました。

 

午後からは、仕事全開です。

この日はたまたま、会社の実働部隊の幹部が集まり実戦的な議論をする日で、

形式的な要素は全く無く最も充実した日の一つで、

いわゆる「攻め」の日です。

私は病室でたくさんの事を落ち着いて考えられたので、いっぱい話をして、

でも、病院でパワーが溜まり過ぎていたのか少し飛ばし過ぎでしたが、

色々なことが、具体性を持って前に進み始めたのは良かった。

あとは、実際に行動が起こせるかどうか。

仕事は、

これがこうであったら、ああであったら、こうなって、物事が実現し、

実現すれば、良い事がいっぱいあって、

お客様も、私達も、関わりのある人たちすべてが喜べる。

大雑把に言うとこんな事だろうか。

 

だから、仕事は本当に面白いし、楽しい。

しばらくの間、間接的にしか仕事に関わることが出来ず、

久し振りに直接みんなと接して、仕事に関われると、

仕事が出来ることの面白さと、楽しさがひしひしと思いだされる。

働けるって、本当に素晴らしいですね。

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2022年03月01日(火曜日)

03.01.さぁ、帰るぞ。

四年前から一つのことで、つまずいて、

二年前にそれを解決しようと決意して、

二年間で16kgのダイエットをした結果、

そのつまずきを根本的に解決する為の重い手術を受けて、

それは大変ではあったが、うまく行って、

でも、その検査の過程で幸運にも豆粒ほどのガンが膀胱に見つかった。

それもついでに解決しようと思い段取りを進めていたのに

その途中で、古典的な変なガスを出す細菌に感染してしまい、

発見が偶然にも早かったので命拾いをして、

その入院のついでに(一時退院あり)ガンを取る手術もして、

当然のように100%うまく行って

すべての問題を解決した上で、

晴れて「さぁ、帰るぞ。」となった。

 

連れ合いが迎えに来てくれるまであと三時間もあるが、

帰るための片付けの準備はすでに一時間前に終わっている。

それにしても、今日は朝飯が遅い。腹が減った。

 

「さぁ、今度こそ本当に帰るぞ。・・仕事が出来るのだ。

3月はもうすでに見事にびっしり入った予定があって、ゾクゾクしてくる。」

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2022年02月28日(月曜日)

02.28.死というものが自分の自由にはならないものなら

今日は朝早くから先生が病室に来てくれて、

違和感の塊であったカテーテルを

「さぁ、抜きましょう。」と言って抜いてくれた。

これであとは、あと一日の観察入院で

血尿が出なければ、とりあえず全快で、終わりである。

 

体にはもう何も付いていないので、

退院しても良さそうなのだが、

「帰りたい」などと我がままを言わずに、素直に観察入院に甘んじよう。

 

この4か月にわたって

「腎移植手術」「下肢のガス壊疽除去」「初期の膀胱がん切除」と、

全く関連性の無いバラバラの手術を3度も連続して受けて、

延べ約1ヶ月半の入院も本当に長かったが、明日ですべてが終わる。

おまけに辛かった4年間の透析生活も無くなっているのだから最高だ。

病気は年取ってきたのだから、

ある程度は仕方ないと思うが、

もうしばらくは何も無いことを期待したい。

 

しかし、いずれは人間、必ず死ぬのだから、

健康との闘いとは、必ず負ける闘いでしかない。

あくまでも全力で、全財産をかけ、全精力で生きることに執着しても、

どこかで必ず負けるのだから、

如何に死に抵抗しきっていくかという無駄な事より、

どう死を受け入れていくのかを、考えておくべきなのかもしれない。

 

私は今回の一連の手術で、生命に危機に関わっていたのは、

実は、意外と「ガス壊疽」であり、

ウィキペディアによれば

発見から処置のまでの時間が遅かったら確実に死んでいた病気らしい。

たまたま見つかったのは

事前に撮ったCT画面で、私の主治医の先生が

傷の近くにガスの空洞がある事を見つけて、(ガス壊疽の特長)

「これは、まずい」と、

一旦、帰るつもりであった私を強引に引き留めて入院させてくれた。

それが無かったら、

私は本当に死んでいたかもしれないのです。

とは言っても、先生も重大な事態だと分かっていたはずですから、

私をぶん殴ってでも引き留めてくれたとは思いますが、

いずれにしても命の恩人であることには違いありません。

 

人の命とは一生懸命、真面目に節制しないと、大切に出来ないものですが、

しかし、どんなに頑張っても、良い事をしても、

必ず、終わりは来て、誰もが死ぬ訳です

 

その終わりも、どんな終わり方をするかを自分で選ぶことは出来ない。

自分の望むような死に方が出来るとは限りない。

 

ならば、自分ではどうにも出来ないその運命の日が来て、

自分の命が最後になる日まで、

どう生きて、どんなことを何のために実現して、

どんな人に、どんな幸せを、どんな風に与えられるか。

 

必ず、自分が死ぬという事を前提にして、またその死が自由にならないならば、

死ぬまでに、どう生きて、どんなことを何のために実現して、

どんな人に、どんな幸せを、どんな風に与えられるか。

 

と、いうことになってしまう。

 

少なくとも、自分の権力欲、支配欲、自己実現欲を満たす為に、

人を犯し、人の生命を殺し、多くの人から憎まれ、多くの人を不幸にするような、

そんな人生にどんな意味があるのか、

死後に銅像が造られようと、

死後に歴史の教科書に乗ろうと、

生きている間にどんなに高価なものを莫大に持っていたにしても、

 

そんな人生にどんなポジティブな意味も魅力も何も感じられない。

 

 

自分の人生の終わり、死というものが自分の自由にはならないものなら、

少なくとも、自分の意志で決めることが出来る”生き方”は、

自分の納得のいくような、みんなから喜ばれるような”生き方”をしたい。

 

たまたま、ひょっとしたら自分が死んだかもしれない出来事があった上で

その逆に

何のためにか全く理解できないが、

ウクライナを犯し、理不尽に人を殺し続けるプーチンの画面を見て、

そんなことを思いました。

 

 

 

退院寸前の病室で

先ほど、看護師さんが部屋に来て

「退院後2週間はアルコール禁止ですから。」だそうです。

がっかりです。

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    代表取締役会長兼CEO

    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
    読めば読むほど元気になること間違いなし。・・・の、はず。

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