2022年03月01日(火曜日)
03.01.さぁ、帰るぞ。
四年前から一つのことで、つまずいて、
二年前にそれを解決しようと決意して、
二年間で16kgのダイエットをした結果、
そのつまずきを根本的に解決する為の重い手術を受けて、
それは大変ではあったが、うまく行って、
でも、その検査の過程で幸運にも豆粒ほどのガンが膀胱に見つかった。
それもついでに解決しようと思い段取りを進めていたのに
その途中で、古典的な変なガスを出す細菌に感染してしまい、
発見が偶然にも早かったので命拾いをして、
その入院のついでに(一時退院あり)ガンを取る手術もして、
当然のように100%うまく行って
すべての問題を解決した上で、
晴れて「さぁ、帰るぞ。」となった。
連れ合いが迎えに来てくれるまであと三時間もあるが、
帰るための片付けの準備はすでに一時間前に終わっている。
それにしても、今日は朝飯が遅い。腹が減った。
「さぁ、今度こそ本当に帰るぞ。・・仕事が出来るのだ。
3月はもうすでに見事にびっしり入った予定があって、ゾクゾクしてくる。」
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2022年02月28日(月曜日)
02.28.死というものが自分の自由にはならないものなら
今日は朝早くから先生が病室に来てくれて、
違和感の塊であったカテーテルを
「さぁ、抜きましょう。」と言って抜いてくれた。
これであとは、あと一日の観察入院で
血尿が出なければ、とりあえず全快で、終わりである。
体にはもう何も付いていないので、
退院しても良さそうなのだが、
「帰りたい」などと我がままを言わずに、素直に観察入院に甘んじよう。
この4か月にわたって
「腎移植手術」「下肢のガス壊疽除去」「初期の膀胱がん切除」と、
全く関連性の無いバラバラの手術を3度も連続して受けて、
延べ約1ヶ月半の入院も本当に長かったが、明日ですべてが終わる。
おまけに辛かった4年間の透析生活も無くなっているのだから最高だ。
病気は年取ってきたのだから、
ある程度は仕方ないと思うが、
もうしばらくは何も無いことを期待したい。
しかし、いずれは人間、必ず死ぬのだから、
健康との闘いとは、必ず負ける闘いでしかない。
あくまでも全力で、全財産をかけ、全精力で生きることに執着しても、
どこかで必ず負けるのだから、
如何に死に抵抗しきっていくかという無駄な事より、
どう死を受け入れていくのかを、考えておくべきなのかもしれない。
私は今回の一連の手術で、生命に危機に関わっていたのは、
実は、意外と「ガス壊疽」であり、
ウィキペディアによれば
発見から処置のまでの時間が遅かったら確実に死んでいた病気らしい。
たまたま見つかったのは
事前に撮ったCT画面で、私の主治医の先生が
傷の近くにガスの空洞がある事を見つけて、(ガス壊疽の特長)
「これは、まずい」と、
一旦、帰るつもりであった私を強引に引き留めて入院させてくれた。
それが無かったら、
私は本当に死んでいたかもしれないのです。
とは言っても、先生も重大な事態だと分かっていたはずですから、
私をぶん殴ってでも引き留めてくれたとは思いますが、
いずれにしても命の恩人であることには違いありません。
人の命とは一生懸命、真面目に節制しないと、大切に出来ないものですが、
しかし、どんなに頑張っても、良い事をしても、
必ず、終わりは来て、誰もが死ぬ訳です
その終わりも、どんな終わり方をするかを自分で選ぶことは出来ない。
自分の望むような死に方が出来るとは限りない。
ならば、自分ではどうにも出来ないその運命の日が来て、
自分の命が最後になる日まで、
どう生きて、どんなことを何のために実現して、
どんな人に、どんな幸せを、どんな風に与えられるか。
必ず、自分が死ぬという事を前提にして、またその死が自由にならないならば、
死ぬまでに、どう生きて、どんなことを何のために実現して、
どんな人に、どんな幸せを、どんな風に与えられるか。
と、いうことになってしまう。
少なくとも、自分の権力欲、支配欲、自己実現欲を満たす為に、
人を犯し、人の生命を殺し、多くの人から憎まれ、多くの人を不幸にするような、
そんな人生にどんな意味があるのか、
死後に銅像が造られようと、
死後に歴史の教科書に乗ろうと、
生きている間にどんなに高価なものを莫大に持っていたにしても、
そんな人生にどんなポジティブな意味も魅力も何も感じられない。
自分の人生の終わり、死というものが自分の自由にはならないものなら、
少なくとも、自分の意志で決めることが出来る”生き方”は、
自分の納得のいくような、みんなから喜ばれるような”生き方”をしたい。
たまたま、ひょっとしたら自分が死んだかもしれない出来事があった上で
その逆に
何のためにか全く理解できないが、
ウクライナを犯し、理不尽に人を殺し続けるプーチンの画面を見て、
そんなことを思いました。
退院寸前の病室で
先ほど、看護師さんが部屋に来て
「退院後2週間はアルコール禁止ですから。」だそうです。
がっかりです。
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2022年02月27日(日曜日)
02.27.時間がなかなか過ぎない。
明後日3月1日に退院が決まって、
今は観察機関と言って、元気になった状態の確認みたいだ。
手術からの回復を待ってジッと時間が経つのを待つという訳でもなく、
もう元気なのだが、その状態が続くことを確認されているので、
我慢することも耐えることもなく、じっとここにいるだけなので、
手持無沙汰で思わずため息が出るばかり。
だから、仕方なく本日三話目を書き始めたが、
テーマも何も決まっていない。
留置場にいるような気分だ。(留置場の経験は無いが、こんなものだろう。)
こんな時に唯一楽しみなのは、
PCにKeePer LABOの日次報告が順番にやってくること。
今日は土曜日、割と暖かく晴れて、
しかも給料日後のお客様が多く、しかも月末に近いので、
店舗のみんなも最後の追い込みがあるのか、みんな良い実績を送ってくる。
最近は新車減産の影響も晴れてきて、新車の納車が目立って増えている。
すると高額なコーティングが増えて、特に今はEXキーパーの伸びが著しい。
EXキーパーはやはり新車への施工が多く、
昨年ぐらいまでは半導体の不足で新車の生産が落ちていたが、
今年になって、新車の納車が目立って多くなり、
特にEXキーパーの伸びが目立っているのです。
1月と、2月は営業の日数も少ないし、
寒い季節なので一年の中では客足が減る月ではあるのですが、
新車に限って言えば、1月と2月は「年式が新しくなるので」
新車登録を希望される人が多く、納車が比較的多い月なのだと聞きました。
しかし、今年の寒冷地は雪があまりにも多く、雪国では、
あの雪でよく頑張っているなと関心はするものの、皆、苦労しています。
まだ、午後8時です。
寝るには早すぎるし、本当に時間が経ちません。
あ~あ。
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2022年02月27日(日曜日)
02.27.道ばたの春の草花
春は私たちのビジネスにとってもチャンスで、
特に北海道など雪が多い地方は、
春の雪融けのシーズンで、
道路が乾いたころにはお客様が押し寄せ4月、5月、6月ぐらいまで
毎年、LABO札幌店は楽に一千万円を越して連続日本一になる。
今年は手稲店もあるし、町の中に白石店も出来たので、
三店でどこまで行くのか見当がつかない。
それぐらい雪国の春のシーズンはすごいのです。
特に今年は雪が多かった。
「東北」も「北陸」とか、岐阜県の大垣店とか、滋賀県の彦根店とかも、
ちょっと期待したい店舗が何軒かある。
愛知県は、朝はまだ2℃程度が続いて寒いらしいが、
最高気温は14℃とか暖かい日くるようになると天気予報が言っていた。
いよいよ待ちに待った春です。
しかし、私たちが体感として春を感じる前に、
道ばたの草花たちは、いち早く春を感じるらしく、
可愛い花をつけ始めていた。
散歩の好きな人が、写真を送ってくれたのでご紹介します。
なずな
なずな
立浪草
タンポポ
病室からの景色ももうすっかり春らしくなりました。
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2022年02月27日(日曜日)
02.27.誰が、何のために戦争をして、何を得ようとするのか。
昔から人類の歴史はまるで戦争の歴史にようです。
日本の戦国時代も年がら年中戦争をして、
領主という権力者の領地争いが続き、
中国でもずっと戦争の歴史で、ヨーロッパでも、エジプトでも、アフリカでも
人類の歴史は、ずっと昔から戦争の連続の歴史です。
愛の教えのキリスト教ですら、十字軍の遠征で自ら戦争をしに行きました。
いずれも何の理由があったにしても戦争は「富」の取り合いでしょう。
その富が、食べ物であれ、石油であれ、土地であれ、資源であれ、
いずれにしても富の奪い合いでしかありません。
世界大戦のような大きな戦争であれ、結局、同じ事ではないのだろうか。
大昔、人々に物が十分に行き渡らなかった頃、
それは生きるための闘いだったろうし、
時代が進んで
物が行き渡るようにはなったとしても、
人よりたくさん、良い物が欲しい者がいれば、
人から奪ってでも人よりたくさん良い物を得ようと闘う。
でもそれは満たされないと思う人がいて、
より満たされたいと欲求するから、、奪おうとするが、
ロシアがウクライナに侵攻したのは何故だろう。
独裁者の所有欲、独占欲、恐怖心、我がままなんだろうか。
プーチンが言っている事も嘘過ぎて過ぎて、全く理解できない。
北京冬季オノンピックでの悪印象があるので、余計理解できないのだろうか。
しかし、ここまで来ると、真剣に台湾が心配になってくる。
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