2019年11月17日(日曜日)
11.17.清水市、富士市から御殿場、FISCOから見た富士山5景
今日は静岡の富士スピードウェー(略、FISCO)で、
今年最後のインタープロトスポーツ(略IPS)戦であった。
その結果はまた書くとして、
まず載せるのは、
富士山の写真がいっぱい撮れたので、その変化の5景。
まず新東名高速の清水の当たりから見え始める西から見た富士山。
目的地のFISCOまであと38km地点
富士市あたりからの、まだ西から見た富士山。。
宝永山がまだ富士山の右側ある。
新東名から東名高速へ移る御殿場JCTまであと3kmあたり。
富士山を南にぐるっと回り込んで、宝永山方向から見た富士山。
東側には雪が吹き飛ばされずに、しっかり残っている。
御殿場市の東の位置からの富士山。表情がガラッと変わる。
FICSO直前の道、街路樹が黄色く紅葉している。信号機まで黄色。
FISCOの入り口の東ゲート。
もう12時近くだというのに15台ほどの行列ができていた。
IPSレースは明らかに人気が出てきているようだ。
FISCOの中。最終コーナー上の富士山。
しかし走っているドライバーは見ていない(普通は)。
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2019年11月17日(日曜日)
11.17. これも一種のグローバル化というのでしょうか
昨日、韓国料理に行きました。
韓国人の親子三人がやっている店で、
韓国に行って食べるのと同じ、本物の韓国料理屋さんです。
今日で4回目です。
今までは韓国料理屋さんと言えば焼肉屋さんみたいなものでしたが、
最近は実際に韓国で食べられている料理をそのまま出す店が増えました。
海外に行ったことのある人が過半数になってきた現代、
今までのように日本人に合わせてアレンジした外国料理でなくても、
そのままの外国料理が、本物の○○料理として通用するようになったようです。
というより、海外からの物がダイレクトに入ってくるようになって
輸入品が日本人の好みに合わせるという価値観が
だんだん無くなって来ているのでしょうか。
こういうのも一種のグローバル化と言うのかもしれません。
昔、インドからカレーが入って来て、
たちまち日本人の好みでアレンジされて、
本場のインドで食べるカレーとは全く違うカレーライスが日本で定着して、
そのカレーが洗練され、日本独特のカー文化が出来て、
その代表格のCoCo一番館が、
今度は逆にインドに店を出すというニュースを見ました。
こういうのも一種のグローバル化というのでしょうか。
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2019年11月15日(金曜日)
11.15.リンダのギプスとエリザベスカラーが取れました。
もう一ヶ月にもなったでしょうか。
トイプードルのリンダが、猫のチーちゃんと追っかけっこをして遊んでいる時、
方向転換をするタイミングで、
右前脚の肘(というか、膝というか)を脱臼して、骨折し、
ギブスをした上に、ギプスを舐めないように
大きなエリザベスカラーを付けられて、ショボンとしていたのですが、
数日もすると”慣れて”しまったのか、
ギプスとエリザベスカラーを付けたまま、元気に散歩にも行って、
片足でヒョコタンヒョコタンと歩き回り、
大好きな抱っこが余計に好きになったぐらいで、
元気そのもののリンダに戻っていたのでした。
元気なギプスとエリザベスカラーのリンダに、
見慣れてきた今日この頃でしたが、
とうとう今日、晴れてギブスとエリザベスカラーが取り去られたのです。
しかし、リンダはギプスとエリザベスカラー付きの生活に順応していたので、
その両方が取り去られても、取られる前と同じように、
まだ、右前足を上げたままで、ヒョコタンヒョコタンと歩き回っています。
リンダは、驚異的とも思える順応性で、
ギプスとエリザベスカラー付きを明るく克服したので、
今度はそれが無い生活に、
どうやって順応して行くのでしょうか。
何も無いのにヒョコタンヒョコタンは、可愛いのですが、
気の毒のような感じで、また抱っこになってしまいます。
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2019年11月15日(金曜日)
11.15.自分へのモチベーションアップに
機関投資家への経営説明(IR)で東京に来ていました。
多くの場合、IRは経営企画部などの担当者が行うらしいのですが、
私は自分と社長で手分けして来ています。
経営状況の解説や今後の方針などは
口に出して話すと、新たな発見や気づきが有ったり
自分の考えを整理できたり、
あるいは間違いに気が付いたりして、
経営の為にすごく役に立つので、いつも自分もやることにしています。
しかも、仕方なくやっているのではなく、喜んでやっています。
一生懸命しゃべっていると
自分に対するモチベーションも湧いてくるので、
とても、健康にもいいのです。
賀来社長は一昨日に一日やっていて、
私は、昨日はびっしり4件の機関投資家への訪問がありましたが、
今日は朝に一軒があっただけだったので、ついでに、
町田まで足を延ばして、新店候補の物件を見てきました。
IRでは、新店は少しペースを落としていると言いましたが、
新店は常に魅力的で、みんなの元気の素になります。
やっぱり、やり続けたいですね。
町田で候補を見た後、新横浜駅に行き
新幹線に乗って名古屋に帰る途中です。
今日こそ、絶対に富士山が見えると思って楽しみにしたのですが、
残念ながら、スパッとは見えませんでした。
行けると思ったのですが、
肝心のてっぺんがこれでは
角度によってチラッと見えるのですが、
何とかかんとかセーフですね
楽しみが増えました。
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2019年11月13日(水曜日)
11.13.相手に伝わるために
自分が文章を「書く」のは、
自分が持っている考えとか、意見とか、知っている事などを、
自分以外の誰かに伝えるためだろう。
自分以外の誰かとは「相手」とも言う。
それは「話す」ことでも同じだろう、
逆に、相手の考えとか意見とか、相手の知っている事を、
伝え得たい、知りたいのならば「読む」あるいは「聞く」。
書く。あるいは読む。話す。あるいは聞く。は、
それを総じて「コミュニケーション」と言うが、
これは人間が持っている能力の中で最も重要な要素の一つだろう。
人間が今の文明を造り上げることが出来た最も重要な要素とも言える。
しかし、この能力には人によって大きな差がある。
「話す」「聞く」コミュニケーションと、
「書く」「読む」コミュニケ―ションとあるが、
話をすると、まず「主語」を言わない人が多い。
話す自分にとって「何が」という主語は既に決まっているので
「何が」を言わずに「どうした」をやおら言ってしまうことが多い。
特に会話の相手が家族であったり親しい友達(連れ)であったりすると、
「何が」あるいは「誰が」の主語は共有していて、
言わなくても判っている場合が多いので、
特に連れとの話では、主語無しで通じてしまうので、
やおら「・・・だから、・・・して、・・・・だろ。」で通じてしまう。
最近のデジタルのコミュニケーションで言えば、
「LINE」なんかは、私が横から読んでも、
そのLINE仲間の事情を知らないので、何を話しているのか全く分からない。
そういう意味ではLINEなどは「書く」「読む」コミュ二ケーションというより
「話す」「聞く」コミュニケーションに近いのだろうと想像する。
他のSNSでも、そういう一面はあるのではないだろうか。
トランプ大統領のツィートなどを読んでも、主語が無かったり、
論理的ではなく「すごい」とか「素晴らしい」とか、「ひどい」など抽象的で、
「話す」「聞く」コミュニケーションであることを感じさせられる。
そうした影響なのかもしれないが、
仕事の話をしていても、あるいは文章を書いていても「主語」が無くて、
客観的に聞いていたり、書かれたものを読むと、
その仕事について知っている者でないと、絶対に判らないと思う事がある。
つまり、その事について知っている人には理解できるが、
その事には関わっていない人、
つまり知らない人にはさっぱり解らないだろうと思われる文章がよくある。
そういう文章の特徴は、まず「主語」が抜けている事と、
「・・・を・・」「・・・が・」「・・は・・」「・・だから・・」など、
「助詞」が抜けて、
「単語」がずらっと並ぶような、
言って見れば幼児言葉のような文になっていることがある。
こういう人は、
とにかく「本」を読むしかないのではないだろうか。
動画や話し言葉のSNSよりもはるかに多く論理的な「本」を読むべきだろう。
努力するしかない。
本を書くような言葉のプロたちは、ほれぼれするような文章を書く。
私のようなやたらに文量ばかりを書いているだけの素人とは違う。
しかし、私でも相手に真剣に伝えたいと思って書いているので、
主語だけは絶対に忘れないし、
もちろん助詞も出来るだけ注意して書いて、
知らない人が読でも解かるストーリーを心がける。
だから、文章のプロたちと比べるとその稚拙さは隠すべくもないが、
「解りやすい」とおっしゃっていただくことが多く、それは自慢だ。
しかし、最近は大好きな本が、
目がすぐ疲れるので、むさぼるように読めなくなって、
読む量が著しく減っているのは、我がコンプレックスに育ちつつある。
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