2019年06月22日(土曜日)
6.22.ケーキカットの無い素晴らしい結婚披露宴
今日は製品部開発課の望月大地主任の結婚式と披露宴でした。
浜松市内の巨大な教会を伴った最新タイプの専門の結婚式場。
なぜ浜松の式場なのかは、
結婚した望月大地君と沙紀さんは静岡市の高校の同級生であり
同じ交響楽部で大地君がオーボエ、沙紀さんがビオラの奏者だったらしい。
それからの付き合いなので10年越しのカップルらしい。
らしい。とは、詳しい説明があった訳ではなく、流れからそう悟ったから。
だから、彼らの招待の親戚も同窓生も静岡に住んでいる人が多く、
しかし、新郎の働くのは愛知県大府のKeePer技研であり、
たくさんの同僚と上司も招待したいので、
静岡市と大府市の中間点である「浜松」を式場に選んだと聞いた。
こんなことからも望月君達の感性と価値観が垣間見える。
キリスト教式の結婚式は、
本当の牧師さんの情感溢れる進行で神妙だったが、
とりわけ本格的なソプラノ歌手が賛美歌を歌ってくれたのは感動ものだった。
新郎新婦が本当にキリスト教信徒であるかどうかは別問題で、
挙式はお互いの覚悟と二人で生きて行く決意を心に刻む意味で、大賛成だ。
いい式だった。
披露宴は、ジブリをテーマにあたらこちらにトトロが配置されて、
新郎新婦の席が緑の葉に包まれているなど、
最近のウェディングプランナーは色々と企画するようだ。
最後の新婦とその両親への手紙を読むシーンに至って、
はたと気が付いたのは、
結婚披露宴のメインイベントとも言えるウェディグケーキカットが無かった。
それだけでなく、新郎の主賓の簡単な祝辞と
新郎新婦の高校の恩師の乾杯の音頭だけで、長々と続く来賓の祝辞もなく、
そういえばお決まりの唄もなかった。
新郎新婦と招待客のコミュニケーションというか、
何しろ新郎新婦とも自分の席にじっと座っている事が無かった。
どんなイベントがあったのか全く憶えていないのだが、
色々と新郎新婦が活躍していくつかのイベントがあったので
正味3時間の普通に長い披露宴であったのに、飽きた場面は全く無かった。
それどころか、
披露宴が進むにしたがって、
仕事上ではあまり縁が深くなかった望月君に親しみを持つようになって、
新婦の沙紀さんにも、いつの間にか、いい子だと思うようになっている。
不思議にも、新郎新婦とそのご両親たちのご挨拶の頃には、
すっかり、この夫婦を応援する気持ちになっていたのは、
従来のケーキカットなどのイベント、挨拶、歌が無いのに、
3時間を全く飽きさせなかった
ウェディングプランナーの勝利なのか。
いずれにしても、私も仲間がいっぱいいたからもあって楽しかった。
とすると、
たくさんの人が来やすい場所を選定したことの勝利かもしれない。
いずれにしても、
望月夫婦は、十分に勝ったような気がする。
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2019年06月21日(金曜日)
6.21.寺内タケシとブルージーンズ。私は大馬鹿野郎でした。
今日の午後、時間があったので、
好きな音楽CDを大量に仕入れてきました。
滅多に行かないので、この機会にと、30枚くらい買ったでしょうか。
ひょっとしたらもっとあるかもしれません。
名鉄百貨店のビルのテナントで
私の年代が青春時代であった頃の古いCDが大量にあって
他にもほぼあらゆるクラッシックのCD、
大量のジャズのCDまであるのだが、
最新のCDは少ししかないと言う変わった店だが、私にとっては宝の山で、
車イスを持ち込んで、じっくりと選びに選んで、
年に一度、あるいは何年かに一度、
持ちきれないほど買ってくる。
選んでいる時は幸せで、いろんなことを思い出して涙ぐむことすらある。
今日は定番のYo-Yo-MAの若い頃のチェロのCD、
バイオリンは葉加瀬太郎の2枚セット、ピアノは知らない女の子のを1枚
勇ましいオーケストラを2枚、それから何枚かのCDと
ジャズは今回はあまり買わなかったが、
ホィットニーヒューストンが一枚あったし、思いっきり古いのが何枚か。
歌は徳永ボーカリストの2枚のセット、高橋真梨子の変わった曲のCD
サザンのがらくたという名の2枚セット、
クィーン・ボヘミアンラプソディーのサントラ盤。これは絵も入ったDVDも。
DVDは高校生の頃に感動した「ディープブルー」。三国連太郎の「息子」
六文銭の小室等「プロテストソング集」を見つけた時は震えました。
懐かしかったCDが「寺内たかしとブルージーンズ」
憶えているのはこんなとこだが、
このほかにも同じくらいの枚数を買っている。
一緒に荷物を持ってくれた連れ合いが「重いっ」と言っていた。
ところで、これを書いている今は
クィーンを聞きながらで、ごきげんである。
私は、実は、何かを書く時、音楽をガンガン鳴らしながら書くのが好きだ。
特に、社長を引退して会長になってから、
本社事務所を出てスタジオに今までよりも広い部屋を仕切って造り、
デザイナー諸君と、製品部の諸君と同居なので、
両方とも、音楽をガンガン鳴らして文句を言う連中ではないので、
かなりの音量で鳴らすようになっていて、私はごきげんなのです。(笑)
今は、家に帰って来てから書いているのですが、
実は、クィーンの前に寺内たかしとブルージーンズを聞いたのですが、
2曲聞いてCDを換えました。
大昔、
高校生の時、
音楽室には馬鹿でかいスピーカーとアンプのオーディオセットがあって、
聞いたことも無いような素晴らしい音が出ていたのですが、
超真面目な音楽家タイプの音楽担当の先生は、
もちろん、お硬いクラッシックしか鳴らしません。
それでも、ラベルとボレロなんかがかかった時は、
超大迫力で鳥肌が立った覚えがあります。
歳を取った私は今ではクラッシックも大好きですが、
若い頃は、フォークとロックでした。
それで、
この鳥肌が立つような巨大なオーディオセットで、
一度でいいからロックを聞いてみたいと思って、
超真面目な音楽室の長である先生に、
「このオーディオは素晴らしい、今まで見た人も聞いたこともありません。
ぜひ、この大スピーカーから「運命」を聞きたい。
音楽鑑賞会を企画して人を集めるので、
一度たけ「運命」を掛けさせてください。」
そう説得して、音楽鑑賞会を開くビラをあちこちの掲示板に出して、
十数人が集まったところで、
「運命」を掛けました。
しかし、
それは寺内タケシとブルージーンズが、
エレキギターとドラムがガンガンで、
バカうるさいロックに編曲された「運命」だったのです。
バカな私は、
高校の真面目な音楽室に鳴り響くエレキがんがんのロックの”運命”に、
「やったー」と大満足だったのですが。
あの時のあの音楽の先生の悲しそうな表情が、
この先生を傷つけ
やってはいけないことをやってしまったということと
私は、許されない大馬鹿野郎であったことを、知ったのです。
そんな苦い思い出の寺内タケシとブルージーンズのCDは、
ものすごく懐かしいCDでも、
今でも罪悪感が伴い、聞くに堪えなくなっている事に驚きました。
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2019年06月19日(水曜日)
6.19.知らない人にはさっぱり判らないということ
今日は先日に撮影したTVCMの大まかに編集されたものを見る試写会。
オフライン試写というらしい。意味は解らない。
しかし、今日のこれを見て「これが何か、判る人がいるだろうか。」だった。
あるいは「何をやっているのか判る人がいるだろうか。」
真っ白の車が、倉庫の奥で何やら紺色タオルのようなもので擦られている。
数秒後、次に、その車が倉庫から出てきて
廃工場の跡のような水たまりのある汚い所を走ると、
次々と仕掛けから赤、青、黄の大量の色水が
上から横からと次々とぶっ掛けられ、
最後に透明な水がかかって、色水は流されて
「キレイのピーク、KeePer」と声が入る。
これだけだった。
15秒でも30秒でも同じようなもの。
「だから、どうしたというのだろう。」
KeePerをよく知っている人は、
あの紺色のタオルがレジンクロスであり、
ダイヤモンドキーパーケミカルをコーティングした後、
レジン2を塗ってレジンクロスで拭くので、
レジンクロスで車を拭く場面は
ダイヤモンドキーパー施工の最後の過程である事は知っているので、
勘のいい人なら、レジンクロスで車をこすっている場面を見れば、
ダイヤモンドキーパーの施工がされたのだと気が付くかもしれない。
しかし、よっぽどKeePerの施工を見慣れた人でなければ、
あの場面が「コーティングが掛けられた」を表しているとは、
絶対に判る人はいない。
日本国中に判る人はたぶん1万人もいないくらいで
全く判らない人が1億一千九百九十九万人であろう。
KeePerの経験のある人か、よく知っている人は
ダイヤモンドKeePerがよく施工された車に色水をかけても
弾いて汚れないことは想像つくが、
知らない人は、色水を大量にかけられた白い車が、
あまり汚れていないのは、言われなければ気が付かないだろうし、
最後に透明な水をかけてザバーッとキレイになるのは、
そういうトリックなんだろうと思うか、
空きり汚されていない車をあらかじめ用意して、水をかけているのか、
いずれにしても、
連続した場面とは誰も思わないし、
事実、カットごとに撮っているので連続していない。
それは撮影なので仕方ないが、
連続した場面には見えなかった。
最初から何をやっているのか判らず、
車に色水をかけても、大して汚れないのは、
少ない量の色水しか掛けていないのだろうし、
最後に透明な水をかけても、ズバッとキレイになる訳ではなく、
色水が透明な水に散って、キレイになるだけ。
そして最後の真っ白なボンネットの上で水がじワーッと弾いている場面で、
「キレイのピークKeePer」
KeePerを知っている人でも、
これで何を言いたかったのか解かる人はいないだろうし、
KeePerを知らない人なら、
車に興味を持っている人でも
何の宣伝なのかさっぱり解らないので、
何の記憶にも残らないだろう。
車に興味のない人ならば、
ただ見過ごすだけで、印象にも残らないだろう。
制作者の自己満足でしかない、
駄作中の駄作であると、断言して帰ってきた。
あんなものに何千万ものお金を払うことは絶対にない。
広告は知らない人に知らせ、判り、知ってもらうことだ。
判らないことを前提とした広告などあるはずがない。
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2019年06月17日(月曜日)
6.17.我らが宝物、三女性店長たち
今日は西日本の店長会議で店長とマネージャーが
約50名、本社のスタジオに集まった。
その中に、広島県・福山店の安藤祐希店長と、三重県・津店の中村文香店長、
愛知・半田店の横山美咲店長が混じっている。
福山店は12月に1千万をオーバーするなど
リプレイスする前の新涯店からは考えられないような記録を造りつつある。
津店は三重県の中で最も安定した実績を上げ続け、
芸大出とは思えないような体育会系の豪快な性格で店をリードし続けている。
半田店は連続予算達成を続けて、
お荷物気味だった店舗半田店を稼げる店舗の筆頭に立ち上げた。
いずれの店舗もスタッフが良く育ち、辞めないことが特徴だ。
前の話で、KeePerの作業は女性に向いていると書いた。
KeePerの作業だけでなく、
KeePerに関わる店舗のマネージメントも女性に向いているのかもしれない。
お客様をしっかりと歓迎して、
お客様の要望をしっかり聞き、その価値観を共有する。
だからお客様からの評判もきわめて良く
だからか女性店長の店舗は、いずれも120%~130%の高い前年比で、
何年もハイペースの成長が止まらない。
考えて見ると、
今後のキーパーラボ店舗は、
女性スタッフをいかにたくさん確保して
女性店長をどんどん起用して活かして行けるかが、
このビジネスの運命を左右させる需要な要素なのかもしれない。
そんなことが閃いてしまった。
この閃きが、KeePerにとって吉と出るか凶と出るか。
ちなみに今日の星占い、
私の「うお座」は最下位であった。
確かに今日の私はちょっと下痢気味なのに、
しかも何の予定も入っていなかったのに滅茶苦茶忙しくて大変だったが、
星占いが最低の時に思いついたことでひどい目には合ったことは無い。
わが社の宝物の三女子店長。最高ですね。見ていると元気が出ます。
福山店安藤店長。半田店横山店長。津店中村店長
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2019年06月16日(日曜日)
6.16.あぶない?「死ぬ間際まで馬車馬のように一心不乱に働く」
我が家に、娘が、所用があって帰ってきました。
土曜日の深夜12時過ぎに帰って来て、
日曜日の午前中に用を済ませ、昼ごはんにうどんを一緒に食べて、
昼過ぎに富山に帰って行きました。
あっという間でしたが、
その短い時間で孫たちの陸上競技の動画を見せてくれたり、大忙しです。
帰りには私が親しい人からいただいた蒲郡みかんを
うれしそうにカバンにいくつも詰めて帰っていきました。
富山行きの振り子電車・特急「ひだ」に四時間も揺られて帰ります。
きっと、蒲郡みかんをほおばりながら‥
娘が帰ってからこれを書き始めましたが、
静まり返った家が、いつも以上に静かで、寂しく感じます。
こんな時間にふと考えます。
これから、私達にも長い老後の時間が始まるのでしょう。
私は67才になっても、
幸いにも、まだ、仕事がありますし、
一応、一ヶ月先ぐらいまでの予定はびっしり入っていて、
むしろ、忙しい思いをさせてもらっていますが、
それでも、私が先頭切って仕事を切り開いていく様な事はほとんどないので、
激しい緊張感と、疲労感が残るような厳しい毎日はもうありません。
悠々自適と言えばそうですが、
快適と云うほどではありません。
私は仕事が大好きで、仕事をしていれば幸せですが、
“遊ぶ”のが嫌いという訳ではありません。
嫌いではありませんが、苦手であるだけです。
苦手なのであれば、
苦手を克服すべく努力をすればいいのですが、
遊ぶ努力をするというのは、どうもモチベーションの湧きようがありません。
そんなことで何の遊びも苦手なままで年取ってしまいましたが、
このままでは、仕事が若い人の手と頭で進めた方がいいと自分で思ったのちは、
静かな老後が待っていて
73才くらいで寝たきり老人になって、
75才くらいで帰らぬ人になりそうです。
正反対に、
ここから好奇心ムンムンで海外を駆け回るような人生がいいと思いますが、
そんな元気爺さんの、桁外れに元気な老後も、
そのおしまいには、つらい最期が待っているような気がするし・・
そんなことを考えていると、
私の知っている人がよく言う
「人間は死ぬまで馬車馬のようにがむしゃらに働き続けるのがいい。」の方が、
自分には、満足できる生き方かなのかなぁと、ふと思う。
いつまで経っても、
精一杯の力とスピートで仕事をぐいぐい進めていくのは楽しい。
人の役に立って、
人から必要とされる自分である事がいつも一番幸せだ。
色々と、あれこれ考えながら、
やっぱり、馬車のように・・・・が、一番楽しそうに思えるのは、
あぶない結論かもしれない。
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