2024年11月14日(木曜日)
11.14. KeePer LABO出店のペースが上がってきています。
今日、北陸の石川県金沢市に初めてのLABOが開店しました。
直営店でKeePer LABO金沢西泉店。
北陸に3店舗目で来年中にもう1店舗増える予定があります。
この時点で直営127店舗、FC14店舗、計141店舗となりました。
2025年6月期(2024年7月から)に入ってから、
徐々にFC店の受け入れを内々で再開し、数軒のFC店構築を進めながら、
10月下旬には、
ガソリンスタンド業界最大誌の「燃料油脂新聞」に、
「土地物件の募集とFC店受け入れ再開の半面広告」を、約1週間続けて出し、
それから、土地物件提供の申し出や、FC店応募がすごく増えました。
具体的に話が決定している案件だけを加えても
2025年6月期末時点で
直営144店舗、FC22店舗、計166店舗。
更に案件としては決まっているが
オープン時期がまだはっきりしていないものも含めると、
直営150店舗、FC29店舗、計179店舗。
更に交渉中の物件もかなりの件数有るので
ひょっとしたら、
2026年内には合計店舗数が200店舗には届くことになるでしょう。
しかしそうは言っても、
店舗数増加のスピードアップは
需要の増加に対して供給を増加すべき為だけであって、
急に、事業欲で店舗数を追い始めた訳ではないので、
スピードを緩めた方がいい事態が何か起きれば、
何の躊躇することもなく、新規出店ペースは即座に落とします。
特に、
人の”数”の問題、
人の”質”の問題は、そうそう簡単ではありません。
店舗数の増加には、解決しなければならない問題がたくさんあります。
全国に数が増えるほど、何にしても全国画一という訳には行かず
例えば、ローカルに出店する場合は、
都会に出店する手法と同じでは通用しません。
サービスの品揃えもそうでしょう。
昨年、山形市に初めて出店しました。
開店後の売り上げ上昇カーブが都会に比べるとかなり低く、
すでに採算点には届いていますが、高収益体制には中々入れていません。
そこで、LABO山形店、LABO秋田店、LABO弘前店と共同で、
東北スペシャル洗車を企画して見ました。
11月27日に、今度は「KeePer LABO豊田土橋店」がオープンします。
プロのレーサーも練習に使っているバリバリの本格ドライブシュミレーター
「DRIVE -X」が常設されています。
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2024年11月13日(水曜日)
11.13.暑い一日でした。今日は全国第2位の緩詰選手のビデオ撮影。
何日か前から寒くなったので
薄いズボン下の下着を履くようになったのですが、
今日はとても暑く、
途中で脱いでしまいました。
近年の気候は、明らかにおかしいですね。
昨日のテレビで、東北の三陸海岸で伊勢エビが獲れるようになって
反対に三重、伊勢では伊勢海老の漁が激減していると言って、
水温の上昇が、海に住む生き物の緯度が確実に上げていると言っていました。
地球温暖化の問題は待ったなしの現実のものになっています。
そんな時に、地球温暖化をまったく認めていないトランプが大統領になって、
天然ガスの増産が予想されていました。
私も人のことを言えませんが、
私達の様な高齢者は地球温暖化を自分事として考えていません。
温暖化が深刻になって地球が激変する頃には、
自分が生きているとは思っていないのですから、それこそ他人事です、
地球温暖化のツライ目に確実に会うはずの若い人たちは、
高齢者の「地球温暖化なんて全然大丈夫だよ。」を、信じてはいけません。
彼らは、私も含めてみんな
「自分が生きている間ぐらいは全然大丈夫だ。」と、思っているだけで、
若い人たちが、これから生きていくだろう何十年も先の未来の事は、
高齢者は口には出さなくても、
「自分はもうどうせ生きてはいないので…」と必ず思っています。
そんな輩が「天然ガスの増産をしても大丈夫だ」と言っても、
自分は生きているつもりが無いので、実際、分かったものではありません。
若い人が、もっと「どうしてくれるんだ」と騒がなくてはいけません。
そんな事をもやもやと思い出されるような暑い今日でした。
昨日に引き続いて「チャンピオンビデオ」の撮影です。
今日は、日本第2位になった矢嶋商店さんの緩詰(ゆるづめ)選手です。
昨日の高橋さんが「柔」ならば、今日の緩詰君は「硬」あるいは「剛」。
高橋さんが「教科書」的ならば、、緩詰君は「個性的」あるいは「独創的」
これだけ印象が違う施工はそうあるものではない。
その上で、厳密にその施工を競技として審査するとほぼ同じ点数だった。
つまり、動きの印象はかなり違っていても、
車に対しての当たりというか、動き、効果がほぼ同じだったという事。
言い方を変えれば、
このコンテストは、その人の形とか動きではなく、
車に対しての動きの効果が厳密に審査されているという事になる。
自分たちのKeePerインストラクターのすごさを改めて知ったような気がした。
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2024年11月12日(火曜日)
11.12. チャンピオンビデオ撮影、9th日本チャンピオン高橋美帆選手。
「チャンピオンビデオ」とは、
毎年のKeePer技術コンテストに優勝したチャンピオンの実際の施工を、
模範演技として撮り、一本のビデオ「チャンピオンビデオ」として、
YouTube上に公開します。
この「チャンピオンビデオ」は、
KeePerを施工する全国の技術者たちのお手本として、
ものすごくたくさんの人が見て勉強します。
その中でも、北海道の安藤選手のチャンピオンビデオは人気で、
ずいぶん前に百万回再生を果たして、
今は、ひょっとしたら二百万回再生を越しているかもしれません。
それくらいたくさんの人が何度も何度も見直して、技術を学びます。
特に技術コンテストの前には、
出場する選手が何度も見直すので再生回数が跳ね上がります。
そんなチャンピオンビデオの撮影と作成は、
5,000人以上の選手の頂点としてチャンピオンになった技術者の、
必然的な責務になっています。あるいは逆に、権利なのかもしれません。
朝10時前から始まったビデオ撮影は、EXキーパーです。
車はレクサスの大きなLLサイズのSUVです。
ただでさえ作業が大変なEXキーパーの、
しかもLLサイズの車への施工は、
実際の営業での施工でもぶっ通しでの作業はとても苦しいので、
撮影の中で一度休憩を入れて良いことを伝えても、
高橋チャンピオンは、昼食も取らずに、
午後3時過ぎまで休憩なしの連続で撮ってしまいました。
途中での「昼食」も取らずにです。
作業の連続性と緊張感を途切れさせたくないからという事です。
多分、撮影部隊もみんな腹ペコだったと思うが、
みんな、午後4時過ぎにランチを取ったのだそうです。
高橋さんは頭が下がるほど実直でピュアな熱心な人です。
我が身の疲労も顧みず、熱心に正直に施工の撮影を全うしてくれました。
自分の作業に納得できなければ何度も何度もやり直して、撮り直して、
納得のできる施工の撮影をこだわったのです。
その熱心さと実直さに、撮影の誰もが喜んで付き合ったのです。
作業と撮影が終わってからの解説の録音でも、
一つの質問に、思いっ切りたくさんの答えを話でくれて、
ものすごく詳しく分かり易いチャンピオンビデオが出来上がりそうです。
朝一番、撮影が始まる前の高橋美帆さん。
撮影現場と、全収録が終わったところ。
丸一日がかりの撮影と録音が終わって、見事に晴れやか笑顔です。
KeePer技術コンテスト全日本チャンピオン戦のビデオが出来、
そのDVDのケースのデザインが出来てきました。
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2024年11月11日(月曜日)
11.11. 建設中のLABO豊田土橋店、野並店とリンダ・子ミミ、空、火鍋。
昨日、建設中のLABO豊田土橋店(仮称・元町店)と、LABO野並店に行き、
途中でLABO東郷店とLABO鳴海店に行って来ました。
でも、昨日はジンベエザメの海君の事をどうしても書きたかったので、
今日載せる事にしました。
まず、仮称LABO豊田元町店であったが、キックオフミーティングで
みんなと相談した上で「KeePer LABO豊田土橋店」と呼ぶことになりました。
1月27日オープンを目指す「KeePer LABO豊田土橋店」
「本屋のつたや」跡の改装工事も、もうすぐ完成です。
名古屋に向かう途中で、東郷町のKeePer LABO東郷店に立ち寄りました。
つい先日、コーティングブースを倍増し、
洗車場も増加するキャパシティアップの工事が出来上がっての運営です。
キャパシティアップした4台分のコーティングブース。
あおき君。
つじもと君。
まつだ君
木村店長、つづき君。
12月18日オープンを目指して「KeePer LABO野並店」が建設中です。
図面よりはるかに大掛かりな工事で、
コーティングと洗車の専門店というより、
立派な最新設備のガソリンスタンドに近いような立派な存在感です。
初めての「KeePer LABO サインポール」
そのついでに「KeePer LABO鳴海店」に寄ってきました。
この日のLABO鳴海店は、日曜日なのに予約が驚くほど少ないと、
たった三人での運営でした。
11月は決してお客様も少なくなく悪くないのですが、
店舗によって忙しい人そうでもない日の差が極端です。
いしかわさん、くぼ君。
鎌田店長。
今日は1年の一度だけの同じ数字が四つ並ぶ日。11月11日。
午前中に取締役会があって、雨が降る予報の空は外れて真っ青です。
その後、リモートでの第1四半期決算の説明会がありました。
そのあとに色々といっぱいの事があって、
最後にまた、「火鍋」に行って飲んじゃいました。
家に帰れば、犬のリンダと猫の子ミミがくっついて寝ています。
変な犬と猫です。
私の人生は、毎日、毎日、いっぱいの事があって、ホントに飽きない人生です。
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2024年11月10日(日曜日)
11.10. 海くんは、彼は自然の中で幸せだったのだと思うのです。
海遊館のジンベエザメ「海くん」が、
5年間棲んだ海遊館のプールから出され搬送、放流され、
入れ替わりで新しいジンベエザメがプールに入れられたらしい。
さらに「海くん」は、生態研究の為に、
今年10月初めに高知県土佐清水沖の海に放流された。
その後、行方が分からなくなっていたところ
11月5日に愛媛県宇和島の岩松川で見つかり、
6日には死んだと報道された。
海くんは5年前、高知県土佐清水沖で捕まえられて
海遊館というプールに入れられて、
毎日決まった時間にエサを与えられ、育てられた。
5年間。
すべて、人からされるに任せるしかなかったのだ。
その末に、研究の為にと放流されて、そこからは何もしてもらえることなく、
自分で行く所も決め、自分で泳ぎ、
5年ぶりに自分でエサが獲れたのか、食べられたのか、
ひょっとしたら、
食べられずに、飢え死にしたのではないか。
5年間のいつものようにしても、誰も口にエサを入れてくれないし、
誰も遊んでくれなくて
一人ぽっちで何も分からないまま、お腹が減って、寂しく、お腹が減って、
寂しくって、悲しくって、お腹が減って、
また口を開けても、5年間のようには誰もエサを口に入れてくれないので、
どうしてこうなったのか解らないまま、悲しく飢え死にしたのではないか。
どうしてこんなことになったか。
ネットで調べてみた。
・・・・
海遊館が初めて出来たのは約25年前。
私もその頃に見に行ったことがあり、
その時も確か「海くん」という巨大なジンベエザメがいた。
だから今回死んだのは、
その25年前のジンベエザメかと思ったのだが、そうではないらしい。
今回死んだ海君は、5年前から飼われていた個体だという。
そして海遊館のジンベエザメは代々「海くん」と言うことも。
いずれにしても、
どうしてこんな事になったのかよく分からない。
そこで
たまたま知り合いの元海遊館関係者に電話をして聞いてみた。
ジンベエザメは海遊館の大プールで
もともと体長6mになったら、放流される予定になっているものらしい。、
世界最大の魚類ジンベエザメが大きく成長してくると、
健康面とか行動面にだんだん支障が出てくるものだという。
というのか、言い方を変えれば、
海遊館の大プールでは、ジンベエザメを一生飼い続ける事は無理なのだという。
あんな巨大なプールでも、
どんどん大きくなるジンベエザメの成長のすべてを受入れることは出来ない。
最初から体長6mになったら放流される予定で新しい個体を仕入れるのだ。
それで大きくなって放流されたジンベエザメは、
太平洋に泳ぎ出て、野生を徐々に取り戻し、
あわよくば繁殖も果たして、ジンベエザメとしての一生を全うするはずだった。
その行動を、発信機でとらえ、ジンベエザメ生態研究に役立てようというもの。
この生態研究が放流の第一義とは思えないが。
海遊館という限られた施設での
ジンベエザメ展示の宿命的なサイクルという事なのでしょうか。
それでも飼育者達は大きくなった海くんに何とか自然に戻って欲しいと願い、
その個体が捕獲された場所である土佐清水の海にまで行って放流している。
しかし、今回の「海くん」の死は?
今回の「海くん」は背びれが曲がっている(右に?)ので、
放流されてから泳いだ進路が自然に右に大きく回って、
土佐清水から愛媛宇和島の松岩川河口にまで行ってしまい、
河口の汽水域で、懐かしい人間の臭いを感じて、
思わず川をさかのぼって真水の川に入ってしまい、
海水の中で生きていられる体の構造の世界最大の”魚”であるジンベエザメは、
たちまち死んでしまったのではないでしょうか。
しかし、多くの人はそうは思わないだろう。
特にSNSの世界では、その時、感じたそのままを感情的に書く。
しかも、あの海くんが25年前と同じ海くんだと思っているので、
「25年間も海遊館で生きて、私達を楽しませてくれた海君を、
新しいジンベエザメが来たので、とっとと捨てて見殺しにし、
挙句の果てに殺した。
海くんは25年間のいつものように、エサを欲しがる仕草しても、
誰も口にエサを入れてくれないし、誰も遊んでくれなくて、
お腹が減って、寂しく、お腹が減って、悲しく、人に裏切られて殺された。
そう騒ぎ立てるのではないか。
その方が簡単で、分かり易く、センセーショナルなストーリーだから、
しかしそうなったら、
海遊館には行かなくなる人が多くなるだろうし、
そういう分かりやすく、信じやすいデマは、拡がるのも早い。
海遊館は非常に、非常に厳しいことになる。
しかし、私は思う。
海遊館の大プールで5年間、大きく成った海君は、
5年ぶりに自然の海に放流されて、もちろん最初は驚いただろうし、
5年間もらい続けたエサももらえないので、ツラかっただろうが、
5年ぶりの自然光は、まぶしくも嬉しかっただろうし、
自然の海のニオイは懐かしく、
何より自由は、感動的に嬉しかったのではなかっのだろうか。
5年間の生きるのには楽だが、
限られた世界での生活は息苦しかった。
食べるのには大変だが、放流からの約1か月、海くんは幸せだったのだと思う。
しかし、右に曲がった背びれが進路を大きく右に曲げてしまい、
土佐清水から愛媛宇和島の松岩川河口にまで行って、
河口の汽水域で、懐かしい人間の臭いを感じて、
思わず川をさかのぼって真水の川に入ってしまい、
海水の中で生きていられる体の構造の”魚”であるジンベエザメの海くんは、
静かに死んでしまったのではないでしょうか。
その時も、
海くんは、彼は自然の中で幸せだったのだと思うのです。
きっと海遊館での静かな5年間を思いながら、
それでも自然の中で、私は、海君はきっと幸せだったと思います。
海遊館のホームページより
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